第8話 返信


 けれど、翌日の朝を迎えたが、優奈から返事は戻って来ない。やはり一方的で身勝手な手紙など相手にされなかったのだろうか。


 もう、無理だよなあ……。


 諦めの境地が深まる中、看護婦の真理さんが病室に入ってきて、いつもの爽やかな挨拶をしてくれる。その笑顔と共に贅沢な朝を迎えるのが日課となっていた。

 人づてに聞くと、三歳のお子さんがいるシングルマザーだという。


「悠斗さん、おはよう。昨夜は眠れなかったのでしょう。お待たせしてごめんなさい。でもね、たったいま、渡されたの」


 何故か廻りを見回し、人目がないのを確認すると、白衣のポケットに手を入れて封筒を渡してくれる。昨夜は寝つきが悪いまま微睡んでいる内に夜明けを迎えていた。真理さんは全てをお見通しの様子でビックリする。


 自分の飛び上がりたくなる喜びようを知ったのだろうか。彼女からも安堵の微笑を感じられ嬉しさが増してきた。思わず喜びを口にしてしまう。


「ダメだと思っていたんや」


「良かったわねぇ。内緒にしといてね。婦長さんに見つかると、怒られちゃうから」


 もう一度「本当にヒミツ。いい返事だと良いわね……」と言いながら、人差し指を口先にあてて笑う。あたかも頑張れと腕を突きだし姿を消してゆく。彼女の無邪気な戯れにも感謝したくなっていた。


 よもや諦めていた返事が戻ってきたのだ。まだ、安心は出来ない。即、崖っぷちから叩き落とされることだって、十分あり得る。後者の方が心の傷は深くなるかもしれない。でも、そんなことどうでもいい。ゆっくりと封を開けてゆく。


 手に浮かんでくる汗はなんだろうか。色鉛筆で描いたような絵手紙に気づく。桜の色紙に花が描かれている。小さな紅紫色こうししょくのつぼみだ。春に咲くアネモネの花だろうか……。昔に母親から習ったことを思い出してゆく。


 アネモネの花言葉は「はかない恋」


 白いアネモネは「真実」

 紫のアネモネは「あなたを信じて待つ」

 赤のアネモネは「君を愛す」


 少女も病室の窓から同じ景色を見ていたのだろうか。手書きらしく、筆の色あとが滲んでいた。いや、ひょっとしたら涙の雫かもしれない。



 ♧


 悠斗さん、ありがとうございます

 ご退院とのこと

 貴方のお怪我、ずっと心配してました

 わたしの為に

 ご迷惑をおかけしてしまい

 本当にごめんなさい


 お会いしたいとのお申し出

 傷だらけで醜い顔で良かったら

 直接お礼を言いたいので

 お越しいただけますでしょうか  

 動ければ、こちらから伺いたいのですが

 本当にごめんなさい  

            (ゆうなより)

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