第3話 隠し味に期待を少々
「──ありがとうございます。でも私、一ノ瀬さんの言うような輝きは持っていないと思います」
目を伏せながら。それでも、明るく自分に言い聞かせるように一ノ瀬さんに告げる。そうしないと声が震えてしまう気がした。
「…そっか。どうしてそう思うのか聞かせてもらってもいいかな?」
聞こえた声色は優しかったが、ふと顔を上げて見ると瞳の奥は冷たく感じた。どうしてそんなことを言うのか真剣に問い質すように。
「それは……」
今更嘘をつく理由も無ければ、この瞳を見てジョークすら言える空気じゃない。本来なら初めて『Project étoile』の名を聞いた反応をすれば、晴れてメンバーとして活動できていたのかもしれない。
もう、手遅れだ。どんな結末を迎えても構わない。私は小さく息を吸って言葉の続きを正直に伝える。実は『Project étoile』オーディションを受けていること。そして今日、2次審査に落ちたことを。
「だから私には輝く資格も、輝きすらもありません。そう証明されたから」
「じゃ、君は後悔してる? このオーディションを受けたこと」
その答えは最初から決まっている。
「後悔はしてません。私はまた歩き出せると知ることが出来たので。……だけど、本当に我儘を言うのなら叶えたかったです。『私自身の揺るがない輝きを見つける』暗闇の中でやっと見えた新しい夢を」
オーディションの2次審査で答えた夢。しかしこれは当日まで唯一悩んでいたことであった。具体的に言わないと印象に残らないのでは、と考え続けた末にたどり着いた答えは今思うと随分大雑把な夢だ。何となくで応募したはずなのに心の中では見えない輝きに縋るように。
そんな隠れた本音を聞いた一ノ瀬さんは驚いた表情をして…いなかった。むしろ何かを確信したような表情を浮かべながら。まるで、最初から知っていてその言葉を待っていたように。
「だったら幻にしないで一緒に叶えよう。その夢を、
夢を現実に。一ノ瀬さんは言葉だけでなくマネージャーに留まらない、凄い人だったと直ぐに知ることになる。
「僕は一応『Project étoile』プロデューサーの立場ではあるから元々面接官として参加予定だったんだ。けど急用で参加できなくて」
まさかのプロデューサー。記憶を辿るが、確か、公式のホームページにはプロデューサーの名前は書いていなかったはず。
話を聞く限り、兄以外のマネージャーもしていて充分忙しいはずなのにそれに加えてプロデューサーの仕事もしているとは驚きだ。
「──さっき最終審査の結果を聞いた。合格者は1名」
ひと呼吸して「ここから大切な話だけど」と前置きして話し始める。
「本来、ユニットメンバー追加オーディションとして開催、最終的に2名程の採用を推定していた。
ただ採用担当者によると、現ユニットメンバーに着いていけることを基準に考えた時、落とさなければいけない人たちが多かったらしい。それだけ現ユニットメンバーはレベルが高いんだ。これに関しては、僕も実際にレッスンを見学していて間違いないと感じている」
一ノ瀬さんが認めているくらいの現ユニットメンバーとはどんな人物なのだろうか。
想像が広がるが、それよりも。追加メンバーオーディションであることは知っていたが、ユニットの予定だったとは。オーディションページには「詳しい活動内容に関しては最終審査通過者のみ、お伝えする予定です」と、記載はあったものの、ホームページに載っているプロジェクト参加メンバーにはユニットで活動しているメンバーはいなかったと記憶している分、意外な展開である。
「そんなに凄い人なら余計、私じゃないほうが…」
「違う。最後まで聞いて?」
私の小さな謝罪が部屋に響く。怖がらせてしまったと思ったのか申し訳ない表情で話を続ける。
「あ〜、別に怯えさせたくて言った訳じゃなくて求める形が違った、って言いたいんだけど。どうかな。伝わってる?」
「なんとなく」
「良かった。…それでね、今回のユニットは今後、プロジェクトの
だけど、正直このまま進めていけば、ただのエリート集団でイメージは固まってしまう。
今後、活動していく上でユニットとしても、プロジェクトとしても、仲間と共に切磋琢磨して個人の輝きを見つけて磨くことを、より求めるべきだと僕は考えている。
そして
今回のオーディションがこんなにも重要な役目を担っていたなんて思いもしなかった。そして、ユニットメンバーに私をスカウトしてくれていることも。
しかし、断る考えは簡単には変わらない。また、その一方で一ノ瀬さんの言ってくれた言葉を信じたいという考えも頭をよぎる。果たして私はエリート集団とも言われるユニットで何が出来るのか。
…それでも輝きを追いかけてみたい。私の心の中で、天使と悪魔が囁くように気持ちの天秤は揺れ動く。
YESともNOとも返せないまま、ただただ沈黙が流れる部屋。
空気に耐えられず、今にも泣きたい気分になってきた時、ぽつりと落ち着いた声が聴こえてきた。
「俺はいいと思う」
それは、兄である
そういえば、一ノ瀬さんが話し始めてから1度も口を挟むことなく眺めていただけだった。しかし、いつもと同じように見守る姿は、この時に限っては少し違っていた。
「そいつらがどれだけ凄いかは見たことないし、俺は分からない。けど冬羽は、さっきからマネさんが言うように輝きを導く才能がある。
何故なら……何より俺が声優を目指すきっかけをくれたのは冬羽がいたからだ」
* * * * *
兄はアウトドア派で小さい頃から父や友達とよく出かけていた。それに反比例するようにインドア派だった私は家でお絵描きをしたりアニメを楽しんでいた。
とある休日。いつものように好きなアニメの録画を再生していると予定よりも早く、兄が帰ってきた。
「ただいまー」
「遥⁉︎ おかえり」
そして、テレビ自体をあまり見ない兄に合わせて適当なチャンネルにしようと急いで停止ボタンを押そうとした。すると「すぐ部屋戻るから流していいよ」と言ってきたのだ。
珍しいなー、と思いつつも気にせずそのまま見ていると、あっという間にエンドロールが流れてきた。軽く背伸びをして立ち上がると、ふと背後に気配を感じて後ろを振り向く。
なんと、兄が静かに立っていたのだ。そして、兄はゆっくりと口を開く。
「このアニメ、なんてタイトル?」
今まで興味を示してこなかったアニメに対して気になって聞いてくれた嬉しさと、突然の出来事に少しの戸惑いはあった。
それでも見ていたアニメのタイトルを告げると「ありがと」と呟いて、今度こそ兄は部屋に帰っていった。
そして約半年後、兄はすっかりアニメの沼に落ちた。
さらに、何よりも予想外かつ衝撃的な出来事だったのが、高校と両立しながら声優養成所に通うと話してきたことだ。
両親は反対することも無く、私自身も兄のしたいことについて、とやかく口を出すこともなかったので、兄は当初の予定通りに上京して養成所に通い始めた。
あれから数年後。兄は現在も所属している声優事務所ダイヤモンドダストの所属オーディションに合格。
声優『霜月 遥』になったのだった。
* * * * *
「──それにマネが、葵斗さんが断言するなら大丈夫だ。
俺が事務所に入れたのは葵斗さんが推薦してくれて『絶対に霜月のような存在が必要だと思う。霜月は輝きを持っている』そう言って俺を信じてくれたから。
その与えて貰ったチャンスを活かせるかは勿論実力次第で、当時も今もプレッシャーがあることは変わらないけど、これからも期待に応えられる声優であり人物でいたいと思ってる。
だからこのチャンスを掴むも離すもお前次第だ。冬羽」
「冬羽ちゃん、改めて頼むよ。僕たちには霜月冬羽が必要なんだ。
一緒に見つけに行こうよ、君の輝きを」
2人の声が脳内でこだましながら、思考は駆け巡っていた。私はこのままで本当に良いのか、と問いかけるように。
小さい頃から私の想像すらもはるかに超えるずっとずっと先を行く兄。
何故なら兄は天才と呼ばれる存在だからだ。物心ついた時に周りの反応を見て、これは当たり前じゃないと理解はしていた。それはこれまでもこれからも変わらない事実。
それでも、同じ血が流れる家族だから今は開花していないだけで私にもきっとある、と信じていた頃もあった。そして思い知った。
テストは全教科100点、スポーツも万能な文武両道。文句も言えないくらいに完璧で何をしても期待以上。
天才という言葉はまさに霜月遥の為に存在すると言える。
このままでは兄を追い越す所か、
そして、普通の妹である私には天才の隣にいる資格も無い。結果は分かり切っていることだ。…それでも。
もしも、決まっている運命ですら変えることが出来るのなら。
私は、まだ見えぬ輝きを手にしたい。少しでも兄に相応しく、自分に誇りを持てる存在になって前に進みたいと本心は強く訴えていた。
(───決めた。私は、やっぱり輝くことを諦めたくない。だから!)
「……2人共、ありがとうございます。私で良ければ、精一杯頑張らせてください。
よろしくお願いします」
待ちに待った答えを聞いた一ノ瀬さんの表情は、一瞬で満面の笑みに変わる。そして、感謝を伝えられた流れで「じゃ、契約のことだけど…」と早速、契約の話に入ろうとしてくる。流石、敏腕マネージャー兼プロデューサーだ。
ほぼ勢いだけで決断が変わる前に進めたいのは分からなくもないが、その前に1つ。私には、どうしても気がかりなことがあった。
「あの、とりあえずご飯、食べませんか?」
兄が追加で頼んだ
しかし、こういうお店のご飯は冷めても美味しい印象があるのだが、それでも直ぐに戴くのがお互いにとっての幸せであると思う。
「あっ、ごめん。折角、頼んでくれたのに冷めちゃたよね。僕が責任持って奢るよ。後、追加で食べたいものあったら何でも言って」
「「ありがとうございます」」
普段は意識しないと無理なのに、こういう場面では無意識でもぴったり揃って返事をするのが実に私達、兄妹らしい。
また正面を見るとメニュー表を持ってどれを頼もうかと眺めている兄の姿があった。
ちなみに気づいていなかっただけで目の前の皿は空っぽ。2人で話し込んでいる間にすっかり平らげてしまったらしい。それでも浮かべる表情は食べたことへの満腹感だけには思えず、どこか安心しているような表情にも感じた。
私がその様子をじっーと観察していると、ふと、こちらと視線が合わさって兄は口を開いた。
「これからは同じ事務所ってことで。公私共々宜しく」
「…こちらこそよろしくではあるんだけど、別に仕事が一緒になる機会は、ほぼ無いんじゃ…? けど、声を届けるお仕事という意味では同じだから、いつかはそういうことにもなるのかな」
「まぁ、プロジェクトの先輩であるサキは声優とVTuberを両立して活動してるし、0%では無いと思うな。というか、そもそもユニットや個人の活動方針はこれから話し合って決めるからまだ分からないけどね。
2人共、追加の料理が来る前に早く食べちゃおう。あっ、その前に乾杯しないと!」
一ノ瀬さんの音頭で兄妹はグラスを手に持つ。
「それでは。冬羽ちゃんの新たな出発が良いものになることを願って、遥のシスコ…じゃなくて、しつこいくらいの心配性がさらに悪化しないことを切に願って!
そして、これからの2人のさらなる発展と輝きに──乾杯」
抑え目に、こつんとグラスをぶつけて一気に烏龍茶を飲み干す。それを見て私も林檎ジュースを口に含む。口内に広がるさっぱりとした甘さに心まで満たされていく。
そして私はこの林檎ジュースの味も、最初の輝きをやっと掴むことが出来たこの夜を忘れない。いや忘れたくない。そう思った。
* * * * *
「へー、新メンバー面白い感じになってるじゃないか。流石だよ、一ノ瀬。君にプロデューサーを任せて正解だった」
「ありがとうございます。三ツ
三ツ星は書類をひらひらとさせながら最大限の賞賛を送る。まさに飄々とした態度ではあるが、これでも数ある中で名だたるトップ声優や所属を希望する人が絶えない声優事務所に成長させた張本人でもある。
「それにしても、これからが楽しみだね。特に
鋭い言葉は今まで様々な人たちを試してきた一方で、誰かを救ってきた。それが目に見える形になったのが『Project étoile』であると一ノ瀬は感じていた。
「三ツ星社長が仰られることも分かります。彼女は普通な上に、兄である遥がいる限り輝くことは難しい。それでも、彼女の声を聞いて見えたんです。輝きが」
「輝き。──君は霜月遥を選んだ時と同じことを言うじゃないか。まぁ、だからこそダイダスのマネージャーとして、プロデューサーとして相応しい。それじゃ、これからも期待させてもらうよ。天才君?」
*****
一ノ
×月×日
彼女はダイヤモンドダスト所属の声優、霜月遥と兄妹であり実の妹である。その事実をいつ公表するか悩ましい。マスコミに報道される前に公表した方が良いのか…。今後も慎重に検討するべきだ。
また彼女は三ツ星社長が仰られたように普通だ。しかし、言葉を変えれば期待や成長枠と考えられるのではないだろうか。勿論、そこで終わらせる訳にはいかない。
必ず霜月冬羽には輝きがある。三ツ星社長、遥、そして冬羽が信じてくれた期待に応えるべく精一杯プロデュースすると改めてここに誓わせて欲しい。
皆の力を合わせて宇宙1の輝きを目指そう。
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