第6話 お隣のおばあちゃんはお漬物名人

 お漬物を食べるなんて、何年ぶりかな。

こういうものを食べる習慣がない私は、松里さんと三重子さんの見よう見まねで、御茶を飲む合間にポリポリときゅうりの糠漬けをかじる。

ううん、いい塩加減。


 一口目が、そんなに美味しいって感激するほどじゃないのに、すごく後を引くというか。

気付くと、あっという間にお漬物のお皿が空になってしまった。


「お……おつけもの、美味しい……。無限に食べられそう。あと、白いご飯が欲しくなります」


「たくさん持ってきたの冷蔵庫に入れといたから。後でまた、お食べ」


 三重子さんはにこにこしながら言う。

松里さんは、それを聞いてにやりと笑った。


「だけど食べすぎには注意よ。三重子さんのおつけもの美味しくて、本当に止まらなくなっちゃうから。塩分過多、待ったなし」


 それは怖い。

でも、たぶん御漬物だけでゴハン三杯くらい行けちゃいそう。


 しばらくして目を覚ました汐が、のそりと立つ。

三重子さんを見つけて彼女の方へ行くと、その膝の上で丸くなった。


「汐ちゃんも、きとったの」


 目を細めて言うと、三重子さんは黒猫の身体をやわくなぜる。

汐は、またうとうととしているようだった。


「汐ちゃん撫でると、一日、身体の調子がいいんじゃ」


「そうなんですか?」


「このあたりのお年寄り、みんなそういうのよね。さしずめ、この村のセラピーキャットってとこかしら」


 セラピーキャット。

ドッグはわりと聞くけど、キャットもいるのかな。

でも、さっき私も汐に慰めてもらった。

そう思うと、あながち外れてもいないことなのかも。


 私は別のお皿に盛られた、おもちのようなものに手を伸ばした。

これはなんだろう、御団子みたいに柔らかいものに、あんこが混ぜてあるみたい。

一口かじると、ほんのりとした甘さと香ばしさが広がる。


「あ、くるみがはいってるんですね」


「そうそう。くるみの歯触りがいい感じでしょ」


「美味しい。すっごく、御茶にあいます」


 生クリーム大好きな私だけど、この癒される感覚はたまらない。

温かい御茶を含むと、自然に吐息がこぼれる。

じんわり温かくなる感じ。


 そうやって私が御茶を堪能していると、松里さんが声をかけてきた。


「ね、里ちゃん」


「はい……?」


 なんでしょう。今なら私は何言われても、はい、しか返事できないのんびり具合になってますけど。


「良かったらなんだけど。ここにいる間、アルバイトしてみない?」


「……は、い?」


「この近くの神社で。人手が足りないらしいのよ。巫女さんのバイト。どう?」


「はい……えっ?」


「あらぁ、いいねえ。里ちゃんの巫女姿、見てみたいねえ」


 えええええええ!?


「にあぁぁ!?」


 あ、寝てたんじゃないの、汐。

というか、あなたがビックリするの。

松里さんはクルミ餅をつまんでは、御茶をすする。


「なにしろ、この村は若い女の子が他にいなくって。誰かいたら紹介してくれって、頼まれてたのよね。前にいたバイトの巫女さん、やめちゃったのよ先月」


「先月まではいたんですね」


「うん、斎藤のおばあちゃん。御年九二歳」


「……」


「さすがにもう本人がアイドルは限界だから辞めさせてくれって言って」


 巫女のバイトじゃなかったのかな。

アイドルとか聞こえた気がする。

聞き間違いかもしれないけど、聞くのが怖かったので私は黙っていた。


「ね、どう?やってみない?」


 訊かれて私は戸惑った。

今回は御縁がなかったということで。

その文言なら気が狂いそうになるほど聞いてきたけど、働いてみない?とお誘いをいただいたのは、これが初めてだ。


 ……いいの?

本当に、私でいいの?

これで後でやっぱり、冗談でしたとか他の人に決めちゃったとか言われたら、二度と立ち直れない気がする……。

本当に本当に本当に、私なんかでいいの……?


 私が湯呑を抱えて硬直していたら、松里さんは少し困ったように、だめかな?と呟いた。

三重子さんも、黙って私を見つめていた。

二人に注視されて、私はますます緊張する。


 ダメなわけがない。

私は職を探して見つけられなくて、途方に暮れていたんだもの。

バイトだってありがたい。

すごくありがたい。


 でも……。

でも、だ。

頷いてしまった後、また傷つくのが怖い。

私なんかで、本当にいいの?


 考えたら何かがのしかかってきて、重くて重くて言葉が出てこなかった。

強張った身体が、前かがみになる。

……やっぱり、無理。

そう言おうとした瞬間、ぽん、と背中を叩かれる。


 ハッとして後ろを振り返ると、黒い猫の肉球が私の背中を宥めるみたいに押していた。

ふわっと、身体が軽くなる感じ。

あ、これ知ってる。

神社で神主さんに、背中を叩かれたときに似てる。


「あ……あの……。私、神社で役に立ちそうな資格とか、何もないんですけど……。それでも、大丈夫ですか?」


「へーきよお。バイトなんだから、気楽に考えていいの。……というか、神社で役に立つ資格って何?」


 三重子さんがにっこり笑って、頷き。

松里さんは、少し首を傾げる。


「……悪霊のお祓いとか」


「霊能者じゃないんだから、そんな特殊技能もってないわよ、普通……」


 そうなんだ。何かこう、すごく神々しい感じのことをしてる人って思ってた。

なら、私にもできるかな。

いや違う。

やらなくちゃ、こんな機会をもらったんだもの。


「私……やってみたいです。あの、本当は私……就職口、なくて。それで仕事を探してたんです」


 ああ、言えた。

胸につっかえてたものが、とれたみたいに言えた。

あんなに、就職浪人ですって言うのが怖かったのに。

でも言ってしまったら、なんだか背中にあった重いものが溶けたみたいに楽になった。


「そうなの?じゃあ、ちょうどよかったじゃない。こちらもありがたいわあ」


「ういんういん、という奴じゃね」


 三重子さん、よくそんな言葉知ってたなあ。

でも、その通りだ。ウインウイン。

私は私の背中に前足を当てている汐を、ふりかえった。

ありがとうね、汐。

背中を押してくれたんだね。


「仕事は簡単なのよ。巫女装束着て、掃除やら社務所で販売やら。ほとんど雑用ね」


「はい……!」


「あと、生贄になること」


「はい……?」


 …………なんですと?

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