第16話 黄昏

 


 優奈はおきゃんな娘を取り戻し、この上ない笑顔を浮かべている。さっそくお灯明料としてひとり分の300円を払って、チケットをもらってくる。


「ああ……、なんて気持ちええんやろう」


 彼女は歩く度に濡れ鼠となるのも知らずに戯れている。蝋燭に火を灯して、他の幼子と並んで池の奥に一歩ずつ進んでゆく。

 浴衣の裾をめくると、小さな膝小僧が顔を覗かせてくる。ところが、風もないのに少女の火だけが消えてしまう。きっと、池の水が跳ねたのだろう。

 不思議な災いに遭遇し、「うちのだけ、消えてもうた」としょぼんとする顔も可愛い。思わず、シャッターを切っていた。


 池から上がり、ご神水をいただくことになる。巫女さんが渡してくれる器には、御神紋である「双葉葵」が描かれていた。これがまた青々とするハート型の二枚の葉っぱが向き合っているようで可愛らしい。優奈も目を丸くして覗き込んでいる。


 本殿に行く手前で足の形をした祈祷木に名前と数え歳の年齢を書いて、大きな水受けに浮かべてお参りした。少女の正しい年齢を初めて知ることになる。

 一連の神事が無事に終わったので、ほっと安堵の溜め息をついているらしい。「願い事は何や?」と尋ねたが、「秘密やさかいあかん 」と教えてくれなかった。


 断られたとはいえ、彼女と甘ったるい時間を過ごしていると、懐かしい初恋の想い出が浮かんでしまう。確か、高校生の頃だったような気がする。ならば、ふたりの年齢差はちょうど四歳だろうか……


 でも、彼女は偽りなき現在進行形の高校生となる。今流のオシャレでトレンディな言葉に例えれば、アオハルまっただ中のセブンティーンであった。



 ────時刻は午後四時となる。


「早う、早う行こう。悠斗は〝 のんびりやさん 〟やさかい、置いてけぼりや」


 小走りで、下駄の音色を鳴らしてゆく。見たところ、足はすっかり大丈夫らしい。けれど、こんなおてんば娘だとは知らなかった。


 境内には縁日らしく屋台が立ち並び、既にあかりが漏れてくる。糺の森に登場する露店では多種多様なものを扱っており、若いカップルにより大賑わいとなっていた。直ぐに、彼女は自分の腕を掴んでくる。


 京都らしい名物、老舗の和菓子屋の矢来餅、豆大福、わらび餅、どら焼きもある。

 他には冷やしきつねうどん、抹茶のグリーンティー、えびせんべい、甘酒、京野菜はもちろんのこと、定番のいか焼き、焼きそば、チョコレートばなな、かき氷……。数えあげたらきりがない。


 うっそうとした森の中をふたりで歩くのが本当に気持ちいい。童心に返って、彼女に誘われるまま、射的でハズレキャラメルを貰って、りんご飴を舐め、たこ焼きに舌鼓を打っていた。綿菓子の店を覗き込んで、「高いなあ……」とはしゃぐ浴衣姿の少女は可愛かった。


 こんな時間がずっと続いて欲しい。ところが、予想だにせず母親との約束が脳裏に浮んでくる。優奈は未成年者だ。取り決めを破り親から訴えられたら、実娘を誑かす罪に問われるのかも知れない。

 自分は白い目で見られても構わんが、彼女に迷惑はかけられない。少女と会ったのは今回で四回目となる。風花の坂道、嵐山のトラブル、ひだまりの病室、ただすの森の逢瀬。


 もしかしたら、最悪な場合は最初で最後のデートになってしまうのだろうか……。そんな不安がよぎってきた。空を見上げると、暑い陽光の日中でも、しだいにおひさまが傾いているのが分かってくる。


 

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