第9話 名前
手紙の返信には筆の色あとが残っていた。いや、違う。恐らくは、涙のしみ跡だろう。これは何を示しているのだろうか? 分からない。分からない。頭が混乱して、ないないづくしになってしまう。
しかも、手紙の文末には名前が「ゆうな」と書かれていたことを思い出す。確かに優しさすら感じられる文字で綴られていたはず。勘違いでなければ、雪景色の少女、
もちろん、漢字の綴りは分からない。もしかしたら、京下駄の少女と同一人物なのかも知れない。けれど、髪型や雰囲気は異なっていたはず。
残念ながら、少女を助けるのが精一杯となり、顔はチラッとしか見ていなかった。ならば、はっきりしたことは言えないだろう。しかも、この世の中には似た人など山ほどいると聞いたことがある。
でも、万が一にも本当ならば、彼女の命を助けたのは運命的な出会いだったのかも知れなかった。
考えれば考えるほど、さらに胸が熱くなってくる。この気持ちは何だろうか。また分からなくなる。
心を落ち着かせるために窓から外を覗いてみる。そこには、冷たい風にも負けないアネモネの小さな花が咲いている。少しずつ、蕾が開いているようだ。薄紫色の花が少女の儚げ気な面影に重なってくる。
彼女と会ったら、何と言ってあげれば良いのだろう? これまで女性と縁がなかった訳ではない。ところが、二十歳過ぎた大人の男なのに、こんな気持ちになるのは初めてとなる。バカで愚かな奴。自分のことながら、呆れてしまう。
ただひたすら、彼女に会いたい。吐息をもらしてしまいそうだ。もう、とっくに自分の気持ちを抑えることは出来なかった。
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