第26話 夜伽
────空を見上げると、冴ゆる月が顔を覗かせている。なんせ六畳ひと間の古ぼけた佇まいとなり、優奈を誘うのは初めだ。
薄暗い部屋に入るなり底冷えする寒さが、月光を無視するかのように届いてきた。彼女の方から、さっそく口にしてくる。
「えらいさぶい。どないかならんのやろか」
でも、怒ってはいないらしい。笑顔すら浮かべている。逆に、なんかキョロキョロと部屋の中を物色しており楽しそうだ。ストーブの青い炎にふたりして両手をかざしてゆく。寒さに耐えきれず、ベットから毛布を一枚持ってきた。
「まだ、寒いやろ」
ふっくら滑らかな魔法の布切れで彼女との隙間を覆って、細やかな温もりを分かち合うひとときを過ごしてゆく。
「あったかいなあ……。もっと、近くに来ておくれやす」
華奢なからだをギュッと抱きしめると、小さな胸からは高鳴る鼓動が感じられてくる。美しい妖精のような甘い香りがほのかに届き、堪えきれず、瞳を閉じる可愛いくちびるにそっとキスをした。
「さっきの話だけど、明日の朝は早起きや。夜明け前に出なくてはいけない。一緒に付いて来て欲しい」
「かまわへん。うちは、いつも悠斗はんがそばにおって欲しい。どこまでも付いてゆく。もう、離れんさかい」
嬉しいことを言ってくれる。
あまりの素直で健気な姿に涙すら溢れてしまいそうだ。
「お母さんとの約束を果たしたいのや」
「どないして?」
「黙って、付いて来てくれ」
「分かったさかい……。そやけど、優斗はうちのことだけ、見とってね」
「もちろんや」
外界には星座が光り輝いているかもしれないのに、いじわるな結露の雫で窓ガラスの帳を覆い隠していた。
ところが、僕らには関係のない別世界となっている。優奈と過ごす初めての夜は、贅沢など出来ないけど、いつまでも忘れられない記念日にしたい。
こんな夜もあろうかと、優奈の大好きなオムライスの材料が用意してある。ふたりで手を取り合い作ってはいるが、まるでままごと遊びとなり、決してインスタ映えするものではなかった。さっそく、優奈が自慢げに話してくる。
「おかんに習うたさかい、料理は得意やで。おっきなまん丸お月様みたいのをひとつだけ作るんやさかい。分けて食べよう」
出来上がったチキンライスを覆うまん丸のタマゴのドレスの上には、ハート型のケチャップマークがいくつも並べられていた。
食事を終えると、初夜という秘め事の甘い戯れにより、甘美で気持ち高ぶるひとときを過ごしてゆく。そうして、婚約指輪もないのに、小指を絡めて契りを交わす。
これは、彼女が忍びやかに言う通り、花街で悠久の昔から語り継がれる「
明日のことに不安と期待を抱きながら、少女を抱き締めて、眠りに落ちていた。
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