第5話 陽キャとタイマン

「私の生徒に何をするの!?」

「生徒?」


 クラスの中から進み出てきたのは、俺の元担任である、男性教師の弁村だった。


「失礼ですが、七草はうちの生徒ですよっ」


 弱者にはブラック校則を振りかざし強者にはこびへつらう模範的なクズ教師である弁村は、賀山たちにいいところでも見せようと思ったのか、それとも何も考えていないのか、とにかく謎のタイミングで出てきた。


「あらおあいにく様、貴方は昨日、私の可愛い可愛い七草君を見捨てたでしょ? もう七草君は私の生徒なの♪」


 弁村は苛立った表情で、言葉を取り繕うのをやめた。


「ッ、お前はどこの国が召喚した勇者だ? お前も我々のように日本から召喚されたんだろ?」

「生徒を見捨てる犯罪者に教える個人情報はないわよ。それよりも答えなさい。貴方はどうして七草君を見捨てたの?」


 真宮先生が声にドスを利かせると、弁村は一瞬怯むもすぐに虚勢を張った。


「わ、私には担任として生徒たちを守る義務がある! 25人の生徒を守るためには、彼を救うわけにはいかなかったんだ!」

「つまり大勢が助かる為なら少数が死んでもいいってことかしら?」


 少し意地悪な声音の真宮先生に、弁村は激昂する。


「理想論を語るな! 26人の生徒全員を助けられるなら私だってそうする! だが、1人と25人のどちらかしか助けられないなら、より多くの生徒を助けるのは当然だろう! 教師は時に、過酷な選択をしなければならないのだ!」


 握り拳を掲げながら目を閉じ、弁村は芝居がかったポージングで痛みに耐える戦士のような顔を作った。


「ええそうね。その考えそのものを全否定する気はないわ」


 その言葉を敗北宣言とでも思ったのだろう、弁村はほくそ笑んだが、それは早合点だった。


「でも、彼のピンチは貴方たちが作ったものでしょう?」


 口を真一文字に引き結ぶ弁村に、真宮先生は畳みかけた。


「誰からが犠牲にならないといけないなら、どうして教師である貴方が囮にならなかったのかしら?」

「わた、私が死んだら誰が生き残った生徒たちを導くんだ!? 私の生存は生徒たちを守るために必要なんだ」

「なら、26人いる生徒の中でどうして七草君が選ばれたのかしら? どうして貴方は止めなかったのかしら?」

「ッッ、仕方ないだろう! 七草の犠牲はクラスの総意だったんだ!」

「呆れた……指導者を語っておきながら肝心なところは生徒任せなのね」

「黙れ! 事実七草は一番能力が低い。全体の生存率を上げるにはそいつを犠牲にするのが一番だったんだ!」


 呆れ顔だった真宮先生の目つきが、一気に氷点下まで下がった。


「劣等生より優等生が優遇されるのは当たり前。社会に出たら嫌でも――」


 真宮先生の手の平が弁村の鼻から下をわしづかみ、顔面をひねり上げていた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 五十音では表現できない苦悶の声を漏らす弁村を、真宮先生は長身から見下ろしながら殺意すら感じる声を叩きつけた。


「駄目な子なんていない! 子供はね、大人から駄目な子扱いされて自分は駄目なんだって思った時、駄目になっちゃうのよ! その汚い口を二度と開けないで! そして私の生徒に二度と近づかないで! 貴方のように腐りきった大人が一番悪影響だわ!」


 その言葉が嬉しくて、俺は奥歯に力を入れて幸せを噛みしめた。

 もっと早く彼女に会いたかった。

 小学校でも中学校でも、なんなら高校に入ってから、弁村の代わりにでもいい。

 真宮先生が俺の担任だった、俺の人生はもっと違うものになっていただろう。


「■■■■■■!」


 80レベルの真宮先生が力任せに、野球ボールのようにして弁村の頭を投げ飛ばすと、首を危険な角度に曲げられながら弁村はボス部屋の天井にめり込み、ぼこっとはがれてから地面に落ちた。


 水平姿勢で腹と顔面から落ちた弁村は、水面だったとしても駄目な落ち方で地面に激突して動かなくなった。

 その姿に、俺は弁村への恨みがだいぶ晴れた気分だった。


「じゃ、そういうわけだから、俺と真宮先生は帰るからな。お前らも早く帰れよ」

「まちやがれ……」


 俺が軽く手を挙げてボス部屋から出ようと一歩進むと、汚い声が割り込んできた。

 振り返ると、賀山がポーション色のゲロを吐き膝を震わせながら立ち上がろうとしていた。


 見れば、回復魔法を使えるクラスメイト全員から同時に回復魔法をかけてもらいつつ、ポーションをがぶ飲みしていた。


 クラスメイトから、落とした愛剣を受け取る。


「そのバケモンチート教師に守ってもらっているくせに偉そうにしやがって。どうせこのボスだってそいつに倒して貰ったんだろが、うぷっ……」ごくん


 吐きそうなったものを飲み込んでから、賀山は残りのポーションを頭からかぶった。


「オレとタイマン張りやがれ! 勝ったほうがその宝器をもらう! 文句はねぇよなぁ! あぁん!?」


 賀山は完全にキレていた。

 皇帝から貰った宝剣を受け取ると、勢いよく俺に付きつけてくるのだが、その刃はさっき以上の殺意に満ちていた。


 けれど、まったく脅威を感じなかった。

 弱い犬ほどよく吠える。

 それが、俺の第一印象だった。

 一方で、他のクラスメイトたちは盛り上がり、俺に野次を飛ばしてくる。


「……俺が勝ったらもう二度とかかわらないって約束するか?」


「ばーか。誰が好き好んでテメェみたいな無職無能にかかわるかよ! 今だってテメェがオレの剣を盗んだから取り返そうとしているだけだ!」


 支離滅裂な内容に俺は呆れつつ、救世剣を握る右手を下ろした。

 それをチャンスを見たのか、賀山は開始の合図も無しに斬りかかって来た。

 直後、俺は風の魔法を無詠唱で発動させた。


「なぁッ!?」


 賀山は烈風を受けて、風の日に舞う木の葉のように吹き飛んだ。


 真宮先生の言う通り、風魔法は破壊力が低い代わりに目に見えにくいため、感知されず当たりやすいようだ。


 威力が無い分、ダメージは低いけれど牽制ならこれで十分。

 俺は本命の雷の魔法を発動させた。

 左手から放たれた雷撃は狙い通りに、壁に激突した賀山を直撃した。


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