第13話 デート

 約束の日は直ぐにやってくる。


 午前中の時間で、優奈は退院する予定になっている。乗ってきた車を廻し駐車場に止めると、カメラを担いで六条通りの神社の大門前で待っていた。本当に彼女は来れるのだろうか……


 約束は午後二時、まだ余裕がある。


 京都市内は、道路(筋)が東西南北で交叉しており、碁盤の目の如く走っている。目をキョロキョロさせながら、何気なく通り過ぎる車を追っていた。


 この辺りは幼子がまりつき遊びをしながら歌う京の手まり歌で「三条 三哲 通りすぎ~」と親しまれるところとなる。土曜日ということもあり、人通りは多く、観光客らしき人々が神社の境内に吸い込まれていた。

 

 ああ……心地よい。見渡すと、静寂な森が参道まで広がっている。思わず神聖な雰囲気を感じ、深呼吸してしまう。柔らかなそよ風と共に小鳥のさえずりが耳元を掠めてゆく。


 神社の空はすっかり晴れ渡り、絶好のデート日和だ。縁結び・健康祈願で京都一霊験豊かな名所と知り、彼女の傷ついた心を癒してやりたかった。


「悠斗さん、お待たせしてかんにんえ」


 その声は優奈だ。黒塗りのハイヤーが目の前に止まり、車から少女が下りてくる。おちょぼ口から、可愛い挨拶がされてきた。京下駄をカランコロンとうち鳴らしながら、ちょこちょこと小股で近づくのが可愛くなる。もう、歩けるようだ。


 こんな綺麗な女性だったのか………。改めて見惚れてしまう。


 真っ白な透き通る肌、薄化粧の顔にはキズあとも残っていない。しかも、溢れるばかりのほほ笑みがある。淡紫色の朝顔の浴衣もよく似合っている。目を合わせて、もう一度、「おまたせ」と言ってくれる。照れくさくなり、目を逸らすしかなかった。


 待っていたかのような優しいそよぎを感じて、黒髪を束ねる赤いリボンがたなびく少女に目が留まる。ところが、優奈ひとりでは来ていなかった。付き添うのは眉間にシワを寄せる母親である。


「ここで先に帰るけど、後は任せるさかい。約束守っておくれやす」


 彼女は心配げにひと言残して去ってゆく。


 ひとりとなった優奈は、仄かな木漏れ日に照らされ一層輝いて見えた。母親の姿が見えなくなると、さらに華やかな香りを漂わせながら自分の傍まで駆け寄ってきた。思わず、心配して声をかけてしまう。


「もう、大丈夫なのか? 」


「うん、平気や。足のリハビリも優等生って褒められたの。一刻も早く会いたくて。偉いでしょう」


 無邪気に笑って口にする女性の姿も可愛く思えてくる。彼女と手を繋いで、赤い鳥居をゆっくりと一歩ずつくぐってゆく。

 四季を通じて自然豊かな「ただすの森」と呼ばれ、周囲一帯は地元の人々から信仰の対象となり、森の神々による霊験豊かなパワースポットとなっている。


「良かったなあ……。歩けるようになって」


「おおきに。あれ、見て」


 優奈が指さす方向を見ると、木々が鮮やかな緑に染まる季節を迎えて、本殿への参道が青々とするトンネルに変貌している。

 僕らが近づくに従い、さやさやと葉ずれの音色まで届き、この上なく和やかな光景を見せてくれた。彼女の表情からは生き生きとした息吹すら感じられてくる。


「すげえ、綺麗だ」


「ほんまや、うち、恋みくじやりたい」


 さっそく、彼女は無理難題を言ってくる。


 おみくじの場所までは結構歩かなくてはいけない。なにぶん、境内は広くて、東京ドームの三個分はあるという。


「遠いぞ。おんぶしてあげようか」


「もう、イヤや。恥ずかしいさかい」


 彼女は口を尖らし、手に持つうちわで顔を隠してしまう。さらにうなじのほつれ髪が気になるのか、小首をかしげて直してゆく。まるで駄々っ子のように思えてくる。


「変な凶とか出ても泣くなよ」


「そんなの怖ないもん。へっちゃらや」


 普通の女性なら、最悪の凶みくじを手にしたら怖じ気づくだろう。しかも、今の彼女にとっては酷にも思えている。正直なところ、あまり乗り気はしなかった。

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