第21話 心象風景

 

 翌朝、アパートの郵便受けを何気なく開けると、一通の手紙が届いている。信じられないことだが、封筒の裏には差出人となる優奈の名前が綴られていた。


 さっそく、部屋に持ち帰り、封を切ってゆく。おそらくは、母親に黙ったまま送ってくれたのだろうか……。案の定、可愛らしい便箋に丁寧な文字が浮かんでくる。



 神崎 悠斗 さま


「悠斗はん、よう聞いとぉくれやす」


もう、お会いすることは許されません。

お手紙を書くのも最後になると思います。

それが、わたしの運命の定めなら……

だから、正直な気持ちを伝えたい。

嘘をつくのは嫌なんです。


あの日、うちは一度死にました。

だから、あれ、事故ではないのです。

自分の意思で、桂川の冷たい水に……

なんでそんなこと、したのかって

本当のことは、分からないのです。


前日、叔父の所に祖母の十三回忌の法要で出向いています。深夜、母親と叔父がこっそり話す内容が偶然にも枕元の耳へ入ってきた。


幼い頃から、おとうが病気で亡くなったと聞いていました。

しかも、父親が分からない〝ててなしご〟であることを知ります。


ご存じのとおり、若い頃の母は、祇園の舞妓をしていました。

まだ十八歳の時、ご贔屓ひいきの旦那衆のひとりに恋をして、うちが生まれたそうです。


でも、もしかしたら、おとんは別な人かもしれません。だから、戸籍上の父親の欄には、今でも名前が書かれておりません。

しかし、厳しい母親ですけど、責めるつもりは毛頭ないのです。たったひとりの肉親なのですから……


幼い頃から気丈夫な彼女の背中を見ながら育った気がします。一人前の舞妓としての躾はすべて習ってきました。


目の病とも闘っています。いつ左目がそして両目が見えなくなるかと不安な毎日、そんなことも重なり、自分を見失っていたのは事実です。

でも、なんと、母親が今出川にある「清明神社」の陰陽師はんにお百度参りをして、全快するのを祈ってくれているのを知りました。


けれど、可笑しいですよね

そんなことで死のうとするなんて


世の中にはもっと苦労している人が

大勢いるというのに

「ばかやろう!」と叱ってください


いま、うちは生きています 

運命の神さまが

暗い世界から引き上げてくれました


色鉛筆で花の絵を描いて渡したら

病室でこんな傷だらけな女でも

一緒に歩きたいと言ってくれましたね


わたし、すごく嬉しかった

本当に、嬉しかったんです


ふたりで歩いた初夏の「ただすの森」

とても綺麗でした


あなたとの最初で最後のデート

とても、短い束の間のひととき


それでも

うちにはとても楽しかった

最初、可哀そうに見えるから……

ふと、不安な気持ちが

浮んでいました


でも、やさしい笑顔に救われ

いつとはなしに不安は消えて

なくなりました 


わたしのこと 可愛いとも

言ってくれましたね


もう胸の中で激しく鐘が鳴って

熱うなって

それがあなたに聞こえてしまうの

とても 恥ずかしかった


「女心と秋の空」

でも、わたしの心は

京都の桂川の清流のように

どこまでも透き通った水ごころ

その鏡には

ひとりの男がずっと映っています


眩しいくらいの笑顔と思いやり

こんなに辛くて苦しい気持ち

初めて知りました


あなたに代わるひとなんていません

きっともう現れないでしょう

だって 運命の神さまなのですら


悠斗はんのお邪魔にならないように

その思い出を大切にして

うちは生きていきます


もう、死んだりしませんから

「安心しとぉくれやす」


早く一人前のカメラマンになってください

「ほんまになっとぉくれやす」

「ファイト!!」

「ほんまにおおきに」


長々とごめんなさい。(ゆうなより)


 涙なくしては読めない手紙を手元に置きながら、どこまでも透き通る清流に映り込む、儚げな少女の姿を思い浮かべている。このままでは、会えなくなってしまう。男としてだらしのない自分を悔いていた。

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