第12話 青春会議、開始!
大波乱を乗り越え、日向と共に、お泊まりパジャマパーティーならぬユニット会議を始めることにした。
「とりあえず、ユニットのコンセプトから決めよっか。何か書ける物ある?」
「えっと…液タブなら持ってるし、使ってもいいけど」
「それじゃあ使わせて貰おうかな。あ、だけど、紙もあったら欲しいかも」
「あるよ。ちょっと待ってて」
どこにしまったけ、と思い出しながら、最近は液晶タブレットに頼りきりで、すっかり使わなくなってしまった紙の在処を探す。
「ほら、ユニット結成までの軌跡を展示するってなった時、こういうの必要でしょ。
『かくして春風日向と霜月冬羽のユニット名が決定したのであった、まる』とかさ」
意気揚々とした顔で、日向は笑みを溢した。
「そういえば、VTuberがそういう展示会みたいなのやってるのあんまり見たこと無いかも。
アニメとか、アイドル系コンテンツは、よくやっているイメージは、あるけど」
話をしながら、やっと紙を見つけてペンと共に日向が待つ机の上に置いた。
「ありがとう」と日向は言うと、早速ペンを掴み、キャップを外して紙に滑らせていく。ペン先からはキュ、キュと音をたて、丸っこい字が綴られる。
実は、ユニットコンセプトは以前、レッスンの際に話し合って『青春』に決めたものの、ユニット名までは決め切れずにいた。
なので、今日こそは早く本格的な活動を始める為にも確定させたい。
「じゃあ、思い付く単語を挙げていこっか。まずは『青春』でしょ」
「そこから連想していくなら、『学校』とか『学生』かな」
「わかる。あと、青春といえば〜体育祭と文化祭、部活動に放課後デート!」
次々と挙げていく中、放課後デートの後ろに大きなハートマークを書く。
「デート……日向はしたことある?」
「あるよ〜。服のコーディネートを考えたり、新作コスメを見に行ったり。アイスの新作フレーバーがあったら、1つのカップで買ってシェアしたな〜。
と言っても、2人きりじゃなくて大体は3人くらいの女の子と一緒だったから正確にはデートじゃないかも。けど、『これってデートみたいだねー』って、よく話してたな」
日向の学生時代は、先月で高校を卒業したことで終わってしまったが、話を聞く限り、かなり女子と仲が良かったらしい。
また彼の性格や趣味、特技を見るにモテる要素を兼ね備えているので、好意を寄せられるのは納得である。
「だけどさ、色んな女の子と仲良くしてるからなのか浮気者とか、雰囲気や好きな物で女々しい、とか言われたりして……性別関係無しで気が合うから一緒にいるだけだし、僕が好きな物を好きでいるだけなのにな〜。
あー、嫌なこと思い出しちゃった」
日向は「友達は気にしなくていいよ、とは言ってたけどさ」と付け足しながら、ペンをくるりと回す。
「これも青春、ってことになるなら、綺麗な思い出になるのかな。
まぁ、いっか。それより冬羽ちゃんはデート、したことある?」
デート、か。遥が上京する前は、よく一緒に外出していた。そして、私が兄を名前で呼ぶ影響なのか、店員さんにカップルと間違えられることが多い。
実際に言われた時には急いで訂正して、謝ってもらうので問題は無いのだが、たまに言われる「似てますね」の言葉。しかし私は、そう思えないし、兄に対しても申し訳なく感じてしまうのだ。
「本当の意味でのデートは無いかな」
「そっか。聞きたかったな〜冬羽ちゃんの恋バナ」
残念そうな顔をした日向を愛想笑いを浮かべながら見ていると、自室のドアがノックされた。
私の返事を聞いた後、ガチャという音と共に現れたのは、2つのマグカップを載せたトレーを持った遥であった。
まさに、噂をすればとは、このことだ。
「会議中、失礼するよ。ホットミルク入れてきたから、良かったらどうぞ」
そう言って机の上に2つのマグカップを置かれると、ほんのりと湯気が漂う。そっとマグカップに触れれば、ぽかぽかとした優しさが伝わってくる。
「あ。日向君、牛乳飲める? 苦手なら別の飲み物持ってくるよ」
「全然飲めます。大丈夫です。背、もっと伸ばす為にも、乳製品は沢山摂ってるので」
そういえば、é4clatが初めてリアルで会った時に、日向は夏樹と玲を見て自身の低身長を気にしていた。
私は、そのままの日向で充分良いと思っているのだが、誰でも自分の持っていないものには憧れを抱いてしまうのかもしれない。と、心の中でこっそり共感しつつ、ホットミルクを1口飲み込む。
その隣では、日向が休憩がてらスマートフォンを見ている。
「──わ! 遥さん。来月のVoice syrupの表紙、担当されるんですね。写真コンセプトは……『レトロ』。いいな〜」
声優雑誌『月刊Voice syrup』。名前の通り、声優にスポットライトを当てた雑誌だ。遥も声優デビューした初期から度々、インタビューや表紙で大変お世話になっている。
また、中でも人気を集めているのが今回のような『レトロ』といった写真のテーマを決めて、実際にある場所で多くが撮影されているということだ。
写真が気になって日向のスマホを覗く。Voice syrup公式SNSに載ったチラ見せ写真にはレトロな服装を身に纏い、喫茶店で優雅にコーヒーを嗜んでいる遥の姿が写っていた。
その姿はいつも兄が見せる微笑みとは違い、どこか魅惑的にも見えて、少しだけドキッとしてしまう。これはカッコいい、かも。
「発表されたんだ。こういうタイプのコーディネートは、あんまりしてこなかったけど、着させて貰って楽しかったな。チラ見せされてる場所以外でも色んな所で撮影してて、かなりいい感じだったから、期待してもいいよ」
「雑誌、買ってみようかな……日向? どうしたの。ぼーっとして」
「……レトロ、これだ」
太陽のように明るい声が、この時だけは眩しさを潜めて呟かれた。
それは微かな声量であったが、はっきりと言葉は届き、私の鼓膜を震わせる。
「青春ってさ、時間が経つに連れて、どんどん色褪せていっちゃうと思うんだ。
楽しい思い出も、あの時みたいな気持ちも。
だけどね、レトロなら今までを愛して懐かしいねーって笑えるような、そんな心を持っていられるんじゃないかって。
つ・ま・り〜、レトロをテーマに青春のきっかけや思い出を現在進行形で作っていけるような、僕たちが思うがままに青春を楽しむ部活動みたいなユニット……」
日向は置いていたペンを再び手に取ると、書き出してある単語にいくつか丸を付けて、もう1枚ある白紙を目の前に持ってくる。
しかし、ユニット名としては上手く纏められないようで、唸っている様子を見つめながら私は、とある言葉を思いつく。
「これ、いいかも」
「ん、何か思いついた?」
そう言って日向がペンを差し出すようにクイっと傾ける。ペンを有り難く受け取り、握り締める。
漢字の部分は合っているのだろうか、と不安になりながらも、最後に縦線を真っ直ぐに引く。
両手で机の上から紙を持ち上げて、目の前でじっと眺めた後、日向の前にも掲げて見せる。
「『アオハル
何度も話に出ていた青春。それに似た意味合いを持つ『アオハル』。そして、部活動とレトロの言葉から着想を得て、クラブを漢字に変換して『倶楽部』。
衝動的に思い付いた言葉だった故に、今になって自信も消えそうになりながらも彼の顔色を恐る恐る伺う。
すると、目を丸くした上にキラキラと効果音が聴こえてきそうな程、日向の瞳の輝きが増していく。
「アオハル倶楽部──すごい。凄くいいよ、冬羽ちゃん! ユニット名、これにしよう」
「え。いいの」
「いいに決まってるじゃん。すっっごくいいよ。このユニット名。
部活動をクラブにして、漢字にしたら楽しいがある。それこそ僕たちがやりたかった、『青春を楽しむ』だよね。
──アオハル倶楽部、アオハル倶楽部……うん。やっぱり、これが1番しっくりくるよ。
むしろ、これしか無いって思えるくらい」
「そっか。うん、分かった。
日向がいいならユニット名、これで決定、だね」
朗らかな表情で話す2人を静かに見届けていた遥は、話がひと段落したタイミングで、ようやく口を開く。
「いいんじゃないか。若々しい印象かつ、お洒落なネーミング。流石、冬羽だな」
「それってさ、褒めてるの」
「褒めてる、褒めてる。行き詰まった時に意見を出すのは勇気がいることだからな。
こうやって相手を納得させる答えを導けるのは凄いし、冬羽の優れた才能でもある、と俺は思ってるけど。違う?」
あの時と同じように、こちらを真っ直ぐに見据えながら、遥は話しかけてくる。
数多の才能を持ち、天才と謳われる兄からそう言われてしまうと、やはり言葉の重みが違うと感じてしまう。
しかし今の私には、貰った言葉を素直に受け止めて「これが才能!」なんて、まだ言うことは出来ない。そう考える程に、霜月冬羽と霜月遥の間には生まれながらにして大きな差がある。
そんな長年を経て汚れてしまった感情を遥に直接言えるはずも無く、勝手に落ち込むだけなのだが。
少しの沈黙。何とも言えない空気を察知したのか、遥は苦笑いをこぼしつつ、改めて日向に話しかける。
「日向君」
「ハイッ。なんでしょうか」
急に向けられた声に驚いた日向は肩をビクッとさせて、若干カタコトになりながらも返事をする。
「ユニット。動き出すなら早めにした方がいいよ。
夏樹君と玲君のユニット、着実に人気上がってきてるでしょ。それを一ノ瀬さんは見逃す訳無いし、2人を推していくと思う。
何よりプロジェクトの宣伝も兼ねてメディアへの露出もこれから増えていくだろう。
そうしたら恐らく、他にかける時間無くなるだろうし。
明日にでも、あお……一ノ瀬さんには言っておいた方がいいと思う」
「たしかに。そうした方がいいですね。ありがとうございます、遥さん。
あの、今さらではあるんですけど、遥さんって呼んでも大丈夫ですか?」
「……ていうか、さっきから普通に名前で呼んでたでしょ。いいよ。好きに呼んで」
「やった。ありがとうございます」
大好きな人から、ちゃっかり名前呼びの許可を取った日向は嬉しそうに感謝を述べる。
そんな彼を見て、机の上に置かれたユニット名が書かれた紙を手に取る。
(本当に始まるんだ。日向と、2人のユニットが)
2人の新たなユニット『アオハル倶楽部』。いよいよ始まる活動に、私は期待を膨らませていた。
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