第7話 葛藤
怠惰な日々が無情にも続くと、曜日感覚も無くなってゆく。
あれから何日経っているのだろうか……。病室には柱時計があるけど、カレンダーは掛かっていない。変わらない日常に意味をなさないのかも知れなかった。綺麗で切ない、暗い悲壮感漂うメロディーが耳もとをかすめていた。
春一番が自分の周囲だけには届いてこない気がする。春霞に覆われたように、ぼんやりと病室の天井を眺めている。
今頃、世間の人々はまもなく桜が咲くと浮かれているはずなのに、心の片隅には、依然として冷たい風花が舞っているようだ。
ベット脇の床頭台へ自分の荷物が届けられているのに気づくと、撮影した写真を確認したくなる。カメラ本体の画像モニターを表示してみるが、案の定、カウントダウン以後の嵐山の写真は一枚も撮れていなかった。
けっして、後悔はしていないが、モヤモヤとするわだかまりが残っていた。脳裏では相反する葛藤が渦巻いてゆく。
「助かったのだからもういいじゃないか。おまえの役割はとっくに終わりや。他に何があるというのだ」
そう
でも………。まして冷やかしやお礼なんかいらない。もちろん、人命救助の名誉などは求めていない。ただ、本当のことが知りたいだけだった。
若い女性が夜明け前の寝静まる頃、寒々しい雪景色に行くなんてあり得ないはず、不思議でたまらないのだ。靄が心に立ち込めたまま、時間だけが過ぎてしまう。
動けるようになったら、彼女に会いたい。会ってみたいのだ。突然に不思議な感情を抱いてゆく。会ってくれるだろうか……。
まして、相手は若い女性、下心があるのかと警戒されるのが普通である。
傷ついた顔や包帯姿なんて、他人に見られたくないだろう。会ってどうなるのか。分からないことばかり、一歩誤れば軽はずみの行動だとの
「でも、あの娘に会いたいんだ」とひとり呟いていた。女性の病室は一つ下のフロアーにあるという。込み上げてくる気持ちは、ただ単純に助けた命を見守りたいと言うものであろうか。いや、そんな高尚なものではないはず。
ならば、心の奥底に渦巻く、マグマのような押さえきれない感情はいったい何だろうか? いくら打ち消しても残り火のように燃え盛ってしまう。
俺はまだ二十一歳。アオハルは遠くまで見渡せる空とは限らない。一寸先は闇かも知れないが、分からないからこそ、未来に夢や希望があるかも知れない。
無下の怠惰な時間を捨て去るひとつの決断が、心の片隅に迫りつつあった。失敗を恐れるばかりではいけないだろう。何もせず後悔するほど恥ずかしいものはない。俺はメモ紙を取り出し、拙い筆を取ってゆく。
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