第2話 理想の教師真宮宮子
真宮先生は腰に手を当てて怒ったかと思うと、今度はころりと笑顔になった。
「今まで辛くて苦しかったね。だけどこれからは先生がずっと一緒だよ。私が君をあんな連中の100万倍強くして見返させてあげるから」
俺の顔を覗き込んできたかと思うと、真宮先生は両手で俺の手を優しく包み込んできた。
さらに流れるような動きで手の平と平を合わせ、指を絡めて持ち上げて、両手を組合い押し合うようなポーズになった。
めくるめくスキンシップテクの数々に戸惑いつつ、俺はしどろもどろに口を動かした。
「い、いや、でも俺、戦闘スキルないし、ジョブも」
俺のスキルは【学園ガチャ】で、ジョブは【???】になっている。
そのせいでこの三ヶ月、賀山たちからは無職とバカにされていた。
「それなら大丈夫。私の才能開花スキルで……とわっ」
真宮先生がぐっと手に力を込めて俺の手を握ると、ステータス画面が更新された。
七草七夫
ジョブ:???
七草七夫
ジョブ:救??
――救う?
七草七夫
ジョブ:救世主
――……え?
「えぇえええええええええええええええええええええ!?」
思わず、アホみたいな声を上げてしまった。
「きゅっ、救世主って、あの救世主ですか!? なんか、勇者よりも凄そうですけど!?」
「凄いわよ。だって救世主は勇者の上位互換ジョブ。剣士に対する剣聖みたいなものだもん」
「だもんて…………あの……」
強くなれるんですか。
と聞こうとして、ためらった。
俺の人生には、いわゆる成功体験がない。
これが漫画やラノベのキャラクターなら、大喜びで最強を目指すんだろう。
でも、現実は違う。
まず、俺にはビッグになりたいなんて夢はない。
毎日を平凡に、死ぬまで何のトラブルもなく過ごせたら、それでいい。
インフルエンサーの動画を見るのは好きだけど、自分がなりたいとは思わない。
全ステータスがカンストした超人になっても、やりたいことなんてない。
賀山たちを見返したとして、その後はどうするのか、見当もつかない。
「七草君」
顔を上げれば、俺の悩みなんて全て見透かしたように穏やかな表情で、真宮先生はほほ笑んでいた。
「提案なんだけど、最高のクラスメイトたちと一緒に世界を救ってみない?」
「最高のクラスメイト……ですか?」
「そうだよ。あのね、人の幸せは何をするかじゃなくて、誰と一緒に何をするかが大事だと思うの。辛い修業も一人なら苦しいけど、一緒に成長する仲間がいればレクリエーションみたいできっと楽しい。映画も誰かと見てから感想を言い合うほうが楽しい。恋愛も好きな人とするのが最高でしょ?」
言われてみればその通りだと、俺は気づかされて視界が開けるような感覚を味わった。
「君のガチャを回す回数やレアカード排出率はモンスターを倒して得られるEXPや倒した敵のレベルが影響するの。今、25人のクラスメイト全員が空いているから、モンスターを倒してガチャを回して理想のクラスメイトを集めて、それでみんなで一緒に世界を救うの。それってすごくやりがいがあると思わない?」
「……」
想像した。
世界最強になって英雄になって世界から崇められる。
そんなのは疲れるし不自由そうだし気後れしてしまう。
だけど、対等な仲間がたくさんいて、みんなで世界を救って目標達成を祝う。
まるで学園漫画の体育祭優勝イベントみたいに。
それは、とても魅力的に思えた。
同時に、ちょっとした欲求も湧いてくる。
「強く、なれますか?」
「ん?」
真宮先生の大きな瞳と向き合いながら、俺ははっきりと、自分の想いを口にした。
「俺は、強くなれますか?」
俺がビッグになりたくない理由。
それは欲がないからではなく、自分の限界を知っているから。
情報が氾濫した社会で十数年もリア貧人生を送っていれば嫌でもわかる。
自分はモブの脇役で、勝ち組になんてなれない。
運も才能も家柄もない自分は幸せになんてなれない。
だから最初から夢なんて持たない。期待しない。
でも。
「本当は、俺だって強くなりたいです。人より優れた、胸を張れる得意なことがあって、それでみんなから凄いねって、言われてみたいです。別にチヤホヤされたいとか不純な意味じゃなくて、自分に自信を持てるように……その……ッ!?」
優しい腕、俺を抱きしめてくれた。
首と背中に回された真宮先生の腕のぬくもりが、鼻腔をくすぐる髪のにおいが、胸板におしつけられたやわらかい感触が、俺の弱り切った心を温かく包み込んでくれた。
「なれるよ。強くてカッコ良くて凄い男の子に。君はなれる。先生が花丸満点で保証しちゃう。だから、先生を頼って。私は君の担任なんだから」
「…………」
母親からも感じたことのない母性と安心感に、俺は自分の全てを預けるようにして、真宮先生を抱きしめた。
「じゃ、さっそくはじめようか」
「え?」
何を、と聞く前に、彼女は体を離すと、氷漬けのモンスターで満たされた洞窟の奥を指さした。
「まずは先生と一緒に、このダンジョンを攻略しましょう!」
「えぇっ!?」
いきなりの課題に、俺は目を丸くして驚いた。
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