第8話 謎のイケメン神主は神出鬼没
翌日には巫女装束が届いて、私は無事にアルバイトに採用されることになった。
神職ってきちんと資格が必要な職業なのだそうで、資格のない私にできるのは本当に雑用だけらしい。
松里さんに、宮司の蓮川さんという方に紹介していただいた。
蓮川さんはかなり老齢の方だったのでバイトがしたいとお願いすると、二つ返事で雇ってもらえた。
たつ子さんのお孫さんだから、という触れ込みも効いたようだ。
おばあちゃんの信用の上に成り立っている雇用関係。
つまりは縁故採用というわけで、私は若干、プレッシャーを感じる。
おばあちゃんの信用を損なうようなことにならないよう、頑張らなくては。
三重子さんに巫女装束の着方を教えてもらい、おぼつかないながらも体裁を整える。
神社は入り口こそ違うものの、あの白昼夢で見た神社にそっくりだった。
配置や建物、参道は少し違ったけれど夢で見たのとほぼ同じ。
夢──私は夢だと思うことにしたけれど、ついあのイケメン神主さんの姿を探してしまう。
神社にいる神主さんは、蓮川さんお一人だということだったし、息子さんやお孫さんというわけでもないみたいだった。
そう考えると、やっぱり夢だったのかな。
時々、そんなことを考えたりもするけれど。
仕事は結構ハードだった。
余計なことを考えている暇はあんまりない。
猫の神様を祀っている、という話だったが全国から猫好きな人が参拝にやってくる。
にぎわうというほどでもないけれど、静かなブームとでもいった感じだ。
お守りに肉球マークや猫のシルエットが描かれていたりで、猫好きの間ではちょっと有名なんだそう。
岩の上に足跡が残ってるって松里さんが言ってたのも、ひとつだけじゃなくてあちこちにあったりして見つけるのが楽しい。
某夢の国の、ネズミさん探しみたいだ。
私の仕事は境内や建物の掃除に始まって、社務所での参拝者への案内。
おみくじやお守りの販売、内職みたいにお守りや破魔矢を作ったり。
宮司さんが祝詞を上げるときには、その儀式のお手伝いをしたり。
氏子さんが下さる差し入れを整理したり。
近くのお年寄りは、よく野菜をくれるので私までいただいちゃって食べ物に困らない。
私も仕事に慣れたら、庭の空いているところで野菜を栽培してみようかな。
貰うばかりだから、こちらからも何か差し入れしてみたい、と思うようになった。
特に三重子さんにはお世話になりっぱなしだし。
仕事を終えて帰る時、三重子さんのおうちの前を通るとよく夕飯に誘われる。
一人暮らしの三重子さんと、私。
食事まで一人なのは味気ないから、という理由なのだけど。
ちょうどお腹の空いている時間に、三重子さん家の美味しそうな匂いが漂っている空間をスルーして帰るのは、なかなか至難の業なのだ。
昨日の、具沢山の御味噌汁にお団子いれたのも、美味しかったなあ。
なんていう御料理なのかしら。
そんなふうにして、すっかりここでの生活にはまっている私なのだった。
「こんにちは、里ちゃん。蓮川さんいるかしらあ」
そう言って社務所の受付窓から覗き込んでいるのは、松里さんだ。
彼は、実はここの神社の小物のほとんどをデザインした、デザイナーさんなのだった。
ここでの仕事は安く請け負っているらしいのだけど、工業デザイナーというのが本来のお仕事らしい。
地元のよしみで仕事を受けている間に、宮司さんと親しくなったという。
それでよく、こうして訪ねてくる。
「おうちの方で、作業しておられると思いますよ」
「あ、じゃあ後でそっちに回ってみるわ。……里ちゃん、仕事には慣れた?」
「はい。……色々と失敗は多いですが」
おかげさまで、と言うと松里さんは、あらよかったと笑った。
こうして働けているのは、松里さんのおかげです。
「ね、里ちゃんから見て、ここの小物のデザインどう?」
「かわいいです……!」
特に肉球お守り。猫好き参拝者さんからも評判がいい。
「安産のお守りは、ちょっと変えてみようかと思ってるんだけどね。ここ、安産祈願に来る人も多いし」
猫は多産だから、ということで安産祈願も多い。
新しいデザインかあ。楽しみだ。
そんなことを話していると、ついと黒い影が通り過ぎた。
「あら、汐。お出かけ?」
松里さんがからかうように声をかけると、汐はちらりとだけこちらを見たが、つんとして行ってしまった。
「なっまいきー」
「ご機嫌斜めでしたかね……」
汐は初めてここに来た日以来、私のところには来てくれない。
あちこち御近所のお年寄りのところを徘徊している姿は、よく見かけるのだけど。
……なんだか、ちょっと寂しい。
「ま、猫なんて気まぐれだもの。じゃ、アタシはちょっと蓮川さんのところに行ってくるわ。……そういえば、明日は例の神事の日だっけ」
「そう……ですね」
神事。生贄の祭事の日。
蓮川さんによると、陽が落ちてから少し本殿に御籠りしてもらうだけだ、という話だった。
時間が来たら、勝手に帰っていいらしい。
あと、時間外だから手当をだすね、と言われた。
時間外手当の出る生贄かあ……。
「頑張ってね。それが出来たら、ここのバイトとして一人前よ」
松里さんはそう言って、社務所を出ていった。
私は社務所での作業を再開する。
お守りの袋に、それぞれ中身を入れていってプラスチックの透明な袋に詰める仕事だ。
袋を綴じる和紐が変わった結び方だったり、色がカラフルだったりでとても可愛い。
少し難しい結び方なので、時間がかかるのだけが難点だけど。
とにかく丁寧に、というのを心がけて内職をしていると、ふと、影が差した。
今度こそ参拝の人だろうかと思って顔を上げる。
そこには思いがけない人が私を見下ろしていた。
白衣に浅黄色の袴。
つやつやとした短いめの黒髪。
涼やかな目許。
この村に初めて来た日、出会った神主さん。
「……」
私は驚いたあまりに、ポカンと彼を見上げて硬直してしまった。
また、夢を見ているのかと思ったからだ。
彼は静かに私を見下ろしている。
「……本当に贄の神事に出るつもりか」
あの日聞いた、バリトンが静かに私に問いを向けた。
なんだか混乱してしまって、何を聞かれたのか分からなくなる。
あの日と違って、私は今はもうこの神社には蓮川さん以外に神主さんはいないことを知っている。
だとしたら、彼は部外者の筈なのだけど。
何者なのですか、とずっと訊きたいと思っていたのに。
いざとなったら、訊けなかった。
あまりにも彼が堂々としているせいもあったけれど。
「あの……先日は、助けていただいてありがとうございました」
咄嗟に出てきた言葉は、とにかく一番に伝えようと思っていたことだ。
でも、問いかけの答えにはなっていない。
それに少し、彼が眉を寄せる。
「そんなことは……。いや、うん。それはいいのだが。お前は贄の神事に、出るつもりなのか」
あらためてそう訊かれて、私は少し戸惑う。
なぜ彼がそんなことを気にするのだろうか。
そもそも、神事に出るとかいうことを知っているのは松里さんから聞いたのだろうか。
やっぱり、あの時、話していたのはこの人なのだろうか。
疑問はたくさん浮かんだが、機嫌を悪くした様子の方が気になってしまう。
「それは、その……仕事ですし」
当たり障りないように答えると、今度はあからさまにイケメン神主さんは表情を曇らせた。
「──やめておけ」
「どうしてですか……?」
「どうしてもだ」
あ、なんだかちょっと、上から目線だ。
実際に見下ろされているのもあって、私は小さくなる。
「理由もなく、この仕事は嫌ですとは言えないです……」
「俺が許す」
「……はい?」
思いもかけないことを言われて、私は返事に困った。
俺が許すって、あなたは私の雇い主ではないですよね……。
ああでも、このツンとした感じには覚えがある。
何かに似ている。
考えながら、私は俯いてしまった。
「あの……私、このお仕事、やっと見つけたお仕事で。大切に勤めたいと思ってるんです。だから、関係のない方にやめろって言われても、困ります。それに雇ってもらえたのは私の祖母の信用があってのことなので。それを裏切るなんてできま」
せん、と顔を上げようとした。
そこで、私はさっきまで目の前に居た彼の姿が見えなくなっていることに気づいた。
……すごく頑張って主張してたんだけど聞いてなかったとか酷くないですか。
「えっ、ちょっ……どこに行ったんですか!」
あわてて受付窓から身を乗り出すようにして、辺りを見回す。
けれど、白衣に浅黄の袴をつけた神主姿はどこにも見つけられなかった。
「……!?」
代わりのように、風で転がってきた段ボール箱に向かって走っていく、汐の後ろ姿が見えた。
いつの間に戻ってきたんだろう。
あ、あれって蓮川さんが纏めておいたゴミだ。
紐がほどけちゃって転がってきたんだな。
汐はすごい勢いで走る。
猫って本当にああいうものが好きだよね。
本能のままに空き箱に疾走していった汐は、ずざ、と中に駆け込む。
やや小さい段ボール箱は、汐が入ると手足がはみ出していた。
汐は興奮のままに、段ボール箱をまとった姿で暴れまわっている。
あまりにも激しいはしゃぎっぷりに、私は呆然と見入ってしまった。
というか段ボールから手足の生えた猫、かなり面白い。
「……」
い、いや、それより神主さんはどこに?
しばらくして私は我に返り、周囲を探した。
けれど、まるで煙のように彼の姿はそこから消え失せていた。
……どういうことなのだろう。
やはり、夢でも見ていたのだろうか。
なにより、やめておけ、と言われたことが気になってしまう。
あれはどういう意味だったのだろう。
贄の神事というものには、何か悪い事でもあるのだろうか……。
私は抵抗する汐から段ボール箱を引き剥がしながら、ひどく陰鬱な気分になった。
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