第4章 アラル砦決戦

第1話 開戦

【アラル森林 補給路】


月明かりに照らされたアラル森林。

その林道をズメイ率いる第2遊撃隊が進んでいる。

第2遊撃隊は竜人族のみで構成され、全員が魔法を使える強力な部隊だ。


彼らは何度もこの林道の脇に潜伏し、エルナーゼ王国軍と戦ってきた。


「全員、そのまま前進だ。今日の目的は敵の補給隊ではない」

ズメイたちは林道の脇を素通りし、奥にある切り立った崖へと向かった。



「ズメイ様、ポイントに到着しました」

「よし、我ら第2遊撃隊の力を人間共に思い知らせようではないか」


砂よ、踊り狂えサンドストーム‼」

雨水よ、我らに恵みをウォータークリエイト‼」


切り立った崖に陣取った彼らは一斉に魔法を発動した。


土砂を動かし、空いた隙間に大量の水を注ぎこむ。

崖の地盤はどんどん緩んでいく。


数分後、辺りに低い地鳴りのような音が響き始めた。

小石が砂を巻き込んで勢い良く転がっていく。


「ズメイ様、始まりました!崖崩れです!」

「タカアキの言っていた通りだな!撤収するぞ!」


ズメイたちがその場を離れてすぐ、崖が崩れ出す。

一度始まった崖崩れは簡単には止まらない。


舗装されていた林道は土砂で埋め尽くされ、数十メートルにわたって泥に埋まった。


この日、アラル砦とロンテの街の交通路は完全に遮断された。


◆◇◆◇◆◇◆

【アラル砦 城壁】

リューグは最悪の目覚めを経験していた。


夜明けとともに魔王軍が出現。

魔物の数は遠目からみても1000を超えている。

彼らはこれまでのようにバラバラに突撃するわけではなく、黒騎士を中心として陣形を組んでいた。


さらに悪いことに、がけ崩れによって補給路が断絶したとの情報が入ってきた。



これらが意味することはただ一つ。

魔王軍は本気でアラル砦を落としに来ている。


アラル砦の兵数は500。

無補給で2倍以上の敵と戦わなければならない。

アラル砦守備隊はかつてない脅威に直面していた。


戦略の時点で敗北している。

城壁から魔王軍を眺めたリューグの偽らざる本音だった。



リューグが冷や汗をかく中、ムレヤの能天気な声が響く。

「城門前には3つの柵に加えて多数の落とし穴がある。砦の城壁も高い。何も心配することはない。この防衛戦の指揮は私が取ろう」


まさか、まだ危機的状況を理解できていないのか?


リューグは啞然あぜんとしながら、ムレヤの横顔を見つめる。

だが、ムレヤはリューグの視線には気づかない。

それどころか調子に乗りまくっていた。

「この防衛戦で勝利すれば、これまでの不手際も帳消しになる。これは天恵だ!」


◆◇◆◇◆◇◆

【魔王軍 アラル砦攻略隊】

俺たちアラル砦攻略隊は深夜にライン川を渡ると、一気に進軍。

夜明け前、アラル砦を包囲した。


城壁の上を兵士たちが慌ただしく動いている。

ようやく俺たちに気が付いたらしい。


「レーナ、各種族の様子はどうだった?」

最終確認に向かったレーナに問いかける。


「みんな準備できてる。タカアキのおかげで食料に困ってないしね。いつでも行けるよ」

レーナは笑顔で返答した。

魔王軍の士気は高い。


遠征軍の食料準備。

各種族のリーダー決め。

補給隊の襲撃。

すべてこの日のために準備をしてきた。


さらにアラル砦攻略に向けて、

オーク・ゴブリン・リザードマンに対して新たな戦術も教え込んだ。


恐れることは何もない。


俺は全軍を見渡すと、拳を天に突きあげた。

「この日ここから、敗れ続けた魔王軍の歴史は変わる!全軍前進!魔族の力を示せ!」

魔物たちから鬨の声が上がる。

開戦の火蓋が切って落とされた。





「弓隊構え!魔王軍を皆殺しにしてやれ!」

魔王軍が射程圏に近づいた段階でムレヤは弓兵に命令を下す。


風を切って飛翔した数十本の矢が魔王軍の手前に突き刺さる。

多くの魔物がたたらを踏んで立ち止まる。

まだ魔物に命中する矢は少ないが、確実に勢いをそいだ。

魔王軍からの弓矢による反撃はない。



この世界の戦いは通常、矢の撃ち合いから始まる。

軍同士がぶつかり合う前に、敵軍に矢を放ち、その陣形を乱すのだ。


しかし、魔王軍には弓兵がいない。

これまで魔物たちは一方的に矢を撃ち込まれ、大きな被害を受けてきた。


「弓も扱えぬ動物どもが。栄えあるエルナーゼ王国軍に勝てるとでも思ったか!」

ムレヤは魔王軍を嘲笑する。


「敵右翼、突出してきます!」

見張りの叫びに目を向ければ、確かにオークを中心とする一群が距離を詰めてきている。

だが、敵が砦に近づけば近づくほど、守備隊が放つ矢の精度は上がる。


無駄なあがきだ。

「オーク共に集中して射かけろ!奴らは皆殺しだ!」

有頂天で命令を下したムレヤの目に映ったのは、密集して整然と盾を構え、矢を弾き飛ばしたオークたちの姿だった。




「皆殺しだって。リキー兄さん、僕たちずいぶんなめられてるね」

密集陣形の中で、プトーが器用に肩をすくめる。


弟の言葉に、リキーは獰猛な笑みを浮かべる。

「プトー、タカアキが教えてくれた密集陣形は強い。このまま前進するぞ。オーク重装歩兵隊の力、思い知らせてやる!」


密集陣形は「剛」の戦術だ。

部隊の持つ力を一つにまとめて戦う。


人間よりも強い肉体を持ち、仲間意識の強いオークたちにとって、まさにうってつけの戦術だった。


落とし穴を踏みつぶし、柵を盾で押し倒す。

オークたちの進撃が始まった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る