第8話 From me
『半年記念のグッズ見本が完成しましたので各自確認、宜しくお願いします!』
桜花サキさんのラジオ番組への出演も、まるで昨日のことのように感じるが、既に活動を始めてから丸1ヶ月が経とうとしていた。
私は、マネージャーである佐藤さんの連絡を確認して添付されているファイルを開く。
そこには、バーチャルの姿を描いてくださる候補で上がっていたものの、残念ながら今回はご縁が無かった絵師さんに改めてお願いして描いてもらった私達の姿があった。この方は私でも知っている方だったのでこのような形でもグッズのイラストをお願いできて嬉しい限りだ。
にやにやを抑えながらしっかりイラストを確認してメッセージを打っていく。
『霜月です。グッズイラスト確認しました。大丈夫です』
エンターキーを押し、返信したついでにお手洗いに行こうと席を立った時、『♪にゃ〜』と猫の鳴き声着信音が鳴る。
再び座り画面を見ると新着の表示が付いている。もしかして佐藤さんが爆速で『了解しました!』とメッセージを送ってきたのかと思ったが流石に違った。
クリックして表示されたのは一ノ瀬さんからの連絡だった。
「──で、このオーディションどうかな」
お馴染みのメンバーがボイスチャットに集められ、データで送られてきたのは『テクニカルノヴァ新キャストオーディション』と書かれた資料だった。とりあえず資料を読むために次のページを捲ろうとした時、画面を見ていなくても分かるくらいの大きな音が聴こえた。
そして、その音の行方は意外にも日向だった。
「えっ、あのテクノヴァ⁉︎」
「そうだよ」
「えっ嘘だ、だけど本当で、えっ?????」
こんなにも日向が動揺している所なんて見たことがない。それもそうだろう。日向はこのコンテンツのファンだからだ。
なんなら初めて会った時もグッズで出ているタンブラーやタオルを自慢&布教していたくらいに大好きだと認識している。勿論、私もこのコンテンツについては、よく知っている。
改めてページを捲ってコンセプトやあらすじを読んでいく。
*****
各国の交流やまとめ役を作るため毎年開催されていた催し『テクニカルノヴァ』。初代ノヴァが3連勝を飾った時、突如発表された謎の機械装備β:F.Wの着用義務化によって世界は大きな躍進を遂げて10年が経った。
現在、β:F.Wの適材者は必然的に各国のトップとなり新たな機関を設立している。そして、絶対的支配者と呼ばれるようになったノヴァは長らく延期となっていた新たなノヴァを決める『テクニカルノヴァ』を復活することを宣言した。しかし、例年の催しとは全く異なる形へと姿を変えてしまった。
更なる躍進を遂げる為、謎の機械装備解明の為、絶対的支配者に愛を捧げる為、諦められない願いを叶える為に。目指すものは違い、譲れない。しかしそれでも頂点に立てるのは1チームのみ。己の命運をかけた
*****
新たなページを捲ると今回の新キャストオーディションの詳細について書かれていた。募集するのは6ユニットの秘書、全部で6名。『機械のような話し方が特徴的です。また、新シーズンにて重要な役割となります』と記載されている。
元々、テクノヴァは有名ヒット作を生み出した株式会社Magical Days×声優事務所ダイヤモンドダストのメディアミックスプロジェクトだ。
一ノ瀬さんによるとダイダス所属声優の活躍の場所を増やす意味もあり、特にメインチームを決める際は先行で事務所内オーディションをしたらしいが、だからと言って選考に手加減することは無く、該当者がいなかった場合は他の事務所などにもオーディションの知らせを出すという。
そして今回については、選考責任者の方が「是非スタジオオーディションを受けてみないか」という話が4人に来ているとのことだった。
調べてみると、通常のオーディションの一般的な流れでは、まずテープオーディションをするらしい。なので、ここまでの待遇にしてもらえたのは恐らく、いや間違いなく一ノ瀬さんの営業や信頼あってこそだろう。
ある程度説明や資料を読み終えると、前に声優の仕事がしたいと言っていた玲が口を開く。
「迷う暇なんて無い。…一ノ瀬さん、オーディションの話、引き受けます」
「俺もやりたい!です!」
「僕もチャレンジしてみたいです」
「OK。冬羽はどうする?」
「私、は……」
正直迷っていた。何故なら、メインチームの1人を担当しているのが兄である霜月遥だからだ。彼は声優として声の仕事においてプロであり現在も注目を集める実力派と言えるだろう。
そして天才と言われる遥だが、そこまで辿り着く為には見えない所で弛まぬ努力を重ねていたであろう。だからこそ、軽い気持ちでは挑めない。
「あの、少し考える時間を貰っても良いですか?」
* * * * *
考えに詰まった時はカフェでひと休み。それはすっかり私の中でルーティーン化されつつある。
本当はテレビで紹介されていたお店があって行きたかったのだが平日でも中々混んでいて入れないのだ。なので1人でも気軽に入れそうなお店を調べて行ってみたり……なんて、そもそも田舎of田舎にある実家は畑と田んぼで囲まれていて、お店自体も少ない。それでも自転車を漕いでゆけば、お気に入りの喫茶店に辿り着く。ここで頼むのは昔ながらのプリンだ。
スプーンで掬い、何度食べても飽きない味を楽しんでいるとスマホにメッセージの新着を告げる表示が出る。開いて確認するのも少し億劫で無視し続けていると電話がかかって来た。発信主は…遥だ。
メッセージから電話のパターンは何となく予想は付いていた。だからと言って無視した、みたいなことは無い訳でもない。
それでも結局は諦めて電話に出ると突然、
「──冬羽、大事な話がある」
と切り出してきた。その言葉で真面目な話だと感じ取る。
「ごめん、外に出てるからまた掛け直してもいい?」
「あ、ごめん。いいよ」
私は不安な気持ちを抱えながらも一旦電話を切ってから、プリンをかきこんで会計を済ませて、その場を後にした。
* * * * *
「ごめん、突然かけて。どうしても今しか時間が取れなくて」
「大丈夫。それで、大切な話って何」
急いで部屋に帰って電話をかけ直すと、開口一番に遥から謝られる。滅多に聞かない謝罪の言葉。そこには、何か、いつもとは違う雰囲気を感じた。
「実はさ、今度地上波でラジオのパーソナリティをやらせて貰えることになったんだけど…」
「へぇーおめでとう」
「ありがとう」
ラジオのパーソナリティか。確かに大切な話だ。地上波でのラジオは、遥がいつかやってみたいと話していた目標の1つであったはず。それが叶うのなら、こちらも喜ばしいことだ。
「それで、俺と一緒にパーソナリティをしてくれる相方を決めて欲しいって言われて真っ先に思い浮かんだ」
ん? 雲行き、怪しくないか?
「冬羽、一緒にパーソナリティをして欲しい」
困惑。それ以外の言葉が思いつかないくらいに私は電話越しに絶句して立っていた。しかし驚きは止まらない。ラジオ番組の提供がMagical Daysだというのだ。
そう、Magical Daysはオーディションを受けるかもしれない『テクニカルノヴァ』を作っている会社である。
これは、やりたいという気持ちだけで安易に引き受ける訳にはいかない。何故なら仮にどっちもやるとなった場合、同じ会社である以上ファンからやらせ疑惑を疑われる可能性があるからだ。オーディションを取るか、ラジオのパーソナリティを取るか。
(私は、どうしたい?)
心に問いかける。何のためにProject étoileのオーディションを受けた? 何を見たくてé4clat(エクラ)というユニットで活動させてもらっている? それは、今なら迷わずに言える。
(私は、私自身の輝きを掴みたいし見たい…!)
誇れる自分でいる為に。輝きを見つけて、これからも大切な人の隣にいられるように。
今すべきことは、1つだけだ。
「──ごめん。詳しくは言えないけど、挑戦してみたいオーディションがあって。
今はそれに集中したい」
「…分かった。だけど、やっぱりお前とラジオはしたい。だから一応聞かせてくれ。もし一緒に出来るとしたら、やってくれるか?」
いつかはきっとやって来る。そう信じて。
「それは…やりたい。是非、やらせて下さい」
* * * * *
テクニカルノヴァ新キャストオーディションから2週間後。
「オーディション合格おめでとう〜」
クラッカーを鳴らす音が事務所に響く中、合格という結果を伝えられた。
しかし、告げられた名前の中に夏樹はいなかった。流石の夏樹でもしょんぼりしているのでは…と思い見てみると当の本人は、から元気でもなく立ち直っているように感じた。
「夏樹は台詞に自分が出まくってたからね。あまり演じる仕事は向いてないのかも。まぁ、これからゆっくり夏樹の輝きを探してこうか」
「はい!」
「そのポジティブ、僕も見習っていかないと。
これから声優のお仕事も頑張ろうね。玲くん、冬羽ちゃん♪」
日向の言葉に頷きつつ佐藤さんから個別に届いていた収録の日程を入れてスケジュール調整をしていく。そんな作業をしていると「冬羽、ちょっといい?」と一ノ瀬さんから呼び出されて廊下に出る。
「…ところで遥のラジオパーソナリティの相方になる件、どうする?」
あれからは兄はラジオ担当の人、お偉いさんと交渉してオーディションが終わった後に私とラジオが出来るように動いてくれていたのだ。
今は1人でパーソナリティをしているが、来年度からはリニューアルして2人でラジオが出来るようになる予定だという。
まだ予定なのは、まず改編期を乗り換えないといけないからだ。なので、遥も1人だといって妥協することなくゲストを迎えて楽しいラジオを作っている。
だからこそ最終的にオーディションに合格したからには、私はその期待に応えたい。
「やります」
「りょーかい。それじゃ、こっちから引き受けますって連絡、返しとくね」
日が経ち。ラジオの公式SNSでリニューアルについてのお知らせをされるとラジオに向けて少しずつ実感が湧いてきて、一層気合いが入ってくる。
また、これから待ち受けているあの件についても向き合う日が刻々と近づいていた。
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