異世界学園ガチャスキル

鏡銀鉢

第1話 このクラスメイト共がクズ過ぎる!

「お前死ねよ。オレらのためにさ」

「え?」


 岩壁に囲まれた洞窟のダンジョンで、俺はクラスメイトの賀山に突き飛ばされた。

 俺は言っている意味が分からなかった。

 何かの比喩かと想像しながら硬くて冷たい岩に尻もちをついて痛い思いをした。


「おい、それって……」

「そのまんまの意味だよ。テメェは日本語通じねぇのかよ。ほんと察しの悪い奴だな。だから女子からキモいとか言われるんだよ無職のチー牛陰キャ野郎」


 バスケ部で186センチの長身から見下ろしてくる美形は迫力があって、思わず唇を硬く閉じてしまった。


 その場にいる他のクラスメイトたちも冷たい、あるいは嘲笑するような表情で俺を見下ろしていた。


「オレらはこの異世界に転移してきて魔王を倒して世界を救わないといけないんだ。なのに後ろからは暴走したモンスター軍団で大ピンチ。逃げる扉の鍵は盗賊ジョブの権藤が開けてくれるけど閉じる時間はない。逃げても追いつかれる。足止めが必要だ。源田」


「おーけー♪ パラライズ♪ モンスターチャーム♪」


 授業よりもネイルが大事な茶髪女子、源田が杖を二振りすると、俺は体が麻痺して地面に這いつくばった。


 加えて確か、モンスターチャームはモンスターを惹きつける魔法だ。

 もう解釈の余地なんてない。

 賀山たちの企み、クラスメイトたちの総意を理解して、俺は絶望した。


「おい賀山、鍵が開いたぜ」


「よくやった権藤。つうわけで無能のお前はここでさよならだ。いや一個だけ訂正するわ。日本にいた頃からずぅっと目障りで存在自体レッドリストで異世界でも役立たずだったけど、最後の最後に役に立ったぜ。オレらを召喚した皇帝には彼は最後まで勇敢に戦うことなくブザマに死にましたって言っておいてやるよ!」


「なにそれサイコー♪」

「賀山センスあるぅ♪」


 最低のクラスメイトたちは楽しそうに笑いながら賀山に追従して馬鹿みたいに笑いながら俺を残して走り去った。


 一方で、俺はその場から動けないまま、どこまでも惨めで、無言の絶叫上げて泣いた。


 人は感情が限界を超えると、逆に声が出ないのだと知った。



 うちの3年3組は最低のクラスだった。


 厳密なクラスカーストの元、陽キャなリア充たちの一軍による独裁体制が布かれ、その腰巾着である二軍は一軍のご機嫌を取りながら虎の威を借る狐のごとく三軍の生徒たちをイビり倒していた。


 かといって陰キャの三軍生徒が善良な被害者というわけでもなく、彼らは彼らで自分より底辺の生徒を探して、他人を見下すことで相対的に自身の地位を上げようとしていた。


 その餌食になったのが四軍の俺だ。


 一軍に迎合しなかった俺は全カーストの生徒から村八分にされ、担任は俺へのイジメを黙認することで世間体を守ろうとしていた。


 担任のモットーは、我がクラスはイジメなどない仲良しクラスであらねばらない、というわけだ。


 そんな俺らが異世界に転移したのが三か月前。


 ラノベよろしく一人ずつジョブといくつかのスキルを得て、召喚者である皇帝から魔王を倒して世界を救うよう命令された。


 でも、みんなが剣士や僧侶などゲーム然としたジョブと戦闘力を得る中、俺が手にしたのは【学園ガチャ】という謎のスキルだった。


 しかも何故か使用不可で、俺は異世界でもクラスのお荷物となった。


 力を与えられ勇者様と崇められた賀山たちの増長ぶりは天井知らずで、この三ヶ月間、俺へのイジメは拍車がかかるばかりだった。


 そしてついに今日、俺は連中が助かるための生贄にされたのだ。



 遠くから響くモンスターたちの足音と鳴き声が聞こえてくる。

 あれに追いつかれた自分は死ぬのだろう。

 そうすればもう苦しまなくていい。楽になれる。

 そんな風に思えば、むしろ祝福の鐘にさえ聞こえる。

 そう、心が緩んだ瞬間、俺を置いて逃げていくクラスメイト達の声と表情が浮かんだ。


 これが死ぬ前に見る走馬灯というものなのか、賀山たちに虐げられた日々が、一斉に思い起こされていく。


 美しい思い出なんて何もない、最低の人生だった。

 刹那、俺に去来した衝動に心臓が昂った。



 死にたいけど死にたくない!



 そんな矛盾した激情で歯を食いしばった。

 本当に辛い人生だった。

 生まれたくなかった。

 生きたくなかった。

 早く死にたかった。


 だけどそれ以上に怒りが湧いてくる。


 なんで俺がこんな理不尽な目に遭わないといけないんだ。

 俺がどんな因果で連中から虐げられないといけなかったんだ?


 そんなものはない。


 あいつらはただの悪党、それも極悪の極悪党で俺はその被害者だ。

 連中を裁く正義がないなら、俺の手であいつらを地獄に落としてやりたい。

 賀山たちが俺を地獄に落とすことが許されるなら、俺はあいつらを地獄の底を突き破ったさらに底の底へ叩き落としてもいいはずだ。


 そうでなければ、許せない。

 俺はこの世界を許さない!

 けれどそんな機会はない。

 俺が唯一持つスキルは使用不可で、俺はモンスターのエサになって死ぬ。

 ただ苦しむためだけに生まれてきた命としての生涯をここで終える。

 その現実に抗いたくて、俺は麻痺して動かない手で無我夢中でステータス画面を開いた。


「ッ!?」


 そこには、信じられない光景が映っていた。

 俺のスキルが、使用可能になっている。


 【スロットが空きました】


 意味がわからない。

 けれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 俺は地面に転がったまま、ぎこちない手つきでステータス画面をタップした。

 途端に画面が光り輝き、光が収束して一枚のカードとなった。



【★5 理想の新任女教師・真宮宮子】

 ジョブ:救世主の導き手

 スキル:師匠 才能開花 弟子成長速度100倍 全技能

 レベル:80

 身長:170センチ


 

「な、なん、だ?」


 モンスターたちの足音と地響きを全身で感じ、船名な吠え声が間近に迫った死の温度を伝えてくる中、再び画面が光り、カードに表示された写真の美女が飛び出した。


「私の生徒に! 何をするのよぉっ!」


 紺のタイトスーツ姿の美女は地面に着地。


 同時に、先頭を走る巨大イノシシの鼻面に右ストレートを叩き込んだ。


 間髪を容れず、バギン、という絶対零度の音が響いて、背後の洞窟が氷で隙間なく埋め尽くされていた。


 氷壁の向こう側で、モンスターたちは時間が止まったように、牙を見せ爪を振り上げた姿で硬直している。


 頬を撫でる冷気に思考を冷やされながら唖然とする俺の前で、彼女はカカトの低い黒のパンプスを返し、長い黒髪をふわりとひるがえしながら飛び切りの笑顔で振り返った。


「初めまして、今日から君の担任になる真宮宮子、22歳よ。よろしくね」


 さっきまでの勇ましい声とは違う、ゆるやかな優しい声だった。


 長いまつ毛に縁どられた目を緩め、桜色のくちびるの端を上げたナチュラルスマイルの魅力は底無しで、俺はさっきまでの絶望も忘れて心臓を高鳴らせてしまう。


 同時に、彼女のシャツとスーツのボタンをまとめてぶっ壊しそうな、ハチ切れんばかりの爆乳に目を奪われて、心臓ではない場所まで高鳴った。


 今にして思い出せば、さっきまでこちらに向けていたタイトスカートも、お尻の部分がパンパンだった。


 タイトスーツのボタンに閉じられたウエストの細さも相まって、彼女のバストとヒップの豊満さが余計に際立つ。


「エルダーキュア」


 声優ばりによく通る声で一言呟くと、俺の体が軽くなる。麻痺が消えた。


「立てる? 七草七夫君」

「ど、どうして俺の名前を、あ」


 優しく差し出された手を握ると、その体温に驚かされた。

 もしかすると、生まれて初めて他人の手に触れたのではないか。

 そんなわけはないのだろうけど、そう思えてしまうくらいの感動があった。


「そんなの当然だよ。だって先生は君の先生、つまり担任なんだから」


 ぱちんと可愛くウィンクをする姿はとてもチャーミングで、さっきまでの大人っぽい魅力とのギャップでますます好きになってしまう。


「担任、そういえばさっきガチャを回したら画面に、理想の新任女教師って」


 彼女は頷いた。


「そう。私は神様が君に与えたスキル、学園ガチャで生まれた理想の新任女教師、真宮宮子だよ。君の誰の生徒でもなくなって席が空いたから、私は出てこれたの」


「!」


 もしやと思ってステータス画面を見返した。

 案の定、画面には



 担任     1/1  真宮宮子

 クラスメイト 0/25 ————



 と表示されていた。


「わかってくれた? 学園ガチャは学園生活に関するモノをガチャで生み出す能力。学園には先生と生徒が必要。だから最初は先生と生徒が1人ずつ出るんだけど、君の先生枠とクラスメイト枠はもういっぱいで、ガチャを回すことができなかったの」


「つまり、俺があいつらから捨てられたから回せたわけか……」

「え? 捨てられたって、戦闘で亡くなったんじゃ。このスキルは仲間を補充する意味もあるんだけど……え? クラスメイトが0?」


 俺のステータス画面を覗き込んで、真宮先生は口に手を当てて驚いた。

 仕方なく、俺はさっき起こったことを、正直に話した。

 すると、真宮先生の顔がみるみる般若のソレになっていく。


「な、に、よ、それぇ~~! いくらなんでも酷すぎるでしょ! そんなのただの人殺し! 犯罪じゃない! 後任の先生は何も言わなかったの!?」


 ――後任て、もう完全に俺の担任なんだなぁ……。


「先生、あの人は何も言いませんよ。臭い物に蓋をしてトラブルを黙認してなかったことにするのがいつものやり口なんです」

「まぁ呆れた。そんな人に先生をする資格はないわ! でも安心してね七草君」


 真宮先生は腰に手を当てて怒ったかと思うと、今度はころりと笑顔になった。


「今まで辛くて苦しかったね。だけどこれからは先生がずっと一緒だよ。私が君をあんな連中の100万倍強くして見返させてあげるから」


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