第3話 死亡フラグは立てないで
城から逃げ出した俺とライツは、王都の路地裏を駆けていた。
途中、俺の体力が尽きてからはライツに背負ってもらった。
一騎当千の少女兵器とはいえ、自分よりも頭一つ分の小柄な少女に背負われるのは、なんだか情けなかった。
けれど、愛するヒロインの背中を感じられることのほうが嬉しくて、すぐに気にならなくなった。
王都の外に出ると、俺らは草原の岩場に腰を下ろして小休止した。
しばらくの間、ライツに背負って貰っていてもなお、肩で息をしている俺とは違い、ライツは涼しい顔だ。
少女兵器は半永久的に動くプラズマ電池をベースに、食事でもエネルギーを補給できるため、燃料切れはない。
それでも、短時間の間に大量のエネルギーを使うと疲労状態にはなるはずだ。しかし、この程度ではなんでもないらしい。
――まだこの世界の強さアベレージは分からないけど、ライツってチートなんじゃないか?
衛兵たちも反応できないスピードで早撃ちしていたことを考えれば、その確率は高かった。
ちなみにだが早撃ち記録は、
某大泥棒の相棒が0・3秒。
某東京のスイーパーが0・2秒
某スイス銀行好きのヒットマンが017秒
某メガネのダメ少年が0・1秒
某赤ちゃんマフィアが0・05秒
現実のギネス記録が0・02秒(フィクション超えた!?)
ライツが0・01秒
某下町の警官が0・009秒
となっている。
人のまばたきが0・15秒だから、ライツはまばたきの間に15人を射殺できるということだ。
「それでは司令官殿、今後、我々はどのようにすればよろしいでしょうか?」
手ごろな岩に座る俺の前で、ライツは軍人らしく直立不動の姿勢で佇んだ。
「今後って、言われてもな。元の世界に帰る方法もわからないし。この世界で生きるしかないのかな。幸いシステムは使えるみたいだけど」
俺がウィンドウを開くと、ライツが覗き込んできた。
「おや? 司令官殿、デバイスはどうしたのでありますか?」
――デバイス?
そういえば、設定上プレイヤーは量子変換デバイスを持っていて、そこにヒロインである少女兵器たちを収納しているんだったと思い出した。
ライツも耳の裏と腰にデバイスを装着していて、そこから各種装備を取り出している。
「えーっと、どうやらこの世界のことわりの影響でデバイスの機能が俺と一体化したらしい」
「なんと!?」
「ただし機能に制限がかかっていて、今は一人しか実体化、リアライズできないみたいだ」
誤魔化すように言い訳を並べ立てると、ライツは大きな胸の前で両手を合わせて涙を流した。
「その一人にジブンを選んでいただけたのですね! 感動の涙で前が見えません!」
「ま、まぁ……」
――オールマイティタイプだったからっていうのは隠しておこう。
「あ、でももしかしてライツを量子化したら他の子を一人実体化できるのかな?」
「させるかぁ!」
言葉遣いまで乱しながら、ライツは俺とウィンドウの前に滑り込んできた。
「いや必死過ぎだろ!」
「当然です! これは千載一遇のチャンス! 司令官殿が他の少女兵器をリアライズする前に活躍しまくって司令官殿の嫁の座をゲッツするのです!」
ライツは青い瞳を光らせ金髪のショートヘアを上に揺らめかせながら両手でガッツポーズを作った。
「ハァハァ、そしてベッドの中でジブンの処女設定をパージして貰って、ハァハァ」
「おい、顔から犯罪臭を消せ。美少女にあるまじき表情をしているぞ」
――画面越しだとギャグだったライツの言動ってナマで見るとこんなにエグイんだな……。
さっきの王様に対する金的ショットもだけれど、ライツをリアライズしたことをちょっと後悔した。
けれどあばたもえくぼというか、好きな女の子フィルターで本心は変わらない。
やっぱり、俺にとってライツは魅力的だった。
「では話を戻しますが、今後は元の世界に帰る方法を探しますか?」
「そうだな……」
俺はあごに手を添えて悩んだ。
正直、ガルアミのヒロインたちと暮らせるなら、こっちのほうがいい。
日本に帰った途端スキルを失ったら一生後悔するだろう。
なら、目指すは全ヒロインを解放してアルティメットチーレムライフをと、頭の中でライツの100倍犯罪的な妄想を繰り広げた直後に気が付いた。
「日本人って、俺だけなのか?」
「どういうことなのですか?」
「いや、ハードルは高いけど、どうも異世界人を召喚、じゃなくてワープさせるのって、人為的に起こせるみたいなんだよ。ていうことは、この世界じゃ俺以外にも日本人、もしかすると地球人が何人もワープさせられているんじゃないか?」
「言われてみればそれもそうですね」
「それに、あの王様の反応を見る限り、スキル目当てでただの道具として召喚しているパターンもあり得る」
「スキルとはなんでしょうか?」
異世界転移ものなんて知らないライツは金のショートヘアを揺らしながら首を傾げた。
「えっと、俺の場合はデバイスの能力を得るだったけど、とにかく超能力じみた超自然的な能力かな。なんかこの世界にワープした人は、そうした能力を得るみたいなんだ」
「超能力……我々の世界にも予知能力や精神感応力を持つ敵がいましたが、あのようなものでしょうか」
「他のワープ被害者にあっていないからなんとも言えないけど、そうかもな」
ガルアミの敵キャラには、超能力者もいる。
ライツが言っているのは、彼女たちのことだろう。
「幸い、他の牢屋には誰もいなかった。だけど、他の国や地域でもしも俺の同郷が酷い扱いをされていたら助けてあげたいし、隠れている人がいたら教えてあげたい。ここにも仲間がいるぞって」
「了解致しました。では我々の任務は要救助者の捜索でありますね!」
「ああ。そのためにも、まずは俺らの名声を高めたい。ライツには悪いけど早急にリアライズメンバーを増やす方法を探して傭兵団を復活させる。そしてこの世界最強の傭兵団として名を挙げれば、ワープ被害者の保護をしやすいだろうし、向こうから名乗り出てくるかもしれない。幸い俺の名前は真田正親で超日本人的だし、隊の名前は日の丸隊だ。すぐにわかるだろう」
「むむっ、他のみんなをリアライズ……いやでも、はい、司令官殿の言う通りですね、うん。では、リアライズ人数を増やす方法を探すにしろ我々の名声を上げるにしろ、まずはここを離れるであります」
「そうだな。そろそろ追手がくるかもしれないし、隣の国に移動しよう」
言って、俺はウィンドウのアイテム欄からキャンピングカータイプの装甲車両を選択した。
グリッド線が描きだしたのはキャンピングカーのように箱型の、そして巨大な六輪駆動で濃い緑色の装甲車両だった。
水陸両用で川も岩場も沼地も乗り越え、重量5トンでありながら平地では時速100キロで走ることができる上にバズーカ砲の直撃にも耐える移動要塞だ。
「とりあえず、こいつを俺らの家にして移動しよう」
「了解であります!」
ライツはびしっと敬礼した。
そこで俺はふと気になった。
「ん? ていうか量子化されている間ってみんなどうしているんだ?」
「量子仮想空間で好きに過ごしているのですよ?」
「量子仮想空間てどんなところなんだ?」
「自由に設定できるのですよ。和式、洋館風、タワマン風、成金風、服もシャワーも娯楽も飲食物も、全部ウィンドウで設定した通りになります」
「最高かよ!?」
「最低ですよ。だって肝心の司令官殿がいないのですから。みんな司令官の等身大人形をこっそり出して部屋に置いて我慢しているのです」
「ちょっ、みんなそんなヤンデレてるのか? 精神状態が不安なんだけど」
一刻も早く彼女たちをリアライズしなければと、俺は心に固く誓った。
「では運転はジブンにお任せして、司令官殿は今後の方針を考えて欲しいのです」
装甲車両の扉を開けて乗り込むと、ライツは迷わず運転席に座った。
高校生の俺は車の運転なんてできないので助かる。
設定資料集では見たことはあるものの、好きなゲームに登場する乗り物の内装を肌で感じられたことに興奮しつつ、俺はライツの隣、助手席に腰をおろした。
「レーダーで周囲の地形を確認。どうやら司令官殿、背後から移動物体が接近しています。このスピードはおそらく騎馬でしょう。王都からの追手と思われるのであります」
「だろうな。けど逃げられるだろ。それで方角はどうする?」
「この国の国境は分かりませんが、文明レベルを考えると、山脈や大河、砂漠地帯が国境線になっている可能性が高いのです。ひとまず、南西32キロ先の山脈を超えてみるのです」
追手だろう。
遠くから声が聞こえてくるけど気にしない。
「怪しい荷馬車を発見!」
「陛下を襲った賊のものかもしれん! 囲い込め!」
「OK。じゃあライツ、それで頼む」
「了解! それでは出発進行なのです!」
ライツが浅くアクセルを踏むと、装甲車両はゆっくりと発進し始めた。
生身の俺に負担をかけない、実に丁寧な運転だ。
「隊長! あの荷馬車! 馬もないのに走り出しましたよ!?」
「う、うろたえるな! 王国軍人はうろたえない! きっと中に馬が入っているんだ! あの大きさなら重くて大したスピードは出ない! 我ら王国一の駿馬部隊の捉えられぬ敵ではなぁい!」
装甲車両はみるみる加速して、時速30キロ、40キロ、50キロ、そして、駿馬の走行速度と言われる60キロを超えてもなお加速していく。
「たいちょぉおおおおおおお! 荷馬車がとおざかりますぅうううううう!」
「ぬぁああああ! 速いぃいいいい! 速すぎるぅうううううう!」
「嘘だぁ! 妻に内緒で給料をちょろまかしてイイ馬具を買ったのにぃいいい!」
「大臣から取り逃がしたらクビだと言われているのにぃいいいい!」
「家のローンが残っているのにぃいいいいいい!」
「来月子供が産まれのにぃいいいいいいい!」
「駿馬隊入隊を田舎の両親が喜んで村中に吹聴しているのに一週間でクビなんていやだぁあああああ!」
――具体的だなおい。
チクチクと良心が痛むけど、俺はライツに原則の指示を出さなかった。
目指すは王様の手が届かない隣国。
目標は異世界召喚被害者の救出。
そしてできれば、全ヒロインの解放だ!
むせび泣く騎馬隊の嘆きと絶望を引き離しながら、俺は未来への夢と希望だけを見つめ続けた。
「たいちょぉおおおお! マイケルが落馬しましたぁああああ!」
「たいちょうぉおおおお! ジョンの馬が転倒しましたぁあああああ!」
「振り返るなぁ! 仲間の犠牲を無駄にするなぁ!」
「そうだぁ! この任務を成功させて俺はキャサリンと告白するんだぁ!」
「キャサリン? わしの娘と同じ名前か?」
「あ、すいません隊長、オレ、隊長の娘さんと付き合っているんです」
「え?」
「ちなみにもうエッチしちゃってます。子供作っちゃえばパパも納得するってキャサリンが、すんません……隊長? 隊長?」
ぐらり ひゅー ビターン! ゴロゴロゴロォオオオオオ!
「たいちょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ちょっ、ライツうしろあれ大丈夫かな!?」
「大丈夫です! 王国軍人はうろたえないらしいので!」
「え、いや、でも、あの」
「うぉっとアクセルをついふみこんじまったでありますぅ!」
装甲車両はさらに加速して、俺の未来に向け時速100キロを叩きだした。
俺は心の中で、隊長へ熱いエールと静かな黙とうを捧げた。
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