第3話 朝焼けの詩
しばらく雪の日が続いていた。
今朝、痺れるような寒さに目が覚めてしまう。時刻は夜明け前の四時。思いがけず雪あかりに帳が下ろされ、美しい星空に変わっていることに気づいてゆく。
初春を迎え桜の便りが届くとコンテストの大会がやって来てくる。冬の間になんとか勝負の一枚を撮りたい。男として妥協は許されないだろう。
寝ぼけまなこを我慢して、さっそく親父の車に乗り込み、野心に燃え一目散に京都嵐山へと向かっていた。
“朝焼けの雪景色メイク”、デザインはしっかりと脳裏に描いている。嵐山と渡月橋のコラボする構図も悪くないはず。橋の全長は155 m、高さは中央部で11mとなる。あとは寸分の狂いなく、ファインダーの覗き窓にピントを合わせれば良い。三脚にセットするのはもちろんだ。
車窓から通り過ぎる景色が懐かしい。昨年の夏の初めに見た嵯峨野を思い出す。
嵐山駅近くの法輪寺、野宮神社から大河内山荘に至る道に木漏れ日があたり、竹の葉にそよぐ南風の音色や土の香りで爽やかな気分になっていたことだろう。
けれど、今朝は青竹が雪の重さでめちゃくちゃ首を傾げて悲鳴をあげているように思えてくる。
冷たい風が、耳もとを赤く染める。
もう少しだけの我慢だ。
目の前に広がる光景は、桂川の中州に架かる渡月橋と雪の嵐山。街灯があるとは言え、あたりはまだ薄暗い。きっと雲の切れ目から太陽が出てくれば、インスタ映えする絶景が浮き上がり見えてくるはず。
今の時代、一般人投票も審査対象となる。人知れず渡月橋脇の駐車場に車を置き去りにしてゆく。
「日の出は、六時四十分やろう」
「時間との一発勝負や」
「奇跡を呼び起こしてやる」
冷たい北風を肌で感じながら、何度も繰り返し独り言で気合を入れ直し、気持ちを引き締めてゆく。
まもなく、朝の六時半を迎える。
このあたりは、日中、観光スポットで賑わうところだが、車以外行き交う姿は見られない。しんしんと、静寂の時間が過ぎてゆく。
天気予報で晴れと聞いていたが、運良く写真の価値を引き下げてしまう川波は立っていなかった。今日の俺は持っている男だ。きっとそうに違いない。
橋の欄干が白く染まり、残り雪で路面はカチカチの状態となる。足元にも雪の吹き溜まりが残っている。川面からは、
焦る心を鎮めるのに煙草を一本取り出す。
三脚に一眼カメラを固定し、ファインダーを今一度覗いて確かめる。
「アングルが難しいなあ……」
「でも、弱気になるな」
思わず、また、独り言を漏らしてしまう。
曙に染まる川色に真っ白な橋と嵐山が写り込み、凛とした水鏡となればこの上ない景色が撮れるかも知れない。それには
シャッタースピードと絞りを確かめ、特殊なフィルターを装着して撮影の時がくるのを待ってゆく。
「ほんの少しもう少しだけ、靄が少なくなってくれえ」
雄叫びとともにいよいよカウントダウン、朝日が赤く立ち上ってくる。
あとは天命に任せるばかりだ!
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