第2話 出会い
どこからともなく、三味線の奏でる春の海のメロディーが届いてくる。今日は松の内、軒先には正月飾りとなる一対の〝 根引き松 〟が吊るされている。古都らしい奥ゆかしさを感じながら、雪あかりの漂う街並みを歩いてゆく。
道すがら思いがけず、愛くるしい和服姿にショールを巻く、花かんざしが似合う若い女性とすれ違う。通り過ぎてゆく面影に、何故かしらいま咲いたばかりの人恋しい白百合の花を感じ、楚楚とした可愛らしさに心惹かれてしまう。
外見上は非の打ち所が無い、稀にみる美少女だ。けれども、目がどことなく虚ろげで、心の奥底には暗い闇が隠されているようにも思えていた。兎にも角にも雪景色に佇む儚げな少女は、実に魅力的な被写体となる。
「
カランコロンと、京下駄のはんなりする音色が
どんなに美しい景色としても花がなければ味気無く感じてくる。叶えられる夢ならば、雪景色を背景に彼女をモデルとしたい。
あらぬ妄想が心の中を突き破り、「あの、そこのお嬢さん……。」と喉もとまで言葉が出てしまいそうだ。コンテスト受賞への野心がメラメラと燃えている。照れくさいけど、仮に路上での不埒なナンパと間違えられても仕方がない。これぽっちの下心などなくただひたすら写真を撮りたいだけだった。
どうしたのだろうか……。突然に彼女は急ぎ足のせいか、雪道に足を滑らせてすってんころりんと転んでしまう。赤い雨傘は少女の手を離れ
「怪我しなかったか。痛かったろう?」
相手は若い女性だ。一瞬躊躇したが、涙を拭う彼女の小さな肩に手を廻し身体を助け起こす。ほどなくして、健気な返事が耳元に届いてくる。
「大丈夫や。そやけど、やっぱし草履にしたら良かった。着物濡れてしもうた」
さりげなく女性の足首を見ると、鼻緒は切れていない。心の隅では怪我がなくて良かったと胸を撫で下ろす。
けれど、白い足袋に血が滲んでいた。ハンカチをポケットから取り出し、傷口が痛まないようそっと拭いてやる。
「おおきに。優しい男やなあ……」
「本当に歩けるか?」
これまでかような美しくもありつぶらな瞳は見たことがない。素肌は透き通るように白い。チークで頬だけがリンゴのように赤く染まっている。もう既に写真家の野心など遥か彼方に消えていた。彼女は
初めて会ったばかりの見ず知らずの他人、ただの通りすがりの関係だが、気になってしまう。
「平気や。家すぐ近くさかい」
少しだけ口元を緩め、気丈夫に振る舞っている。優奈の名前の響きは可愛い彼女に似合っていると思えていた。咄嗟に自宅まで送り届けることも思いつくが、ひとりで歩けると言う。無理じいするのも腫れ物に触り下心がありそうで諦めてしまう。
季節外れの木枯しが強くなり、石畳が敷かれた路地には提灯や置き行灯がともり、艶やかで幻想的な空気が漂ってくる。やっぱり、ここは花街だろうか……
少女の去りゆく姿を心配しながら見守ってゆく。足取りは極めてゆっくりとしたものとなる。どうしたのか、行きがけで歩みが一旦止まる。
ところが、彼女の振り返る姿を期待したのか、物哀しさまで感じてしまう。
次第に風が強まり、空からまた淡雪がちらつき、健気な優奈の姿は風花の天使の如く朧気な姿となり裏路地に消えていった。
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