第3話 驚愕のステータス

 七草を犠牲にしてダンジョンから生還した賀山たちは、謁見の間で皇帝に睨まれていた。


「それで、おめおめと逃げ帰って来たのか?」


 重々しい空気の中、針のむしろに座らされているような表情の賀山たちに、皇帝はため息を吐き出した。


「ガヤマ、貴様はダンジョン攻略の意味はわかっているのか?」

「ま、魔王を倒すのに必要なんだろ?」


 苛立ちをこらえるように頬を引き攣らせながら、だが賀山はタメ口で応対した。

 周囲に控える衛兵たちの視線の温度が下がる。


「世界中に点在するダンジョンとは、太古の昔より存在する建造者不明の神代の遺物。その中では無限にモンスターと魔法アイテムが湧き続け、その原理は不明だ。人類はダンジョンを修業の場として、アイテムの採集場として利用してきたが、そんなものは副産物に過ぎん」


 いっそう厳格な声音で、皇帝は焼き付けるようにして賀山たちへ告げた。


「その真骨頂は、最深部に鎮座するダンジョンボス、そして討伐時に得られる宝器だ。宝器はいずれも伝説に名を残すアイテムであり、その数は国力に直結すると言っても過言ではない。故に、人知を超えた魔王を倒すには一つでも多くの宝器を集める必要がある。なのに現存する宝器はその多くが争奪の歴史の中に散った」


 皇帝は右手に握る杖の先で床を叩き、傾聴を促した。


「特に! あのダンジョンの最奥には聖剣や神剣すら超える救世の剣アヴァロンが眠るという伝説があり、対魔王の要だったのだ」


 ――知ってるっつの!


「この三か月間、貴公らに投資し、訓練を施してきたのも、あのダンジョンを攻略させるためだったのだ。それを、仲間を一人失い早々に失敗するとは、それでよく勇者を名乗れるな?」


「ッ、今回はほんの様子見だ。これであのダンジョンのことはわかった。次は攻略してやるよ。俺らは超レアな戦闘ジョブ持ちの異世界勇者様だぜ? 少しは自分が召喚した勇者を信じろよな。ただの説教ならオレらは部屋に戻らせてもらうぜ。作戦会議をするからな」

「ならば頭の回る者を派遣しよう」


「オレらの頭が回らないとでも?」


 振り返りかけた賀山は足を止めて、皇帝とにらみ合った。


「失った仲間の代わりだ。それに、貴公らにはダンジョン攻略と子供の遠足の違いを分かってもらわねばな」

「ッッ! いらねぇよ! オレらだけで十分だ!」

「だと、よいのだがな?」


 賀山は顔を真っ赤にして歯を食いしばった。


   ◆


「くそがっ! 何様だあのクソオヤジ!」


 用意された談話室に戻るなり、賀山は椅子を蹴り砕いた。

 他の生徒たちも皆、苛立っているようだった。


「オレらはこの世界を救ってやる勇者様だぞ!? それを長々長々とグチグチ説教垂れ流しやがって! 文句があるならテメェでやれってんだ!」


 他の生徒も口々に文句を言う。


「つうかあいつが勝手に召喚して勇者扱いしてきたんだろが!」

「マジそれな! そっちが異世界勇者って呼んできたのになんで文句言われないといけないんだよ!」


「でもしゃあねぇだろ。帝国は世界一の大国なんだろ? あいつの下にいればこの世界最高の衣食住が保証されるんだから」


「日本からすればゴミじゃん!」

「チョコもポテチもコーラもないとか最悪ぅ。動画みたーい、カラオケー」


「異世界転移だから最初はちょっとテンション上がったけど、全然ラノベみたいにならないじゃん。イケメン王子様はぁ?」


「それよりシャンプーとリンス、スキンケアも全然できてないし、爪盛れないじゃん」


 賀山たちは力を手にして、世間や兵士から勇者様としてチヤホヤされて増長した。

 だが、人は幸せに慣れる。


 最初は異世界チートライフを満喫していた彼ら彼女らだが、三ヶ月もすると徐々に不平が出始める。


 特に、最近では日本の娯楽と文明が恋しくなってきた。

 そこへ、現代っ子の嫌いな説教である。


 親、親戚、教師、自分たちを抑圧する大人たちから解放され、逆に勇者様と崇められる生活が続いただけに、余計腹が立つ。


 そこへ、学年首席の男子生徒、造園寺が眼鏡の位置を直しながら口を開いた。


「我慢しましょうよ。ここは確かに時代遅れですけど、僕ら以外の異世界転移者で生産系チートの奴が来ればそいつが近代化してくれるかもしれませんよ。その時、僕らがこの世界の支配者になっていれば恩恵を受けやすくなります」


「ちっ、いつの話だよそれ! とにかく今はあのクソ皇帝に誰のおかげで魔王と戦えているかわからせてやる。お前ら、回復したらまたダンジョンに行くぞ。今度は足引っ張るんじゃねぇぞ!」


 横柄な賀山の態度に、他の生徒たちは不承不承従った。



   ◆



 真宮先生と一緒にダンジョンを進むこと4時間。

 俺は黒焦げになったリザードマンが地面に倒れ込み動かなくなるのを見届けて息を吐きだした。


「ふっ、これで全部ですよね?」

「うん。もう雷撃系魔法はばっちりだね。じゃあちょっと休憩しようか?」


 言うや否や、真宮先生は指を鳴らした。

 同時に、彼女のすぐ横に近代的なドアが現れた。


「えっ?」

「ほら、入って入って」


 ドアノブに手をかけ回しながら、真宮先生は肩越しに微笑み、優しく手招きをしてくれた。

 果たして、真宮先生がドアを開けばそこは畳張りの宿直室だった。

 昔懐かしの丸いちゃぶ台とテレビ、部屋の右手には給湯室まで完備されている。


「ここは?」

「宿直室よ。まだ七草君は学園ガチャで校舎を引いていないけど、宿直室と職員室だけは先生がいれば使えるの。いまお茶を淹れるから、先にシャワー入っていて」

「えっ? あ、はい」


 お茶、という単語に期待感を募らせながら、俺は給湯室の反対側、左手の通路を進んだ。


 トイレのドアの隣に、【シャワー】とあるので開くと、そこには独り暮らし用ドラム型洗濯機完備の脱衣所とシャワールームがあった。


 俺は着ていた服を脱いでシャワールームに入ると、蛇口をひねった。


 シャワーヘッドから温かいお湯が降り注いで体を濡らすと、言いようのない安堵感に包まれた。

 シャワーだ。


 異世界に来て数か月なのに、まるで何年も入っていなかったような新鮮さがあって、体の表面から体の奥にビリビリと快感が浸透していく。


 久しぶりのシャワーを浴びてからボディソープで体を、シャンプーで頭を洗ってから外に出ると、洗濯機が回っていた。


 ――しまった。


 きっと、真宮先生が回してくれたのだろう。

 自分の気の回らなさと先生に手間を取らせてしまった申し訳なさが恥ずかしい。

 洗濯機の振動が止まり、ピーっという懐かしい電子音が耳に心地よかった。


 バスタオルで体を拭いてから綺麗に乾いた下着と衣服を身に着けて、宿直室に戻る。


「あら早い。もっとゆっくりしても良かったのに」

「いえ、十分長居しちゃいましたよ」


 実際、真宮先生を待たせまいとする一方で、久しぶりのシャワーをつい長々と堪能してしまったというのが本音だ。


「それよりも先生、それってもしかして」


 笑顔で手にするお盆の上に乗っているのは、もう二度と見られないと思っていた日本人のソウルフードだった。


「うん、白米とお味噌汁。それに焼き鮭よ」


 途端に、俺のお腹がいやしく鳴った。

 俺は取り繕うとするも、上手い言葉が出てこず慌てるばかりだ。

 そんな俺を、真宮先生は嬉しそうにコロコロと笑ってくれた。


「お腹を空かせてくれて嬉しい。さ、食べて食べて」


 両手にそれぞれ握ったお盆をちゃぶ台の上に乗せると、真宮先生は再び給湯室に戻って湯呑をふたつ持ってきた。

 中身は当然、見慣れた緑色の液体で満たされ湯気を立ち昇らせていた。

 口の中は早くもよだれが溢れてきて、俺は下品に生唾を飲み込んでしまう。


「じゃあ七草君、いただきます」

「いただきます」


 一瞬、すぐに跳びつこうとした自分に気づいてから両手を合わせ、日本人としての食前儀式を済ませてから、俺は箸を手に白米を食べた。


「ッッ!?」


 ――うまい!


 数か月ぶりの白米は、冗談抜きで今までに食べたどんな料理よりもおいしかった。

 決して主役にはなれない白米が、今だけは銀幕スターばりに俺の愛を一身受けていた。


 続けて湯呑を手に緑茶を呑み、これにも感動。

 そしてみそ汁をひとすすりして、味噌の味が涙腺を刺激した。


 最後に、米を口に入れてから焼き鮭をかじると、その味たるや無類であり、飲み込むのがもったいないのに慌てて飲み込んでしまった。


「う、うまいぃ、美味すぎるぅ! 先生天才ですね!」

「またそんな、白米は炊飯器、シャケはコンロの性能よ。先生が作ったのはお味噌汁だけ。それでも、喜んでくれて嬉しいかな。それじゃ、先生も」


 ひとしきり笑顔を見せてくれてから、真宮先生もご飯を食べ始める。

 それから俺は無心になって白米に味噌汁焼き鮭をかきこんで、すぐに食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした」

「わぁ早い。さすがは男の子。じゃあ待ってて、今おやつ持ってくるから。和食の後で会わないかもしれないけど、ポテチとコーラでいい?」

「ポテチにコーラ!?」

「うん。久しぶりでしょ?」

「は、はい!」


 シャワーに和食、そしてポテチにコーラにと、俺は久しぶりの近代文明にすっかり舞い上がってしまった。



 10分後。

 俺らはコンソメ味のポテチをふたりでシェアしながら俺はコーラの、真宮先生はアクエリアスのペットボトルを片手に喋っていた。


「それじゃあ君のジョブ、救世主について説明するわね」

「え? さっき剣と魔法の両方が使える万能ジョブって言ってましたよね?」

「そうね。救世主は勇者と賢者ふたつのジョブを合わせたような最強ジョブで全ての武器と魔法を扱えるわ」


 気が引けるほどにチート過ぎて、いまいち現実味を感じない。


「ただし、剣では剣天には勝てないし、魔法も超魔導士には勝てない。全知全能というよりもオールマイティタイプって感じね」

「中途半端ってことですか?」


 本当に魔王を倒せるのか不安になって、自然、ポテチから口を離して声のトーンを落とす。


「ううん。総合力では断トツ一位よ。ただ、一点豪華主義ではないってことかな。選択肢の覆い救世主は誰よりも強く頼れるジョブなんだからな。けど、何よりも大事なのは、救世主ジョブだけが持つ【救世力】ね」


「なんですかその恥ずかしい名前は?」


 子供向けアニメに出てきそうな単語に、口がへの字になった。


「ふふ。今はまだわからなくていいわ。それよりも、ステータスは確認した?」

「そういえばレベルアップの音が何度も響いていましたね」


 真宮先生と出会ってから四時間、ひたすらダンジョンの敵に攻撃魔法をブチ当てまくっていたので、何回鳴ったかは数えていない。


「えーっと、えぇ!?」


 ステータス画面の数字に、俺は驚愕の声を上げてしまった。

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