第15話 誰もが誰かのサンタさん

 12月24日。クリスマスイブの夜に私達は、いつもより慌ただしい1日を過ごしていた。


「本番5分前ー」


 スタッフさんの声が響き、いよいよé4clat(エクラ)の初ライブが近づいてきた。

 リアルにある会場で実際にリスナーさんに会うのは初めてだ。緊張も、ここにきて一気に高まってくる。


「よし。円陣でもするか。é4clat集合」


 そんな緊張した空気を察したのか、プロデューサーとして、ぎりぎりまで近くで待機してくれている一ノ瀬さんが集合の合図を出した。

 リップロールやストレッチしたりなど、思い思いの準備をしていたメンバーが一ノ瀬さんの元に行き、円になって肩を組んでいく。


「僕が最初のミーティングで話したこと覚えてる?」


『君達の輝きを見つけて思いっきり楽しんで、解き放ってくれ』


 全員が揃う場で一ノ瀬さんがプロジェクトへの願いとユニット名を発表した、今でも忘れることが出来ない大切なミーティング。

 震える体を抱き締めながらマウスをクリックしていたあの頃が最早、懐かしく感じる。


「今日は君達にとっても、プロジェクトにとっても大切な分岐点となるだろう。

 だからこそ君達には、今まで見つけてきた輝きを思う存分解き放ってほしい。

 そして見つけるんだ。新たな輝きを。

 ほら、ステージの前で視聴者さんが待ってるよ」


 観客席を映したモニターには会場に流れるBGMに合わせて、無数のサイリウムの光がライブの開幕を今か今かと楽しみにしているかのようにゆらゆらと揺れている。


「それに、何よりも4人揃ったら無敵の輝きになれる」


「それなら。4人じゃなくて6人、でしょ」


 日向が言う6人とは、一ノ瀬さんとマネージャーの佐藤さんを含めてのことだ。


 佐藤さんは本番の為にステージ裏までの移動に付き添った後、一ノ瀬さんと交代していた。

 いち観客として観ていてほしいと一ノ瀬さんに頼まれたこともあり、きっと今頃は関係者席でお客さんと共に開幕を待ってくれていることだろう。


「あぁ。そうだったな。僕達は6人で1つのチームでもある。

 それじゃ、そんな日向ひなたに最後の気合い入れ、頼もうかな」


「え〜、そういうのはリーダーである夏樹なつきくんのお仕事じゃないの」


 む〜、と不機嫌な猫のような口をしながら日向は続けて言葉にする。


「だったらさ、折角だし例の挨拶でいってみない? ね、夏樹くん」


「お。前のオフコラボで話してた挨拶のことか。よーし、やるぞ」


 そういえばユニットの挨拶を決めようなんて話もしていたな、と思い出した私は、一ノ瀬さんは知らない筈だと気付き、急いで自分達が言う言葉を教える。

 コクン、と頷いた一ノ瀬さんを横目に、れいは本当にやるのかといった感じで「はぁ」とため息を漏らす。


 夏樹は皆んなの顔を見回した後、顔を下に向けて息を吸い、空気を揺らす。


「眩しい光となって全てを照らせ。俺達は」


「「「「「é4clat!!!!!!」」」」」


* * * * *


 定刻になり、観客席を照らしていたライトが消えて暗闇に包まれる。いよいよ始まるのだと期待する観客の悲鳴に似た声が会場に響く。

 メインの液晶モニターには、é4clatのメンバーのビジュアルと名前が1人ずつ現れていく。今回の為に作られた映像は、ライブへのボルテージを徐々に上げていく。

 また、オープニングを飾るように大きくライブタイトルが出ると、再び観客席から歓声が響いた。


 観客席正面にある画面に薄っすらと4人の姿が映り、ライブ用の特殊なイントロが流れる。

 そして、歌い出す順にスポットライトが照らしていく。


「錆びついた風が」


「きっと」


「未来を」


「連れ出すから」


 Aメロが始まる前のイントロを利用して、日向から順に観客に言葉を投げかけていく。


「é4clat 1st Liveに来てくれてありがとう」 


「配信のコメントも見えている。共に盛り上がっていこう」


「4つの輝きが揃った所で、改めて歌わせてくれ。──冬羽とわ、準備はいいか」


「もちろん。聴いてください」


「「「「『Future』」」」」


 本来、é4clatが担当する予定だったアニメエンディング曲『Future』。

 メンバーが揃わずに夏樹と玲の2人で歌い、4人がデビューした次の日にサブスクリプションで完全版として配信された曲だが、生歌唱は初だ。

 収録時、一度完成された曲を追加で歌うことは怖かった。それでもレコーディングスタジオにいた人達は、4人がいて初めて完成される曲だからと言ってくれたことで、この曲を歌う恐怖心は少し解れたように感じた。


 ゼロから練習したダンスの成果を見せるべく、一生懸命に体を動かす。

 

 アウトロが終わり、息つく暇も無く、続いてカバー曲メドレーが始まる。

 中には、事務所の先輩である桜花おうかサキさんの曲もあった。今回のメドレー曲の選考に関しては一ノ瀬さんがしてくれたのだが、まさか先輩の曲を歌えるとは思っていなかった。

 ラジオ収録帰りに日向と一緒にカラオケに通って練習する日々を過ごしていたのも良い思い出だ。


 あっという間にカバー曲メドレーが終わると、やっとMCの時間に入る。


 4人揃って、1人ずつ簡単な自己紹介をしていくと、合わせてサイリウムの色が変わり、名前を呼ぶ声が会場に響いていく。


「これで自己紹介も終わった訳だが、俺と玲は早速、次の準備をしなくちゃならない。

 このまま日向と冬羽にMCを任せてもいいか」


「もちろん。たっぷり準備してきてね。いってらっしゃ〜い。さて。2人とも一旦捌けたけど……冬羽ちゃん。この隙に何かしておきたいことってある?」


 日向の振りに対して、私は事前に打ち合わせておいた通りの提案を返す。


「この隙に、って……。

 それじゃあ、こんなに大勢の人がいるなら、コールアンドレスポンスとか、どうかな」


「うん。いいね。やっちゃお」


 まずは僕から、と言って日向が観客席に向かって質問を投げかける。


「今日を楽しみにしてた人〜」


「『イェーイ』『はーい』『イェーイ』」


「次は冬羽ちゃん」


「うん。えっと、朝ご飯、何食べましたかー」


「『……』『食パン』『……』」


「私はご飯を食べました」


「いや朝ご飯は、みんな直ぐには答えづらいよ。もっと一体感が生まれるような質問にしなくちゃ。ていうか、冬羽ちゃんリハーサルでも、その質問だったよね」


「リハーサルのことまでバラさなくても……」


 突然の裏側公開に狼狽えていると、日向が「気を取り直して」と言い、再び質問を投げかけていく。

 私は、そんな日向の横でレスポンスに合わせて取り敢えず拳を真っ直ぐ振り上げていた。


 少しの時間が経ち、スタッフさんからカンペで合図が出て、日向が締めとなる言葉を言う。


「それじゃあ、みんな。この調子で最後まで盛り上がっていこうね。次は、お待ちかねの2人の登場だよ」


「それでは、どうぞ」


 言い終わった瞬間、ステージのライトが消えて寒色の光が一面を照らし、光の奥からはジャーン、とギターの音が会場を揺らした。


「ここからはSoareの時間だ!」


「皆、遅れずに着いてこい」


 2人の生演奏で奏でられるギターとライブにぴったりなロック調の楽曲。

 夏樹と玲が組むユニット『Soare(ソアレ)』は玲がエレキギターを嗜んでいることもあり、ロックな楽曲を中心に展開している。


 また、夏樹は今回のライブに向けて、こっそり玲にギターの弾き方を教わっていたらしく、リハーサルで弾き始めた時には日向と揃って驚いてしまった。

 ちなみに、ユニット内では唯一楽器未経験者の日向が「楽器始めたのなんで教えてくれなかったの〜」と夏樹を問い詰めた時、「ヒーローはカッコよく登場するだろ。だから、お前達にはカッコ悪い所は見せたくないと思った」などと言われて、夏樹のヒーローに対するプライドの高さを思い知った。


 主に歌で魅せる2人のパフォーマンスが終わって次は、いよいよ私達の出番だ。

 歓声が少しずつ止み、今度は暖色系のライトが会場を照らしてイントロが流れ始める。


「次は僕たち『アオハル倶楽部』だよ。一緒に楽しんでいこうね」


 日向が会場を盛り上げ、私は歌い出しに備える。そのお陰もあり、無事に最初の早口を言い切る。

 こんな風に『アオハル倶楽部』の楽曲は、どこか懐かしい曲調と流行りを取り入れつつ、早口やセリフのような歌詞が多いことが特徴だ。


 私達のユニットは、セルフプロデュースのユニットとしてスタートしたこともあって、現在、MVがある楽曲は1曲だけ。それでも、ライブまでに制作を間に合わせてくれた関係各所には頭が下がる想いだ。

 また、一ノ瀬さんも『アオハル倶楽部』の活動に協力的でプロモーションにも力を入れて貰っており、是非『Soare』のライバルユニットになって欲しい、と期待を寄せてくれている。

 

 その期待に応えるべく、日向と共にステージの隅から隅まで移動しながらパフォーマンスを行う。

 最後に決めポーズをした時には流石に疲れを隠し切れず、肩で息をしてしまったが、既に悔いのないライブだと自画自賛出来る程に本番は完璧なパフォーマンスになったと思う。


 照明が落ちた後、再びé4clat全員が登場して曲の振り返りを終えると、いよいよライブ終盤、ラスト2曲を歌い上げる。

 ラストの曲は選曲から歌割りまで4人で決めたこともあり、こうやってステージに立つと、本当に自分がライブに出ているのだという意識がより強くなった。


 歌い終わってステージから捌けると、直ぐにアンコールの声がぽつぽつと出始め、10秒も経てば、声はバッチリ揃ってくる。

 その声に応える為にも汗を拭い、水分補給を素早く済ませて急いで立ち位置に戻る。


「もうちょっと、ゆっくりしても大丈夫だって〜。座ろ」


「うん。ありがとう」


 焦る気持ちを抑えるように近くにある椅子に腰掛ける。そのまま手を上に伸ばし、ゆっくりと背伸びをする。


「残り2分で開けまーす」


 スタッフさんの声が聴こえて、もう1口水を飲み、立ち位置を確認する。

 そして気持ちを落ち着ける為に深呼吸をしようと息を吸った時、


「お前達、ここまで着いてきてくれてありがとな」


 夏樹がぽつりと呟く。


「わ。夏樹くんがそういうこと言うの珍しい〜。どうしたの」


「確かに。夏樹にしては柄にも無いことを言うな」


「……別に感謝を伝えたくなっただけだ。感謝の言葉は沢山あっても困らないだろ。

 ──冬羽」


 突然呼ばれた名前にビクッとしながらも、顔を夏樹の方に向ける。


「いつもサポートしてくれてありがとな。

 俺は玲がいなかったら、ここに立つことは無かった。ずっとヒーローになりたいと言う、口だけが達者な奴だっただろう。

 それでもé4clatとしてデビューしてからは、本当に誰かにとってのヒーローになれるんじゃないかって思ってるんだ」


「なれるよ。夏樹なら」


 思っているだけだった筈の言葉が、口先から漏れる。


「それに夏樹は私にとって、もうとっくにヒーローそのものだよ。悪を蹴散らし、元気と勇気と、後は……」


「──情熱を届ける!

 情熱のヒーロー、天倉 夏樹!」


 通算何回目かも分からない恒例のフレーズを言いながら、夏樹がビシッとポーズを決めると、周りから「おぉ」と感嘆の声が漏れる。


「お取り込みの所、すみません。開けまーす」


 返事をする前にマイクが入ったのを感じ取り、開いた口を閉じて、頭の中で歌い出しの歌詞を急いで巡らせる。

 その時、スムーズに思い出せたのは夏樹によって僅かに残されていた緊張が何処に吹き飛んでしまったからだろう。


「アンコール、ありがとうございます」


「正真正銘、最後に俺達からのクリスマスプレゼントを贈らせてくれ。

 é4clatの新曲。せーの!」


「「「「『Jewel』」」」」


 クリスマスイブの夜。サンタさんは次元すらも超えて最高のプレゼントを届けるのだった。

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