第2話 偶然と奇跡と兄

「お前はよく頑張った。えらいよ…うっ……」


 1人、公園のベンチに座り項垂れながら呟く。なんと結果は───2次審査落ち。ある意味妥当。そもそも書類審査が通っただけでも奇跡だった。大して特出した部分が無いため逆に目を引いたのだろうか。それとも……駄目だ。このままでは反省会が始まってしまう。「よし!」と勢いよくベンチから立ち上がる。帰りの新幹線まで時間あるし、思いっきり楽しんで切り替えよう。


 私はずっと行きたいと思っていたカフェやショップの場所を検索するため、スマホの電源を入れた。するとメッセージアプリに、よく見知った人物からメッセージが届いていた。


『結果分かったら連絡して』


「そういえば今日オーディション受ける、って伝えてたんだっけ」


 私には兄がいる。昔からとても優秀で完璧で、時々嫌になるけど不思議と嫌いにはなれないそんな兄。心配性らしく、今回1人で東京に来る話を聞いて異常なくらいに心配してくれていた。ただ私自身も初めて新幹線に乗ることなど、とても緊張していたのでこれくらいに心配してもらうと1周回って落ち着くことができた気がする。


 ちゃんと結果を出せれば迷惑をかけた分、恩返しになるのだろうか。しかしここで嘘をついても仕方ない。正直に入力して若干の躊躇いの後、送信する。


『2次で落ちたよ。帰りまで時間あるから観光して帰る』


 タクシーから降りると、早すぎたと思いながらも駅に到着する。右手にはテンションが上がり買いすぎてしまったグッズが入った袋。私は最早吹っ切れたこともあり、これでもかと充実した時間を過ごしていた。

 泣く泣く諦めていた限定グッズ、たまたま空席があったコラボカフェでドリンクとパンケーキを堪能。改めて思うが東京は凄い。


 そんな思い出に耽けながら壁際でスマホを確認する。やはり帰りの新幹線までまだ時間がある。さてこれからどうしようかと悩んでいる時、電話が鳴った。ビクッとしながら名前を確認してボタンを押した。そのまま耳に当てる。


「もしもし。どうしたの」


「どうもこうも無い! …メッセージ、なんで無視した。冬羽とわに何かあったんじゃないか、って心配してた」


アプリを開いて見ると20件以上メッセージが届いていた。


『そっか。了解』

『時間あるなら飯行かない? 仕事リスケになって暇だし』

1分後『行かないでもいいからとりあえず連絡して』

5分後『連絡、して』『連絡』

さらに5分後『生きてる?』


数々のメッセージに何とも言えない気持ちを抱きつつ再び話し始める。


「……ごめん。スマホ見てなくて気付かなかった」


「いやこっちこそ。なんか、ごめん。いつもはすぐ既読付くから何か…焦ってたみたいだ。

 それで、飯のことだけど…遅くなったし夕飯一緒にどう」


 しかし帰りが間に合わないと言おうとすると付け足すように「折角だし家泊まっていけば?払い戻しとか新しいチケット、こっちで用意するし」と、ぼそっと呟く。


 たまにはいいのかも。最近は一緒に過ごしたり、ご飯をする機会も無かった。お金も払って貰えるなら助かるし。


「分かった。夕飯行こう。どこ行けばいい?」


「とりあえずそっちに合流するよ。場所言って」


今いる駅名を告げると少しの沈黙が流れた後、


「×分くらいで着くと思う。じゃ、また後で」


と、直ぐに電話が切れた。


* * * * *


 これが料亭の個室…。当然、漫画やアニメでしか見たことがない。そんなお店に兄から提案されて食事に来るなんて小さい頃は想像もしていなかった。いや、そもそも兄が現在の職業をしていること自体が少し意外だった。


「とりあえず前に食べて美味かったのいくつか頼んどいたけど…それでいいよな」


「うん、ありがとう。それより凄いね。こういうお店よく来てるの?」


「そんなに。ここに来たのは3回目。先輩に連れて来てもらったのが初めてで、2回目はその先輩とまた食事を一緒にさせてもらって、どこ行くって話になった時に『ここの店がいいです』で行ったのが最後で、今が3回目」


「そうなんだ〜」と返事をしながら、こっそりとスマホでお店の名前を検索。メニューも載っていたのでタップしてみると、かなり高額な値段が見えて内心冷や汗が出る。

 これを分かった上で選んだのはだいぶ肝が据わっているというか本当に学生を連れてきていいようなお店なのか⁉︎ …まぁ、兄は昔から何かと良いと感じたものはシェアしたがる性格だったので、可笑しくはないか。

 実際に私も、兄の影響で小説以外に漫画も読むようになった。逆も然り、私からおすすめしたアニメに兄がどっぷりハマっていたこともあった。結果的に兄の人生は大きく変わったのだが。


 そんな感じで昔を懐かしんでいると料理が運ばれてきた。美しい盛り付けに思わず感嘆の声を漏らしていると兄の携帯が震えた。表示された名前を一瞥する。残念そうな顔をしたように見えたが瞬きをした時にはいつも通りの表情に戻っていた。


「ごめん、マネージャーから電話。緊急かもしれないから出てくる。先食べてて」


 急いで立ち上がると返答を聞かず、携帯を握り締め「もしもし…」と言いながら部屋を出て行った。


 私はぽつんとした部屋で箸を取る。兄、だいぶマシにはなったがもう少し愛想良く出来ないのだろうか。それとも私が見たことが無いだけで、実はニコニコしながら過ごしていたり? そうだとしたら流石に心にくるものが…。

 母に相談したこともあったが、その時は「冬羽が大好きだから、あんな感じなのよ〜」なんて言っていたけどそんな訳がない。だっていつもいつも……あれ? 別に意地悪してくることもなく何なら助けてくれることが多いような。もしかして、もっと構ってほしいとか。だけど兄に限ってそんなことは無いはず。

 私はもやもやした気持ちを抱えながら天ぷらを口に運び、またもや感嘆の声を洩らしていた。

 また1つ、新たな天ぷらに箸を伸ばした時、兄が部屋に戻ってきた。そして開口1番にこう言ってきた。


「冬羽、今からマネージャー合流するけど大丈夫だよね。宜しく」


「──はぁぁぁ⁉︎」


「初めまして。お兄さんのマネージャーを担当しています。株式会社ダイヤモンドダストの一ノ瀬 葵斗あおとと申します。よろしくお願いします」


そう、兄の職業はだ。


*****

霜月 遥 (しもつき はるか)

職業 声優

所属事務所 ダイヤモンドダスト

生年月日 ××××年6月10日 (22歳)

特技・趣味 スポーツ全般、ランニング

出演作品 Ideal × Days、テクニカルノヴァ、…

*****


「あっ…頂戴いたします」


 よかった。面接を受けるにあたっていろいろと気になり、インターネットで調べて見つけたネット記事『どんなマナーもこれでcomplete』を読んでおいた甲斐があった。しかしながら、返せるような名刺は持っていないのでとりあえず口頭で名乗る。


「兄がお世話になっております。…妹の霜月しもつき 冬羽とわです」


 頑張って目線を合わせようと顔を上げると、やっと目が合いましたねと言わんばかりに微笑みかけられる。困惑しつつ、こちらもぎこちない笑顔をつくる。


「君がはるかの妹さんか〜。実際に会ってみると、やっぱり兄妹だね」


「?」

 

 一ノ瀬さんも合流して、追加の料理や飲み物が運ばれてくる。仕事終わりと聞いていたのでお酒でも飲むのかと思っていたが、頼んだのは烏龍茶だった。そして兄もそのことが疑問に思ったようで隣の一ノ瀬さん側のテーブルを見る。


「マネさん今日酒飲まないんですか」


「…うん。があるから止めとこうと思って」


「大変ですねー。マネージャーとなると」


「遥、僕はお世辞を言われるほど天才じゃないよ」


「確かにー」


 マネージャーという職業は、やはり大変そうだ。どんなことをしているのか気になり、話を聞いてみるとスケジュール管理だけでなく営業や交渉、現場に同行するなど、ひと言でサポートと言ってもキリが無い。


「毎日忙しいけどそれ以上に、やり甲斐もあるし楽しいからね。それよりさ、僕の仕事のことより冬羽さんのことを聞いてもいいかな?」


「私ですか。別に面白い話は無いですよ」


「いいんだよ。是非是非聞かせてほしいな普段はどんなことをしてるの?」


 そうしてぽつぽつと話し始めた。職業は学生であるが今は学校に通っていないこと。趣味や特技、自分はどんな性格であるか、声優という職業に対してどのように思っているかなど。まるで午前中に受けた面接のようだった。

 しかし明らかに違ったのは心の距離感と見守るような優しい眼差しだ。

 オーディションでは、沢山の人から「これだ!」という輝きを見抜く為に厳しい審査が行われていた。私は2次審査で終わってしまったが、合格した場合はそのまま最終審査で実技審査もあったはずだ。当然、セリフを読むなんて経験は教科書の音読くらいしかない。経験者も多くいたであろうし、そのような人を選ぶのは何も間違っていない。

 ただ、何故だか悲しく…とても悔しかった。


「なるほどね……」


 ひと通り話を聞き終わり、悩み事でもあるのか腕組みをしながら思考しているようだった。1分程経った時、「うん。そうだよね」と自分に問いかけ肯定するような独り言が聴こえる。


 すると突然、すくっと立ち上がり私の隣に座った。一ノ瀬さんの行動にびっくりしてそのまま固まり動けずにいると、兄に気に留めることもなくこちらに話しかけてきた。


「今の『Project étoile』には君、霜月冬羽が必要なんだ。頼む! 一緒にオンリーワンの輝きを目指さないか」


 またか、という表情をする兄にその時は気づかず、私は一ノ瀬さんの驚きの提案に困惑を隠せずにいた。

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