第7話 霜月冬羽と申します
「とにかく、深呼吸をして…すぅ…はぁー」
私は落ち着かない気持ちでパソコンの周りをぐるぐると歩いていた。緊張感が漂う中、とうとう初配信の日を迎えたのだ。
現在は3番目の日向が配信をしているが、心配だったらしく数分前まではプロデューサー兼ユニットマネージャーの一ノ瀬さんが来て幾つかの確認と応援の声をかけてくれた。
何故、一ノ瀬さんが来ていたかというと、レッスンに通う関係で東京に滞在しており初配信のみスタジオで行うことになったのだ。
尚、今後の配信はどうしても仕事やレッスンで行かなければいけない時以外は家で配信をする予定だ。なので、これが終わったら地元に帰って機材のセッティングをしないといけない。
これからが大変だと思いながらも時間を確認すると、そろそろオープニング映像を流す時間だ。私はパソコンの前にそそくさと座りマウスを握る。
(大丈夫…これまで沢山レッスンしてきた。一ノ瀬さんや佐藤さんに応援してもらった。ユニットの皆んなと輝きを誓い合った。だから今は、自分自身を信じて進むだけ──)
私は未だに震える右手でそっと配信開始ボタンをクリックした。
画面には特注のオリジナルアニメーションで描かれたオープニング映像が流れる。
誰もいない街を深くフードを被った私が歩いており、最後にはユニットメンバーと思われる影が見えて合流する所で終わる。
そして羽が舞う場面転換を挟んだ後、姿が映った。肩まで伸びた寒色系の髪、瞳はサファイアのように蒼く、胸元にはお気に入りのブローチが存在感を放つ。
「ご視聴ありがとうございます。皆さん、初めまして。4月1日から活動を開始して、本日より配信の方も始めさせていただきます。ダイヤモンドダスト所属、Project étoileに参加しています。
今回は初めてお話をするということで、私の得意なことであるイラストを交えながら自己紹介をしていけたらと思っています。
…あっ沢山のコメント、ありがとうございます。『声好きかも』『ビジュかっこいい』
……そんなに褒めてもらえるなんて思っていなかったから凄く嬉しい。見てくれて、聴いてくれてありがとう。それじゃ、気を取り直して今日ものんびり参りましょうか」
事前に用意した台本をちらっと確認するとすっかり配信も終盤に近づいてきていた。今の所、機材トラブルも起きていないし心配していた
まさに順調だ、などと言っているとフラグ回収になったら嫌なのでお知らせに移る。
「それでは最後にお知らせをさせていただきますね。
1つ目は、私もユニットメンバーであるé4clat(エクラ)について。こちらのお知らせは、まだ3人が言っていなかったこと、つまりサプライズです。なんと……コラボ配信が決定しました。
日時は⚪︎月×日20時よりProject étoile公式チャンネルにて誰でも無料でご覧いただける生配信となります。出演者は
──ふぅ、ちゃんと言えた。ここ噛まずに言えるか心配で。だって初解禁の情報じゃないですか」
コメント
:『わ〜楽しみ!』
:『無料たすかる』
:『歌聴けるの!!!』
:『ひなたくんは噛みまくりだったね』
「凄く流れが速い…えっと、コメントありがとうございます。日向はものすごく緊張してるって言ってたので褒めてもらえた方がきっと日向も喜ぶと思います。
『呼び捨てなんだね』…それはメンバーから敬語無しで呼び捨てでいいよ、と言ってくれたので。
それでは、そろそろ終了の時間ですね。ここまでのご視聴ありがとうございました。この時間、お届けしたのは霜月冬羽でした。おやすみなさい。そして、いってらっしゃい。…それでは」
配信終了ボタンをクリックしてパソコンの電源を切る。流石にここまですれば配信切り忘れの事故は起きないだろう。念の為スマホで動画サイトを開き自分のチャンネルを確認する。良かった、ちゃんと終了していた。
そして机にスマホを置いて椅子に座ったまま「う〜〜」と声にならないものを上げる。
緊張が一気に解けて暫くの間、ぼーっとしていた時だった。扉が急に「ドン!」と効果音が付きそうな勢いで開いた。
「「お疲れ様〜」」
私の目に映ったのは先頭でニコニコなまま飛び込んできた夏樹と日向、その1歩後ろでむすっとした態度でこちらを見てくる玲、さらに後ろから一ノ瀬さんが「おつかれ〜」とひょこっと顔を出してきた。
「え……どうして、みんな居るの? 自宅で配信してるはずじゃ」
「僕はね、事務所近くのアパートにお引っ越ししたんだ♪」
「俺たちも事務所の近くに配信する用の部屋借りたんだよなー、なっ玲」
「あぁ。部屋を分けた方がプライベートと仕事の区別が付く」
配信を始めるにあたり引っ越しをしたという話は知っていたが、徒歩圏内の場所だったとは。ちなみに一ノ瀬さんは事務所で配信を見守っていて2時間ずっとドキドキしていたらしい。
「いや〜改めて夏樹、玲、日向、冬羽。初配信お疲れ様。…で、4人共。こっち来てもらってもいいかな」
一ノ瀬さんが、そう言って私達を別室に連れて行った先には驚きの光景が広がっていた。
「じゃ〜ん! びっくりした? 初配信終わったし、打ち上げでもしようと思ってね」
テーブルにはコンビニやスーパーで仕入れてきたであろう様々なお菓子とジュースが並んでいる。中には私の好きなお菓子もあった。それを手に取り早速、紙コップにジュースを注ごうとペットボトルのキャップを開けようとした。 すると、横から誰かの手が伸びてペットボトルを取られる。
「貸せ。開けてやる」
「…ありがとう」
なんと玲が代わりに開けてくれただけでなく、ジュースも私のコップに注いでくれた。
玲とはイマイチ距離感が縮まっておらず、もしかしたら嫌われているのではと考えた時もあった。しかし、本当に嫌いと思っていたら「ユニットから外して欲しい」と玲ならば言うであろう。だからこうやって、さりげない会話が出来ることすら嬉しく感じる。
「はい。それじゃ初配信お疲れ様でした、かんぱ〜い!」
私達は一ノ瀬さんの音頭に合わせて紙コップを互いにコツンとぶつけた。そのまま口に運び、すっかりカラカラになってしまった喉を潤す。甘い液体は体に一気に染み渡ってくる。その勢いでお菓子の包みを剥がして口に頬張る。
暖かい空気が流れて、みんなが思い思いに飲んだり食べたりと、会話を楽しんでいた時だった。
一ノ瀬さんが烏龍茶を1口飲んだ後、思い出したように口を開いた。
「──そういえば、君達に新しい仕事のオファーがあるんだ。桜花サキがパーソナリティを務めてるラジオへのゲスト出演なんだけど…」
突然の桜花サキの名前とラジオへのゲスト出演という言葉を聴き、お菓子を喉に詰まらせそうになったのは、その数秒後のことだった。
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