第6話 再起不能の陽キャは取り返しがつかない

 左手から放たれた雷撃は狙い通りに、壁に激突した賀山を直撃した。


「ぎゃぁあああああああ!」


 人間は電気信号で筋肉を動かしているため、雷の魔法を受けると全身が硬直して動けなくなる。


 これも、真宮先生から教わった通りだ。

 髪が焼けて縮れ毛になった賀山が床に転がると、俺は駄目押しの水魔法をまたも無詠唱で唱えた。


「がぼぼ、ごぶぉっ!?」


 俺の手の平から生じた水流が賀山を飲み込み、壁に押し付ける。

 水魔法も破壊力は低い代わり、動きを封じつつ相手を殺さず段階的にダメージを与えられるという利点がある。


 激しい濁流の中で溺れながら、賀山はもだえ苦しみのたうち回っている。


「賀山、降参するなら剣を捨てろ!」


 俺は声を張り上げるも、賀山は抵抗した。


「ざけんな。ごぶぁっ! 誰がテメェになんか!」

「そっか」


 仕方ないのでトドメを刺そうと次の呪文の準備をすると、レベルが上がり研ぎ澄まされた俺の五感が、背後の脅威に気が付いた。


 反射的にサイドステップを踏むと、俺のいた場所をショートソードが縦に切り裂いた。

 盗賊ジョブを持つ権藤だった。


「……なんの真似だ?」

「へっ、助太刀に決まっているだろ? 誰も、一対一とは言っていないからな」


 その言葉を皮切りに、残るクラスメイトたちは醜悪な笑みを浮かべた。


「そうそう、この戦いはパーティー戦。あたしらは25人パーティーだから、当然だよね」

「恨むんなら仲間のいないボッチの自分を恨むんだな」

「さんざんチョーシこきやがって」

「そういうわけだから、じゃあねぇ七草く~ん」


 勝利を確信して有頂天になるバカたちに辟易としながら、俺は光魔法を使った。

 地球ならスタングレネードにも匹敵する光に目を焼かれ、みんなは両手で目を押えながらうずくまった。


「ぎゃあああああああああああああ!」

「目が! 目がぁあああああああああ!」

「てめぇ卑怯だぞこのやろう!」

「ちゃんと戦えぇ!」


 コツン、というパンプスの音に振り向くと、真宮先生が冷たい笑顔で歩み寄って来るところだった。


「今、君たち私の可愛い生徒に手をだそうとしたわよねぇ? それにパーティー戦? いいわよ。なら、こっちも二人がかりでいかせもらうわっ」


 最後は語気を強めてから、真宮先生は悪い子にはおしおきですと言わんばかりの勢いで、広域火炎魔法を発動させた。


 炎の絨毯が辺りを満たして、クラスメイトたちは灼熱の中で溺れ始めた。

 真宮先生の炎は10秒もなかったけれど、みんなの皮膚を焼くには十分だったらしい。


 男子も女子も関係なく、誰もが火傷の痛みに苦しんでいた。


 その光景に、俺は復讐の達成感なんてなくて、ただ哀れに思った。


 この中の何人が真正の悪党だったのかは知らないけれど、賀山たちに同調して乱痴気騒ぎをしたり、保身のために俺を裏切った奴も同類だ。


 復讐するつもりは無い反面、救ってやる義理もない。


「なな、くさぁ、テメェぜってぇ許さねぇぞゴルァッ!」


 背後の声に踵を返せば、烈風に飛ばされ雷撃に痺れ、水流に溺れていたぐしょぬれの賀山が水を吐き出しながら、剣を中段に構えていた。


「……もうやめた方がいいと思うんだけど?」

「うるっせぇんだよボケがぁ!」


 クラス全員がかりでも一蹴された現状を意識しながら俺は降参を促すも、賀山はヒステリック起こすだけだった。


「七草のくせしやがってオレをイラつかせやがって! テメェは黙ってその宝器をオレに差し出せばいいんだよ! そんで一生オレの足元で無様にオレを楽しませていればそれでいいんだよ! それが、お前の立ち位置だろうがぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 冷気魔法を無詠唱で発動させると、青白い寒烈なる津波が一瞬で俺と賀山の間を駆け抜けた。


 賀山の全身がまたたくまに白い霜に覆われ、時間が止まったように賀山の絶叫を奪い去った。


「カッ、カッ……カッ……あ、ぐ……ぁ……」


 低体温症だろう。


 賀山は体も思考も止まったように動かず、僅かにあごを震わせるも言葉が出ないようすだった。


 火炎魔法の反対、冷気魔法は物質破壊力がない代わりに、対象の体と思考を鈍らせる効果がある。真宮先生の教え通り過ぎて、賀山が生きた教材に見えてきた。


「勝負は俺の勝ちだな。じゃあな賀山。俺らは行くから、もうかかわるなよ。先生、行きましょう」

「そうね」

「…………ざけんな」


 先生を誘って俺が一歩踏み出すと、賀山が唸った。


「ふざ、けんな……オレは勇者なんだ、そのオレが、無職無能の七草なんかに、テメェみたいな底辺に負けるわけがねぇだろうがぁあああ!」


 俺の中に、哀れみが害意に変わった。


 それは、夏の日に殺すのは可哀そうだとほうっておいた蚊に刺された時のような心理にも似ていて、俺はハエ叩きを振るうような感覚で、右手に握った救世剣を真一文字に閃かせた。


「……へ?」


 瞬速の閃きは皇帝からもらった宝剣ごと、賀山の前腕を切断した。

 床に落ちると刀身と、剣の柄を握ったままの形で同じく落下すると自分の腕を、賀山は目を見開いて見送った。


 冷気魔法で体温が低いためか、腕の切断面から溢れる血は少なく、したたり落ちる程度だった。


 それが逆に、賀山の恐怖感をあおったようにも思える。

 賀山は突然、泣き叫び、地面を転がった。


「ぎゃあああああああぁあああああああああああ! いぃ! いでぁああああああああああああああああああ!」

「くそっ、よくもやってくれたな七草! 学年首席の僕をバカにして、どうなるかわかっているのか! 喰らえ、獄炎魔法!」


 真宮先生の火炎魔法から立ち直った造園寺は杖を構えると、巨大な火球を放ってきた。


 なので俺はひらりと避けて、すれ違った火球はものの見事に床を転がる腕を直撃した。


 紅蓮の炎の中で炎上し、黒い影となった自身の腕に手を伸ばしながら、賀山は奇声を発した。


「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 腕のシルエットが崩れ落ち、後に残ったのは皇帝から授かった宝剣の片割れだけだった。

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