第6話 事件はパンケーキ屋で起きている?
レッスンや収録スタジオに通う為、ホテルに泊まっているものの平穏な日常が続いていた。
いよいよ、1週間後にはリアルタイムの初配信が予定されている。
リレーで配信するため1人の持ち時間は30分、順番は夏樹→玲→日向で冬羽が最後を飾る。この順番も皆んなで相談して結局は夏樹が「自己紹介の順だとダメなのか?」と言ったことがきっかけで決まった。
そして今、私には悩んでいることがある。初配信の構成だ。30分でいかに自分を魅力的に伝えることが出来るか。自己紹介は入れるとしてゲームをすべきか、得意のイラストを描いてみせるべきか、それとも何かしらの企画を…。
さらに、深刻なことがあった。それは兄である
兄である遥に関しては、応募する時から事実に向きあいたいと思い、敢えて苗字は変えない決断をした。
今の所はSNSでの反応を見る限り「兄妹では?」といったコメントは見かけなかった。勿論「同じ苗字だ!」と言う人もいたが、業界的に同じ苗字でも血縁関係が無い人が多くいる影響だと思われるためか、騒ぎにはなっていなかった。
仮に配信でそのようなコメントが流れたとしても無視することも出来るが、兄に迷惑をかける可能性もある。
しかし、1番丸く収まるのは公表しないことだろう。兄の名前を出して、売名のために利用されていると思われるのも嫌だ。
そんなことを考えながら、ふとスマホを見ると日向からメッセージが届いていた。
『冬羽ちゃん〜今暇? みんなで作業通話しようよ! 招待送っとくね〜』
アプリを開いて見ると、みんなのアイコンが通話中になっている。これは流石に行った方が良いだろう。
私はノートパソコンの電源を入れて再度アプリを起動する。こうした方が作業はしやすい。
準備が整ったことを確認して招待メッセージをクリックすると予想通りユニット全員が集合していた。
「あっ、冬羽ちゃんだ。お疲れ様〜」
「冬羽ー、おはよう!」
「…お前、結局来るのか。ならさっさと来い」
通話を繋げて、いきなり三者三様の挨拶を浴びると、いよいよ活動が始まるのだと気が引き締まる。
「お疲れ様、遅れてごめん。少し考え事しててメッセージ気づかなかった」
「悩みか…。良かったら俺が、いや俺たちが相談に乗ろう!そのためのユニットでもあるはずだ!」
「そうだよ。僕たちでよければ何でも言って?」
夏樹と日向の優しさが心に沁みる。しかし霜月遥が兄であることは一ノ瀬さんしか知らないので相談はできない。それでもここは優しさに甘えて別のことを相談してみる。
「──ありがとう。実は初配信が上手くいくか不安で」
「そっか…」
日向の共感する声が響いた後、そのまま思いついたように言う。
「ずっと考えちゃうから不安になるんだよね。…よし、出かけよう! みんな明日って空いてる?」
「「「え」」」
日向以外、3人分の声が見事にシンクロする。人は驚くとばらばらの性格でも揃うものだ。玲が驚きを隠せないままでも何とか話を進める。
「まぁ、配信準備の為にスケジュールは空けているから大丈夫では、あるが…」
「いい考えだ、日向!ではどこに行こう?」
「やった〜♪ 冬羽ちゃんは空いてる?」
「えっと…空いては、いるけど」
「じゃあ、決まり! 実はずっと行きたいと思ってたパンケーキ屋さんがあるんだよね〜。だから明日はそこに行かない?」
「…決定だな。特に行きたい場所もないし、日向に全て任せる」
「OK〜じゃあ集合時間は…」
こうして日向によってあっという間に行くお店も時間も決まり明日、急遽ユニットメンバー全員でパンケーキを食べに出かけることになったのだった。
* * * * *
当日、某駅前の待ち合わせ場所。私は集合時間の10分前に到着した。が、既にどこか見覚えのあるすらっとした高身長の男性がいた。服に詳しくない私でも分かるくらいオシャレな格好をしていてサングラスを掛けている。
しかし、あの人である自信は無いので予定通りスマホのアプリでメッセージを送る。
『着きました』
『俺も着いた。例の目印だが、サングラスを掛けている』
『もうちょっとで着くよ〜』
『俺も!』
無事集合できそうなことに安心しつつ、サングラスを掛けたあの人が玲であることが確定した。かと言って話しかける勇気が無い。だって、住む世界がまるで違うように感じる。
とりあえず他の人が合流してからでいいかと考えて再びスマホに目を向けた時だった。
「失礼。霜月冬羽か」
突然、玲の声が聴こえた。動揺したが、何とか言葉を返す。
「違ったらどうするつもりだったんですか…」
「別に。謝ってまた話しかければいいだけだ。それよりも敬語は止めろ。夏樹はそういうのは苦手なはずだ」
「だけど年上だし…」
「俺はお前が敬語を使わなかったとしても不快には思わない」
そんな話をしていると、明るい声と共に小さな男の子が抱きついてきた。ふんわりと柑橘系の匂いが香る。
「おはよ〜〜〜」
突然の抱きつきに慣れつつある自分が怖くはあるが…次に現れたのは日向だった。
約束の集合時間を過ぎてから10分。夏樹はまだ来ない。そろそろ追加の連絡をした方が良いかもしれないと考えていた時。
「すまない! 電車間違えた」
なんと夏樹は電車の行き先を間違えて乗ってしまったらしい。ちなみに玲と夏樹はシェアハウスをしているが、玲が別に済ませておきたい用事があったので先に出かけていたとのことだった。
そのまま夏樹は大きな声で謝罪の言葉を述べ始めたのだが、これは余りにも目立つ。
私達は夏樹を抑え、急いで目的地に移動することにした。
* * * * *
「デラックスいちごパンケーキ1つ、スタンダードフルーツパンケーキ1つ、スタンダードパンケーキ1つ、デラックスキャラメルパンケーキ1つお願いします♪ ドリンクは──」
注文を繰り返した後、店員さんがぺこりとしてキッチンに注文を伝えに行く。様々なメニューがあり悩んで日向がおすすめしてくれたスタンダードフルーツパンケーキにした。
最初はデラックスを推されたが量が多く食べられないかもしれないと思って平均的な量のスタンダードにした。
どんなパンケーキなのかわくわくしながら、少し肌寒いテラス席で待つ。
「そういえばさぁ〜1つ、夏輝くんと玲くんに報告したいことがあるんだけど…」
「ん? どうした?」
「手短に頼む」
「じ、つ、は〜〜〜冬羽ちゃんとユニット組むことになりました♪」
そういうことだ。日向とは合格が決まった後、声優事務所ダイヤモンドダストならではの声の養成所で学べるような様々なレッスンを一緒に受けさせてもらっていた。今思うと長いようで短い期間だったが、とても実りある時間でユニット活動への不安も軽減されていった。
そして、日向と仲良くなっていく中で一旦最後となるレッスン日、日向からの提案で2人組ユニットを組むと決めたのだ。提案された時は驚きと共に素直に嬉しくて、
「余り者同士で仕方なく組むとかじゃないからね! 冬羽ちゃんと一緒に、2人でいろんな景色を見たいって思ったからユニットを組みたいんだ」
と念を押すように言ってくれたことも。全てが感無量であった。
「マジか⁉︎ おめでとう! じゃあ、これからはユニットとしてライバルだな。名前はなんて言うんだ?」
「それはまだ決めてないで──決めて、ないんだ」
玲が言っていた敬語を使わなくても良いことを思い出し、ぎりぎりで修正する。ふと隣を見ると丁度、こちらをチラ見していたらしく目が合う。しかし玲は、少し咳払いをしてから日向の方を見て口を開きかけたその時。
「お待たせいたしましたー、スタンダードパンケーキの方──」
タイミングが良かったのか悪かったのか、注文したパンケーキが届いたのだった。
「おいしそ〜〜! あっ、そうだ。折角だからさ、みんなで乾杯しない?今後の活動の何ちゃらを願って、みたいな」
「いいね♪ やろう〜」
「はぁ。普通こんな場所で盛大に乾杯するものでもないと思うが……しょうがないな」
「よっしゃ! それじゃ冬羽もドリンク持って」
「えっと、分かった」
各自がドリンクを持つと、自然に言い出しっぺでもある夏樹が代表して乾杯の音頭を取る。
「よし、みんな持ったな。…それじゃ、これからの俺たちの──輝きに乾杯!」
「「「かんぱ〜い」」」
夏樹に続いて重なった3人の声。ちぐはぐに見えたユニットは、ゆっくりと1歩ずつ。輝きへの歩みを進めていた。
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