第14話 水占い
道すがら、美味しそうな団子屋の
今日は鰻で有名な土用の丑だ。
浴衣を着る少女たちが
「真ん中に立ってみて」
結奈をモデルにして、カメラのレンズを向けている。彼女が羽織る薄紫の浴衣色も加わり、ファインダーから覗く姿は可愛い少女の画像となる。合格点の出来映えに満足して悦に入り撮影したモニターを見せてゆく。何て言ってくれるだろうか。気になってしまう。
「えらい良く撮れてる。そうそう、言い忘れとったの、かんにんな。新人賞おめでとう。もう、すっかりプロのカメラマンやな」
優奈から誉めてもらうのが一番嬉しい。朝から彼女と会うのに夢中となり、ろくすっぽ食事をとっていないことを思い出す。しかも、煙草まで吸いたくなってきた。
「先にみたらし食べてからにしよう。もう、お腹ペコペコ。花より団子や」
「あかんやろう。おみくじが先」
やはり、風流のご縁の方が大切らしい。頑として、「イエス」とは言ってくれなかった。なにやら、物事には順番があるという。
可愛い顔する女性なのに、思い立ったら突っ走る頑固なところを気づいてゆく。万が一にも怒らしたら大変だろう。結奈の言う事を尊重しなければいけない。
さらに、寺社内は火災防止の理由もあり、全面禁煙になったらしい。ああ、くわばら、くわばらや。
五重の塔にようやくたどり着く。
さっそく、優奈は笑みを浮かべて、口を開いてくる。
「ほんまや。おっきな傘がぎょうさんある。ひとつ、ふたつ……。このひとつだけでもふたり専用のやったらええのになあ……」
ここは病室の窓から見えていた景色だ。神さまがいずる場に寺のランドマークとなる仏塔があるのは珍しく感じてしまう。
そもそも五重の屋根は下から地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、空(宝珠)からなるもので、仏教的な宇宙観を表していると社長から習ってくる。彼の博識にはビックリである。おみくじにも同様な違いがあると聞いていた。
お寺のおみくじは、中国から仏教と一緒に伝わったとされているため、一般的に漢文で書かれている。一方、神社のおみくじは、日本文化で創られたものとされ、和歌が書かれていることが多いらしい。
けれど、この神社の恋みくじは特殊なものだという。何故なら、おみくじの紙を水に浸す水うらない の形式となる。
しかも、浮かべるのは、水鉢やつくばいなどの小さな入れ物ではない。なんと、境内を流れる小川に、白い紙を漂わせ時間が経つと、大吉から凶までの文字が鮮やかに浮かび上がってくるそうだ。結果だけでなく、待つ時間までドキドキしてしまう。授与所に出向いて水みくじを一枚ずつ貰ってきた。
「なんか、不思議だなあ……。まるで、宝くじのスクラッチをやる気分や」
あえて、優奈を喜ばそうとふざけていた。
ところが、彼女は一瞬緊張したのか、目を潤ませ、ひたむきに占い紙を見つめ、両手を合わせているようにも思えてくる。
「悠斗さん、ダメやろう。んもぉ……言わんといて。しっ、だよ。神さまに失礼で怒らせてしまう。金儲けと違うさかい」
いつしか無邪気な表情は消え失せ、あまりの真剣な仕草に言葉をかけられない。その面影はどこかで見たことがある。
恐らくは、雪景色の中で、京下駄を鳴らす少女だろう。生真面目に願う眼差しの奥には暗い闇が隠されているようにも思えていた。幸いにも自分のみくじには「小吉、続けて精進すべし」と綴られている。
「結奈、おみくじはどうした……」
「はぐれ鳥みたいに消えちゃったの」
彼女からは切なく意外な返事が戻されてきた。占い紙が笹舟に乗って何処かに消えてしまったという。ただ、分かるのは少女に笑顔が消えていたことは間違いない。本当のところは藪の中に覆われたままである。
やはり、優奈は精神的に病んでいるのだろうか……。ならば、目の前で無邪気に戯れている姿は二重人格で別な存在となってしまう。身勝手な妄想だけで判断してはいけないはず。でも、何か秘密があるはずだ。
けれど、ふたりに許されるデートの時間は限られている。あえて詳しい内容は聞かなかった。まもなく三時を迎えてしまう。あと、三時間しかない。夕食の時間までに彼女を自宅まで送る約束となっていた。
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