第14話 猫と犬の戦いは違和感がハンパない
風が逆巻く。
向き合った二匹の黒い獣は、互いの足元から瘴気のように赤黒い闘気を立ち上らせる。
霧のようなそれは、高く天までのぼり雲を呼んだ。
さっきまであれほど晴れて気持ちの良かった空は、今は一転して荒れ狂う嵐の様相を呈している。
神様の力って、本当にすごいんだ。
夢の中とはいえ、天気まで操るなんて。
荒れる空の下、対峙する猫とポメラニアン。
……猫と、ポメラニアン……。
なんだろう、このとてつもないコレジャナイ感。
「……松里さん、神様同士の喧嘩ってよくあることなんですか……?」
「神格が上位の神様による討伐は、昔はよくあったみたいだけど。隣り合った神域の主同士は、今はほとんど聞かないわね」
「じゃあ、なぜこんなこと……」
「よく知らないけど、氏康はこの土地が欲しいらしくて、よく喧嘩を売りに来るのよね」
「土地を……?」
何か土地が欲しい理由でもあるのだろうか。
傷の具合を見ていると、あまり有利そうには見えないのだけど。
よく来るということは、この土地に執着する理由があるってことよね。
「ま、汐の方が神格は上だから。そうそう負けることはないわ」
「神格って、なんですか?」
訊き返すと、松里さんは苦笑する。
人間にはわからないかな、と呟いた。
「簡単に言うと、神様としての格ね。単純なところで生きてる年数とか。汐と氏康なら千年ほど差があるはずよ」
「大人げなさすぎませんか!?」
千年っていうのが妖怪にしたらどのくらいの差なのかわからないけど、大人と子供にしか見えない。
二匹を見遣ると、今にも互いに飛び掛かりそうだ。
「……わ……私、止めてきます」
すく、と立ち上がりながら私はそう言った。
松里さんが少し不満そうに唇を尖らせる。
「えーこれからが面白いところなのに」
「……」
松里さんのスタンスは、そんなところだろうとは思ってました。
「でも、これって私たちの村の豊穣を祈る神事なんでしょう。喧嘩なんかで穢されるのは、村人代理として文句言う権利がありますよね」
「まあ、確かにそうね」
のんきに言う松里さんに、いってきます、と言い置いて私は走り出した。
カッ、と稲光が走る黒天。
待って待って、喧嘩は駄目。
今まさに汐に飛び掛かろうとして地を蹴った氏康さんを、がし、と後ろからつかまえる。
あ、あれ……。
汐に肩に乗られた時にも思ったけど、軽い。
ひょいと持ち上げられたので、私はポメちゃんを小脇に抱えた。
驚いた氏康さんが、悲鳴を上げる。
「キャイン……!!」
「……」
……今、キャインて言わなかった?
見た目とギャップのなかった鳴き声に、思わず吹き出しそうになる。
見ると、氏康さんはつぶらな目を瞠って、ぷるぷると震えていた。
いきなり抱えられて、すごく衝撃を受けたみたいだった。
か……可愛……いやいやいや、神様だからね。
しかも実家の犬にそっくりだけど、神様だから。
「里、邪魔をするな」
汐が落ち着き払った不機嫌そうな低音で言う。
私は逃げようと暴れる氏康さんを抱えて、一歩あとじさりした。
「喧嘩はやめて。神事なんでしょう、村の」
「そいつから売ってきた喧嘩だ。俺のせいではない」
つんとした物言いに、私は怯みそうになる。
いや、負けないぞ。
「汐の方が強いってわかってる喧嘩なんて
はじめからしなくていいじゃない」
私たちが言い合う間も、氏康さんはきゃんきゃんと私の手から逃げようとしていた。
けれど、不意にその動きが止まる。
どうしたのか、と見下ろした私とつぶらな瞳の視線同士が交差した。
「……お前、三重子のにおいがする」
呆然とした呟き。
私が驚いて瞳を瞠ると、氏康さんはしまった、というように顔を背けた。
そして私の手が緩んだすきに、渾身の力を振り絞って逃げてしまう。
黒いポメラニアンは、矢のように駆けて去ってしまった。
「三重子さんと知り合い?」
そう口に出来た頃には、黒い犬神はとっくに見えなくなっていた。
後には、ものすごく不機嫌になった黒猫と私だけが残されていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます