声を届けるお仕事です。

雪兎 夜

1章 原石の輝き

第1話 桜の招待状

「──それでは最後にもう1つ、質問しても宜しいでしょうか?」


 画面越しでも伝わってくる偽りのない笑顔。まさに天真爛漫という言葉がぴったり似合う彼女は元気よく頷きながら返事をする。


「はい!」


「ありがとうございます。それでは、この番組のテーマでもある『夢を叶えたい』と思う人に向けて、ひと言お願いします」


少し考える素ぶりを見せた後、先程よりも真剣な表情でカメラを見つめて彼女は答える。


「そうですね〜。今日お話をした通り、私はちょっぴり特殊な方法で2つの活動をしています。

その活動に対して沢山の人たちが応援してくださる中で、インターネットなどでは様々な意見もいただきます。

 ただ、それでもやってみて良かったなって、今でも思うんです。大好きな仕事を諦めずに続けることが出来て。何より、と〜〜っても楽しいんです! その楽しい時間を感じたくて、今も両方の活動を続けているのかもしれません。

 勿論、夢を叶えるためには苦しいこととか理不尽なこともあります。だって、それが大人の世界で、それが好きなことなら見たくない現実を見ることになる…。それでも叶えたいと思ったから私はここにいるんだと思います。そして何よりも声を届けたい。そう願っていたから。

 だから! あとは、満開笑顔で全力で進めばOKです!」


 頭の上で彼女はOKポーズをしながらゆらゆらと揺れる。正直あざとい。しかし嫌ではないのは彼女が纏う雰囲気だろう。


 そしてOKポーズをしていた両手を前に広げてると屈託のない笑顔で言葉を続けた。


「さぁ、後悔するよりもまずは動いちゃいましょ。遠回りだとしても夢への道は必ず繋がってますから。私が! 保証します」


 たっぷりと話して満足したのかカメラに向かって彼女がニコッと微笑む。恐らくこの微笑みで心を奪われる人は多いのだろうと簡単に推測できる。


 インタビュアーも話し終わったと認識したようで「ありがとうございます」と感謝を述べて締めに入る。


「それでは、時間も少なくなってきましたので告知をお願いします」


「あっ、はい!

 現在、私が所属している声優事務所ダイヤモンドダストではバーチャル複合型プロジェクト『Project étoile』に参加してくださる方を大募集中です。ここから一緒に輝きと声を届けませんか? 詳細は公式サイトからご確認ください」


「以上、本日のゲストは声優・VTuberとして活動されている桜花おうかサキさんでした。続いてはこちらのコーナーです──」


 私はテレビのボリュームを落とし、こたつに置いてあるスマートフォンを手に取る。そのまま検索窓に『声優 ダイヤモンドダスト』と打ち込み検索ボタンを押すと、トップで声優事務所ダイヤモンドダストの公式サイトが出てきた。早速タップしてスクロールしていく。


「プロジェクトエトワール……これか」


 テレビで紹介されていた『Project étoile追加メンバーオーディション開催中』の文字が目に入る。


 ちなみに主な活動として書かれているVTuberとは、ひと言で表すと仮想バーチャルの姿を用いて特定のプラットフォームをメインに活動する者を指す。しかし、昨今は他のプラットフォームで活動していてもVTuberと表すことが当たり前となっている。


 ここなら私も…と思った、その時。桜花サキの言葉がフラッシュバックした。


 (『満開笑顔で全力で進めばOKです』か……。あの時の私には出来なかったこと。だけど、過去に戻ってこの言葉を聴いたとしても変えることは…)


 そして蘇るのは決して満開には程遠い、とても苦しい記憶だった。


* * * * *


 高校2年の後期。前期を務めた人以外にしてもらうことになったは良いものの立候補者がいないからと、くじ引きで決まった学級委員。それが私。最後までとことん運が味方しなかった。

 話し声が響く教室。誰も黒板の前に立つ女の子の声を聞こうとしない。最早、存在していないように。冷たい空気は手足の感覚を奪っていく。時間が経ちスーツを少し着崩した様子の大人が教室に入ってきて呆れたように話しかけてくる。


「まだ決まってなかったのか。もうすぐ最高学年になるのにこれじゃ話にならないな」


「せんせーい、言ってやって下さいよ、こいつ全然進めようとしないんです」


 刺々しい文句、クスクスとした笑い声、机に突っ伏して寝る人。今でも思い出す、忘れることの出来ない光景。


 それから、私は声を出すことが出来なくなった。


 このようなからかいなどよくあること。そう割り切ろうと思っても心は追いつかなかった。それからは前に立つことも無くなり、クラスメイトの中で1人はいるであろう教室の隅で本を読む子になった。できるだけ目立たないように。そのことだけを考える時間が過ぎた。


 しかし自分の心に偽ることはそう長くは続かず、ある日突然、壊れてしまった。


* * * * *


 (──私は届ける資格なんてない。分かっているはずなのに、なんでこんなにあの輝きの中に居たいと思ってしまうのだろう)


 無意識の内に手は動き、募集要項や活動内容を軽く確認して、募集フォームに個人情報を入れていく。その中には家族構成の欄もあった。続けて志望理由や特技などを入力して最後の質問まで辿り着く。そして誤字脱字が無いか最初からゆっくりとスクロールしていく。


「まぁ、応募すること自体はタダだし。とりあえず…!」


 1番下にある送信ボタンを勢いのまま押す。『応募は完了しました。一次審査通過者には×日までにこちらから連絡致します』などと書かれたページが出てきた。


 ページを閉じた後、メモアプリにオーディションについて一応書き残しておく。

 そしてスマホの画面を暗くしてすぐ側に置いて寝転がる為、こたつに潜り込む。すると思いのほか集中していたのか、体温が上がってきたのか。あっという間に眠気が襲ってきた。


(1時間だけ寝よ……)


 応募して暫くの時間が経った。お風呂上がりにSNSをチェックするためスマホの電源を入れるとメールに①と光っている。新着だと気づき開いてみると、例のオーディションの一次審査通過の知らせが届いていた。

 正直、驚きだけでは収まり切らない出来事だったのだが、その後2次審査のため1人で東京にある事務所に行くことに苦しめられたのは、また別の話。

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