【京都花街ラブストーリー】 〝 悠久の愛 〟を紡ぎて♡

神崎 小太郎

第1話 風紋

 千年の歴史を誇る古都の景色────


 京都の魅力は何と言っても、四季折々のうつろう景色だろうか。古都らしい社寺の風景に加えて、春の桜、夏のまつり、秋の紅葉。いつ訪ねても心を癒してくれる。


 純粋な愛を求める若者たちを喜ばしてくれるこの上ない恋の神々が、海や山里、やしろにはどことも知られず棲んでいるという。

 いずれも素晴らしい景色となるが、うら寂しい冬の白銀しろがねの世界が一番好きとなる。厳しい寒さながら、ずっとそう思ってきた。

 


 六角形の天使の囁きは、放置された線路に白い絨毯を敷き詰めながら、淡雪の華を咲かせてゆく。しかも張り詰める清らかな空気に一層キラキラと光り輝き、風花かざはなのように悠久の時を刻むそらへと舞い上がる。


 空を見上げて耳を澄ませば、しんしんと迫る音色すら聴こえてきそうだ。凍てつく寒さにもかかわらず、我を忘れて立ち尽くしてゆく。昇華する風紋の舞に思わず独り言を漏らしてしまう。


「なんと美しいのだろうか……」


 限りなく陳腐な言葉しか思いつかない。自然の前では自分など小さな存在である。

けれど、ひとり占めできるなど、神が授けてくれたこの上ない幸せに思えてくる。幻想的、いや、儚くも美しいと言った方が的を得ているのかもしれない。



 ────目のあたりにする、先人たちが創り上げた名所の「蹴上けあげインクライン」

 明治から昭和にかけて京都市内へ舟を運ぶために造られた鉄道となる。


 変わりゆく時代の中でレールだけが取り残され、長く煙を棚引かせる蒸気機関車は通っていない。白く染まる世界をゆっくり歩きながら、儚い景色にレンズを向け、ファインダーを覗き込み、一瞬静寂を破る如くシャッターを切ってゆく。なぜかしら、自分の行く末を物語っているように感じてきた。


 俺の名前は、神崎 悠斗かんざきゆうと


 名乗るほどの際立つスキルがある訳ではない。けど、磨ぎ澄ます感性の持ち主だと自負している。一方幼い頃から女性みたいで〝やわな奴〟だと苛められ、揶揄もされてきた。控えめ シャイで人見知りと言っても良いだろう。


 苛められる度、今に見ておれと固い決意を心に抱き、迷いや恐れを振り払い、新しい未来を掴もうとしてくる。



 時代を遡る古都の歴史を感じながら、カメラ片手に南禅寺界隈を通り過ぎ、鴨川沿いの三条まで歩いてきた。

 目の前に広がるみそぎ川の土手に、閉ざされた納涼床の名残りを見つけては立ち止ってしまう。京都の「夏の風物詩」は冬ともなれば、寂しそうに骨組みだけが取り残されていた。


 木枯らしに抱かれながら、語り合うカップルの熱い抱擁にも目を丸くしてゆく。羨ましい限りである。道すがら石畳や朱塗りの玉垣にうっすらと雪が積もり、情緒あふれる景色に魅了されてきた。


 今春で二十一歳となる。東京出身の写真家のひよっこだ。ただひたすらに京都の美しい景色に恋焦がれてくる。著名なカメラマンからすれば、受賞歴ない新参者の青二才と言っても良いだろう。


 これといった目的や動機などはなく大学へ入学したが、満たされず写真の専門学校の生徒に逆戻りしていた。


 このところ全国のカメラマンが挑戦する一流プロ写真家への登竜門「まほろばの里写真展」に向けて、応募作品の撮影に全力を傾けている。

 もう既にいくつか写真の舞台を絞り込んでいた。いずれも、美しい景色となるだろう。あとは、自分の持つ運と腕次第だ。



 ────時刻は午後の六時。

 夕闇せまるまで、三条大橋の袂にある漫画喫茶でのんびりと時間を過ごしていた。


 京都らしい風情が感じられる古民家の格子からようやく薄あかりが漏れだす。

 そろそろ、撮影の準備をしなくてはいけない。美しい雪女の漫画を途中下車せざるを得なくなり心残りだった。けど、サボってばかりはいられない。


 次に目指す舞台は、舞妓さんの「鴨川をどり」で知られる先斗町ぽんとちょうとなる。一歩踏み込むだけで雰囲気が変わり、しっとりする空気が漂うように感じてくる。


 一方で辺りは千鳥マークの提灯がともる昔ながらのお店がひしめき合い、艶やかな香り漂うディープな花街と聞いていた。

 少しばかり危険なたたずまいもあるが、もちろんのこと、一見さんはお断りの店ばかりで、通りすがりの若造など全く相手にはしてくれないだろう。

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