第16話 分かち合うこと
新たな年を迎え、ここ最近は1日があっという間に感じる。
というのも、個人配信だけで無く、オーディションで合格したメディアミックスプロジェクト『テクニカルノヴァ』のゲーム収録や生配信への出演など、忙しくも充実した日々を過ごしているからであろう。
また、SNSではユニットの紅一点であることで注目を集めている雰囲気も察し、改めて振る舞いを気をつけなければ、と身が引き締まる思いだ。
そんな慌ただしい1日を振り返りながら、ベッドに寝転がる。
(なんか、眠たくなってきた……。けど、明日は久しぶりに収録も無いし、配信する為のサムネイル作らないと)
ゆっくりと体を起こし、ベッドから離れて何とか睡魔と遠ざける。体を動かせば、目が覚めてくると思って自室のドアを開けてリビングに向かう。
すると、ソファーには台本チェックをしている兄、
こちらに向かってくる足音に気づいたのか、台本を閉じて私に話しかけてくる。
「どうした」
「いや別に。配信のサムネ作ろうかなって思ったんだけど、眠たいから少し体を動かしてからにしようと思って」
「そっか。なら、散歩でもしてくる?
あー。けど、もう遅い時間だからあんまり外、出したくないな……。
そうだ。眠気覚ましに互いの近況でも話すか。最近忙しくて、話す時間も無かったし」
そうやってソファーから腰を上げて「飲み物持ってくるから座ってて」と告げると、遥はキッチンがある方向に歩いていった。
数分後、持ってきたマグカップにはいつものホットミルクだけで無く、もう1つ。透明なガラスの中で明るく綺麗なルビーのように輝く液体に目を奪われる。
「明日も仕事あるんじゃないの。お酒飲んで大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。明日は午後からのだけだし、この1杯だけにしておくから。じゃ、乾杯」
こちらに差し出されたワイングラスと手元にあるマグカップをこつん、とぶつける。
温かな液体を口の中に流し込み、温もりで満たしていると、既にひと口ほどしか中身が残っていないグラスを手に持って、遥が話しかけてきた。
「
それは業界の先輩として、というよりかは兄妹の兄としての問いかけに聞こえた。
そんな遥の突然の問いかけに少し動揺しながらも、私は最近の活動について話していく。
リレーで行なった3Dお披露目配信、ユニットメンバー全員で力を合わせ大成功させた初ライブ、声優として出演したテクニカルノヴァの生配信など。
初めての経験ばかりで疲れを感じる時もあるが、それよりもやり甲斐や達成感を沢山得ているので、まだ頑張れる。
しかしながら、こうやって楽しく活動出来ているのも、陰で活動を支えてくれているスタッフさんやユニットメンバーのおかげだ。
だからこそ、より多くの期待に応えたい。
「──それで、最近考えてるんだよね。
仕事を貰えるのは嬉しいし、配信者としてももっと配信をしていきたい。けど、この両方を叶えるには時間が足りない……。
その中で削れる部分があるとしたら、移動時間になる。だから、思い切って上京するべきか悩んでて……」
配信は何処にいても出来る。だからこそ、実際に普段の配信活動は自室で行なっているし、それで不自由もしていない。が、しかし。案件や収録といったら話は違う。
リアルで会わなければ都合が悪いことも多く、またスタジオならではの高音質の収録が求められる瞬間がどうしても現れる。
その度に実家から東京に向かうことになる為、交通費やら宿泊費が掛かる訳だが、後に経費で落ちるので、そこまで大きな問題では無い。
個人的大問題。それは、宿泊場所どうするか問題だ。
デビュー当初、収録の日を連日にしてもらうことで数日間だけホテルに泊まっていたものの、最近ではスケジュール調整も難しくなり、日帰りで地元と東京を行ったり来たりするような生活を送っている。
結果、明らかに疲れた顔を見た遥が「1日だけなら」と言ってくれて、家に泊めてもらうことが増えた。
現在は関係を公表していない為、バレないように細心の注意を払うことを条件にプロデューサーに認めて貰ったが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
「それに初めてのひとり暮らしは不安だし、遥にアドバイス貰えたら嬉しいんだけど」
遥は声優を目指す為に高校生の時に上京、ひとり暮らしをしているので、私から見れば遥はひとり暮らしにおける先輩だ。
きっと、ためになる話を聞ける。そう期待を込めて見上げると、一瞬、遥の口角が上がったかのように見えた。しかし咳払いと共に至って真面目な表情で告げられたのは予想外の言葉だった。
「──だったらさ、シェアハウス。しない?」
しぇあはうす。突如、投げかけられた言葉を飲み込もうとしても上手く入っていかないまま、時計の針は進んでいく。
沈黙の中、状況を整理しようと試みるが「えっと」が何度も繰り返されてしまう。
「ごめん。混乱させて。
実は母さんから連絡来てて知ってたんだよね。冬羽の上京話。母さんも俺がそっちにいるにしろ、冬羽1人だとやっぱり心配だって言ってて。だったら、遥と一緒に住めば安心するし、冬羽のこと頼めないか、って」
「それは、仕方なくということ……」
「仕方なくじゃない。俺も冬羽が側にいる方が安心するし、そうした方がいいと前から思ってた。だから冬羽が嫌じゃなければ。どう?」
話を聞くに他の誰かが一緒に住むことは無く、2人っきり。
そしてシェアハウスとオシャレな名前で纏めてあるが、所詮は居候……いや、家族ではあるし、同居になるのか?
なんて立場は置いといて、自分にとっても良い話だ。上京に対する不安要素が1つでも減るのは嬉しい。
「そこまでは知らなかったけど、分かった」
「……え、まじか。本当にいいんだな」
「そこまで言われると、決意が揺らいでくるんだけど」
「違う違う。もっと質問してくると思ったから、割と直ぐに結論出して意外だったんだよ。
そっか。うん、良かった」
「ちなみに一ノ瀬さんは」
「大丈夫。葵斗さんには許可貰ってる。兄妹のラジオ放送始まってからなら、OKだって」
「そっか」
兄であり、人間としても尊敬している遥が側にいてくれるなんて、これほど心強いものはない。そう考えたのだが、遥が私に対してどう思っているかは相変わらず、よく分からない。
両親が居ない空間で衣食住を共にすれば、霜月 遥のことを少しは理解出来るのだろうか。
コン、とガラスに爪が当たった音がして顔を上げる。すると視界の隅でグラスを持ち上げる遥の顔は珍しくワインの酔いが回ってきたのか、薄っすらと紅潮してるように見えた。
「ん、もう一杯呑もうかな」
「それくらいにしときなよ。明日、午後から仕事あるんでしょ」
「あー、忘れてた。ありがと〜冬羽」
優しい口調で遥はそう言うと、隣に座る私に抱きついてくる。
「うー、遥。そういうのやめて。面倒くさい」
「はいはい。俺は面倒くさいただの酔っぱらいのお兄ちゃんですよ」
「開き直るな。呑まないなら、さっさと歯を磨いて寝る!」
「は〜い」
この姿からして本当に酔っているのか、揶揄っているのか。
真相は、すっかりぬるくなってしまったホットミルクを最後まで飲んだ頃には分かるのかもしれない。
* * * * *
その後。遥のスマホのメッセージアプリにて。母とのやり取りが残っていた。
遥:冬羽のことだけど、シェアハウスすることになったから宜しく。
母:良かったね。
遥:何が。
母:だって大好きな妹と一緒に居たいからシェアハウス許してくれ〜、て言ったの遥でしょう。
遥:それ絶対冬羽に言わないで。
母:あ。また私が何か言ってたことにしたんだ。
まあ許してあげます。その代わり、冬羽のこと頼んだよ。
遥:了解。
そんなやり取りが行われていたと知るのは、だいぶ後のこと。ラジオの秘密暴露コーナーでの母からの密告だった。
*****
※次回からは第3章。VTuber活動2年目編、霜月兄妹のラジオや声優としてのお仕事エピソードを中心にお届け予定です。更新日は未定ですが、いつかきっと……。
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