第4話 This is 噂のエリート
あっという間に時は流れ、3月中旬。
私は自室のパソコンの前で正座をしながら、意味もなくマウスカーソルをぐるぐる動かしていた。
とうとうメンバー全員が揃う初のユニットミーティングが行われることになったのだ。しかし私達は実際に会う訳ではなく、インターネット上での初めましてとなる。
これは、あくまでインターネット中心のバーチャルの活動となることやそもそも先に動いている2人のスケジュール上の都合らしい。
ちなみに正式に活動を開始するのは4月1日だ。1月に合格が決まったのだが、私は正直よく間に合ったなというのが1番に出てきた。
何故なら、追加オーディション組はバーチャルの姿、所謂キャラクターの用意が出来ていなかったからだ。
よくあるVTuberオーディションといえば、事前にキャラクターを制作しておいてその姿に似合う声の持ち主を探すのが一般的であり、決まってから意見を取り入れながらの制作となると大幅な時間とお金が必要になる。
だからこそ、一ノ瀬さんから「プロジェクトの方針としてリアルの姿とはある程度リンクする予定だけど、他に入れたい要素はある?」と聞かれた時は驚いたものだ。
それでは一体どうやって間に合わせたのかというと、ひと言で表すと気合いである。
短い納期でも対応可能な絵師さんのスケジュールを確保、Project étoile専属のモデラーさん(イラストを元にモデリングをして動きをつけること)に無理を承知の上で間に合わせた、とのことだった。
※良い子の皆さんは、余裕を持って計画、行動しようね☆
それはさて置き、短い期間ではあったものの私の要望も入れて貰って充分満足する姿になった。
昔、兄から誕生日プレゼントで貰ったアクセサリーなど、全体的にクールでカジュアルな服装ではあるが、それぞれテーマとした宝石が色やワンポイントとして反映されている。
私のテーマとなった宝石はサファイア。青系統は個人的に好きな色だ。これは全くの偶然であったが嬉しかった。
そんな出来立てほやほやの自分をいつでも画面共有が出来るように、もう1度確認する。すると集合場所のボイスチャンネルへの招待が届いていた。
そのままクリックしてチャンネルに移動すると、続々「♪ピコン」と音が鳴ってメンバーが集まってきたことが分かる。
私は少しでも緊張を和らげるため、テーブルに置いてある林檎ジュースが入ったペットボトルを手に取った。
* * * * *
5分後、集合時間となり『一ノ瀬』と書かれたアイコンのミュートが外れる。
「時間になったね。それじゃミーティング、始めようか」
私達は雑音にならないようミュートにしつつ、一ノ瀬さんの話に耳を傾けていた。
「改めて自己紹介から始めよう。順番はナツキ、レイ、ヒナタ、トワで。話す時は画面共有も忘れずに。じゃトップバッターナツキ、宜しく」
最初に選ばれたナツキは無反応だったが、どうやらミュートを外せていなかったらしく突然「きこえてるか⁉︎ 」と言う大声が鳴り響く。反射的に耳を塞ぐが既にキーンとしている。
ナツキは確認が取れたことに「よっしゃ!」とまたもや大声で安堵すると何事も無かったかのように自己紹介を始めた。
「俺の名前は
テーマの宝石は見てもらっても分かる通り、真っ赤なルビー。
得意なことは体を動かすこと。後は、暗記力が凄いって周りからは、よく言われるな。
オーディションは、レイが受けるって言ったから俺も受けた。けど、1番の理由は、応募のページを見た時、『なんか面白そう』って感じたんだ。これから同じユニットとして、よろしくな!」
恐らく初めましてだからと敬語で話そうとしたが、途中からすっかりタメ語になっている。しかし、話す言葉に嫌味は感じないし、毎回ビックリマークが付きそうな位に元気が有り余っていることが分かる。
そして、明るい声とポジティブ思考な彼ならユニットの先頭を突っ走ってくれるだろうし、戦隊モノのレッドみたく圧倒的センターの風格は通話越しでも伝わってくる。なので、この後に一ノ瀬さんが補足する内容も納得だった。
「そして夏樹にはユニットリーダーをしてもらうことになった。持ち前の熱さで盛り上げていこうな。改めて宜しく、夏樹」
「はい! めちゃくちゃ熱く頑張ります」
「じゃ次はレイ、紹介お願いできる?」
「一ノ瀬さん。夏樹の次に話すのはハードルが高いですよ。まぁ、そういう扱いに慣れてはいるので、今後もそれで構いませんが。…では、自己紹介を。
俺の名前は、
テーマの宝石はアメジストで、得意なことはエレキギターと英会話。
オーディションに応募した理由は、声の演技を勉強してみたいと思って探していたら、今回のオーディションに出会った。
で、さっき夏樹が言ってたことだが、実は夏樹とは小学生からの付き合いで、今は京都から東京に来て一緒にシェアハウスをしてる。
そして、ここからが重要だ。俺は将来的にVTuberの活動だけじゃなくて声優の仕事もしていきたいと考えている。だからこそ、まずはユニットの活動を良い軌道に乗せたい。その為には全力を尽くすつもりだ。では、良いユニットにしよう。これから宜しく」
冷静沈着な話し方と画面に映るアメジストのカラーはどこかミステリアスな部分もありつつ、夏樹とは違う情熱を感じた。それは決して冷たい態度では無いと思うが、何となく距離感のようなものを感じるのも事実で後ろに短く束ねられた髪もより謎を演出していた。
「玲も宜しく。そして事前に伝えていた通り、2人は春アニメとして放送される『テクニカルノヴァ』のエンディング曲を担当してもらうことになった。ユニット名は『soare(ソアレ)』という別の名前になる。『soare』に関しては今後も2人が望むなら続けて活動してもらって大丈夫だから、つまりは、やる気次第って所かな」
そう、2人は最初のオーディションで合格した噂のエリートである。だからこそユニットの追加メンバーが決まる前とはいえ、このED曲担当というチャンスを逃すまいと救済措置として出来たユニットが『soare』だった。勿論私やヒナタも合意の上で、むしろ2人がいる4人ユニットのことに興味を持ってもらえるのではないかと思っている。
「よし、ここからは追加オーディションで決まったメンバーの紹介ということで、ヒナタ宜しく」
「は〜い、葵斗くん♪
僕の名前は
テーマは、シトリンていう黄色っぽい宝石で、お待ちかねの得意なことは〜〜ずばりダンス! 小さい頃から習ってるんだけど、今でも大好きだし踊ることなら誰にだって負けたくない。
オーディションを受けた理由は…今は内緒。だから代わりに目標を言うね。僕は、オンリーワンの輝きをここで見つけたいんだ。でもって、みんなを笑顔に出来るような人になりたい。これだけは、すごく大切にしたいんだ。
…それじゃ少し長引いちゃたけど、これでお話はおしまい! 夏樹くん、玲くん、冬羽ちゃん。これからよろしくね」
そんなほんわかな日向。実は初めましてでは無くリアルで先に会っていた。というのも追加オーディション組である私達はボイスレッスンも一緒だったからだ。仲もそれなりに良好で、コスメに詳しい日向はおすすめの化粧品や肌ケア方法を教えてくれる。
また画面を見るとビビットな髪色にダンスにぴったりなストリート系の服装、しかしチャラさは感じず所々にあるモチーフの影響で可愛さもプラスされているように感じた。
「ありがとう日向、個人的には3Dで実際にダンスを見てもらえる日が今からとっても楽しみなんだ。これから宜しく」
日向はニコニコの笑顔で返事をする。そしてとうとう、私の番が回ってきた。
「最後はトワ、ゆっくりでいいから自己紹介をしてもらってもいいかな」
「は、はい。私の名前は、
テーマの宝石はサファイア、です。得意なことはイラストを描くことです。
オーディションを受けた理由ですが、テレビで見た
不束者ではありますが、何卒、宜しくお願いします…!」
少し堅い自己紹介にはなってしまったが、最後まで無事話すことが出来た。ひとまず自分を褒めても良いのではないかと思う。
「うん、こちらこそ宜しくね。あと本人には伝えてあったけど、冬羽にはユニットのサブリーダーをしてもらうことになった」
「──異議を唱える。何故だ」
はっきりとした声で突然話を遮ってきたのは玲だった。
「夏樹がリーダーなら、幼馴染の俺がサブリーダーを務めた方がいいに決まってる」
「…確かに夏樹のサポートも含めたら玲が相応しいかもしれない。
だけど今回、サブリーダーに求めるのは夏樹が突っ走る分、落ち着いて客観的に判断しつつユニットに還元出来ることだ。
玲、君は夏樹の考えに寄り添ってしまう。このままでは夏樹のためになっても、ユニットの発展には繋がらない。それは君が1番知っていることだと思うけど…どうかな?」
暫くの沈黙の後、椅子が軋む音に混ざり小さく舌打ちのような音が聴こえた。
「──分かりました。とは言っても自身の中では納得出来ないこともありますが」
「なら良かったよ。それじゃ改めてサブリーダー頼むよ、冬羽」
「は…は、い」
「ファイトだよ〜、冬羽ちゃん」
玲が納得いかない気持ちも分かる。私には、他のメンバーと比べて特出する個性を持っていないし、夏樹と親交もまだ深くない。ただそれでも、大切な役目を任せてもらったなら、今は頑張りたい。
なので陽だまりのような日向の声には、とても元気づけられる。ミーティングが終わったらチャットを送ってお礼を言わなくては。
「これで、ひと通り自己紹介は終わったけど…実は最後にもう1人紹介したい人がいるんだ。隣にいるから少し変わるね」
マイクのがさごそとした音が聴こえた後、流れてきたのは知らない女性の声だった。
「初めまして。この度、皆さんのマネージャーをさせて頂くことになりました。
この人が一ノ瀬さんから事前に聴いていた新しいマネージャーさんか。
佐藤さんは元々ダイヤモンドダストのマネージャーとして働いていて一ノ瀬さんの直属の後輩にあたる。歴はまだ浅いが、マネージャー力は優秀らしく心配には及ばないと言っていた。
映像を見てもポニーテールにされた髪や身振り手振りから活発な印象を受ける。
既にユニット内のムードメーカー的立ち位置にいる日向は「彩花さんよろしくね〜」なんて言っている。いきなり名前呼びとは、距離の詰め方が上手い。参考になる。
実は、私はあらゆる対策の為に名前呼びを心の中で呼ぶ時だけにしようと思っていたが、この時、普通に名前で呼ぶことを決めた。
そして、考えを膨らませている間に、またマイクが変わって一ノ瀬さんが話し始める。
「佐藤には、主に個人活動のマネージャーを担当してもらう。だから困ったことや相談したいことがあったら、まずは佐藤に言ってくれ。
勿論、僕もプロデューサーだけじゃなくてユニットのマネージャーとして近くでも関わる。くだらない話や雑談でも付き合うから、いつでも話しに来て」
このように違う立場ではあるがフランクに接してくれるのはとても有難い。それに本格的に始動する準備で忙しいはずなのに一ノ瀬さんならば他の仕事にも一切手は抜かないであろうことら容易く想像できる。
「それじゃ今度こそ紹介も終わったし、ここからは君たちユニットが目指す輝きについて、詳しく説明していこうか」
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