第6話 捕縛 その2
翌日、捕縛の対象にならなかった長男、左兵衛尉常盛からの急使がやってきて、義盛は挙兵計画が暴かれたことを知った。
義盛は息子らに、自分が戻るまでは派手な動きをするな、と言っておいたが、事が発覚してはやむを得ない。とりあえずこの地に留まりながら様子を見て、相手の出方を見極めることにした。
しかし十日ほど経っても荘内に追討使は現れず、周辺の地頭も攻め込んでくる気配を示していない。どうやら捕縛された者は誰も、義盛が関与しているとは供述していないようである。
義盛は鎌倉に帰ることにした。もしかしたら義盛に対して何の反応もないのは義時の罠かもしれない、とも思ったが、
──その時はその時よ。
と、高を括った。
三月八日、鎌倉に戻った義盛は、和田一族以外の逮捕者は、すでに千寿丸を含めて全員が釈放されたことを知った。
義盛は、
──義時め、やはり落とし穴でもこさえたか。
と思いつつ、鎌倉殿の住居、
「我が武功と命に代えましても、倅らをお助けいただけませぬか……」
義盛は深い皺が刻まれた顔を下げた。彼は
「うむ。そちは父上旗揚げの時から長年にわたり我らが源氏のために働いておる。よろしい、そちの倅どもは解き放つよう、相州に申し付けてやろう」
「有難き幸せ……」
「だがな、そちの甥、平太といったか、あれは難しいぞよ。相州が平太は第一の首謀者ゆえ、首を刎ねるべきだと言い張っておる」
「……何とかなりませぬか」
「ならば明日、そちの一族の主だったものを引き連れてここに参れ」
「……?」
「相州をここに呼ぶ。あ奴の前でそちの誠を見せてみろ。さすれば奴の気も変わるやもしれぬ」
「なるほど、分かりました。仰せの通りにいたしてみます……」
翌日、義盛は長男の左兵衛尉常盛や、解放されたばかりの四郎義直と五郎義重、さらには三浦党総帥の三浦義村やその息子たちなど、一族の主たる面々九十八人を引き連れて御所を訪れた。
「和田左衛門尉義盛、仰せの通り一族を引き連れ、罷り越してございまする」
「うむ、ご苦労。今相州が参る」
小半刻も経ってから、北條相模守義時は現れた。
「はて、左衛門尉。がやがやと喧しいと思うておったが、雁首を揃えて何の騒ぎだ」
義時は、渡り廊下から南の庭に列座している男たちを見下ろして言った。
──なに! 何の騒ぎ、だと!
という低く唸るような声が上がるとともに、周囲の男たちから湧きたつように殺気が溢れた。義盛も「上から目線」で物言いをする義時にはらわたが煮えくり返ったが、それを顔には出さずに極力穏やかな声を出して言った。
「相州殿。我が甥、和田平太をお返し願えないだろうか」
「ああ、そのことか?」
義時は鼻を鳴らすように心持ち顔を上げ、横目で義盛を一瞥した。
「平太は謀反の張本人ゆえ、返すわけにはまいらぬ」
「そこを何とか……。この通りでござる」
義盛は両手を地面に着けて、義時に向かって頭を下げた。
「いや、ならぬ。奴は鎌倉殿に弓引く大罪人だ」
「平太は左様に大それたことを企む男ではござらぬ。何かの間違いではござらぬか」
「奴はこの陰謀の首謀者だ」
「なぜ、おぬしはそう決めつける。そのように平太が申したのか」
義時の傲慢な態度に義盛は頭を上げ、義時を睨みつけた。
──大人しく下手に出ていれば付け上がりおって。
そう思うと語気は荒くなり、声音も尖ってくる。
「奴は白状しておらん。が、証拠は揃っておる。間違いない」
「証拠とはなんだ。張本人は泉小次郎という男だと、わしは聞いた。そやつを捕まえなければ事の全容は分かるまい」
義盛の言葉に、列座する九十八人は一斉に頷いた。だが義時は、そんな和田一族の男たちの動きは歯牙にもかけない。
「泉はただの雑魚だ。逃亡して行方知れずの雑魚に用はない」
「……雑魚!? 泉が首謀者だろうが!」
「泉は下っ端で、平太なる者が張本である」
「違う!」
「和田平太胤長、はかり事を弄する不届きものである。本来なら首を刎ねるべきところであるが、左衛門尉の気持ちを慮り、流罪にいたす」
義時は義盛の叫びを無視し、低い地鳴りのような声で平太に対する処分を言い渡した。すると、和田一族から溢れている殺気は沸騰し、複数の男が腰の物に手を添えて、刃傷沙汰一歩手前の空気が辺りに立ち込めた。
「そうだ、まだ彼の者をどこへ流すかは決めておらぬが、とりあえず流す前に一目会わせて遣わそう。和田平太をこれへ──」
義時は和田一族の殺気をいなすように、俄かに平穏な声に変え、渡り廊下の袖に控えている金窪行親に指示した。
暫しの間を置いて、平太は後ろ手を縛られ、首にも縄を掛けられた姿で引き出されてきた。庭に列座している一同は、その姿を一目見て瞠目した。
平太の頭に烏帽子はなく、髪はざんばらに乱れて埃にまみれている。着衣は所どころ破れ、泥なのか血なのか判別しかねる大きなしみがいくつも付いている。顔には青あざ、赤あざ、切り傷が無数にあり、唇は裂け、両目蓋は大きく腫れあがっていて表情は読み取れない。激しい暴行を加えられたのが一目瞭然であった。
──何たる仕打ち。
和田一族の間には声なき怒号が溢れ、歯軋りが反響した。
その様子を眺めて義時は満足そうに頷き、一同に漏れなく聞こえるように大音声で言った。
「これより和田平太胤長は二階堂
金窪の手の者に引きずられるように連行されていく平太の萎んだ後姿を見て、和田一族の男たちの殺気はいきり立っている。
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