第9話 開戦前夜
「大型防具200着、製作完了。オーク族の戦士全員に届きました。続いてゴブリン族用小型防具の製作に入ります」
「糧食を荷馬車に積み込め!補給は命だぞ!」
アラル砦侵攻を控えた魔王軍は、上へ下への大騒ぎだ。
喧噪の中、俺と魔王は大広間にいた。
「タカアキ、改めてここまでよくやってくれた。我から2つの褒美をやろう」
「褒美は族長会議への出席で頂いたはずですが?」
「我は元々お前を参加させる気だった。褒美にはならん」
魔王はかぶりを振って指を鳴らす。
次の瞬間、床一面に草が積み上った。
「我が作った薬草だ。傷の治療に使える。我は戦場に出ることが出来ぬ。だからこのぐらいのことはしておきたい」
「ありがとうございます。多くの兵士が救われるでしょう」
医薬品は多ければ多いほどいい。
魔王からのプレゼントは嬉しい誤算だ。
2つ目の褒美にも期待できるかもしれない。
「それともう一つ、お前を故郷に帰してやろう」
なんだと……
そもそも俺を召喚したのは魔王のはずだ。
どういう風の吹き回しだ?
「故郷……とは?」
「とぼける必要はない。お前が“日本”という場所に帰りたいことは知っている。ヘカティナ様から聞いたのだ。我もお前と同じく
女神との会話が筒抜けだった。
彼女に情報保護の概念はなかったらしい。
「召喚魔法は遠方から望む生物を呼び出し、支配下に置く魔法だ。我は知恵のあるものを望み、その魂に黒騎士の身体を与えた。追い詰められていた我は、他所の世界から呼び出される者に故郷があることを失念していた」
「我のやったことは拉致監禁だ。これではアラル砦で魔族の捕虜をいたぶる人間たちと変わらない。謝って許されることではないが、すまなかった」
魔王が頭を下げた。
姿勢にぶれがない。謝罪は本心からなのだろう。
魔王の言葉は続く。
「本当ならすぐに召喚魔法を解き、タカアキを帰すべきだ。だが、我は魔王として魔族のため、お前に頼まなくてはならない。アラル砦の戦いだけは指揮を執ってもらえないだろうか」
……
俺が黙っていると魔王が必死の形相で訴える。
「あまりにも厚顔無恥なことは承知している。しかし、今の魔王軍にはお前が必要なのだ!」
「本当に帰してくれるのか」
魔王の目を真っ直ぐ見つめて問いかける。
魔王が俺を騙してより強い支配関係におこうとしている可能性もゼロではない。
納得できる返答がなければこの話は蹴ろう。
「我は噓をつかない。魔王と産みの女神ヘカティナの名に懸けて誓おう。アラル砦の戦いが敗北に終わったとしてもお前を元の居場所に帰す」
「負けても故郷に帰す?本気で言ってるのか?」
「戦いに敗北すれば我らはほとんどの戦力を失い、滅亡する。残ってもらっても無駄死にだ。我々の破滅にお前を巻き込むわけにはいかない」
「わかった。アラル砦の戦いは俺が指揮を執る。ただし、俺は負けて終わる気はない。魔王城で吉報を待ってろ」
こうして俺はアラル砦攻略戦へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アラル砦西方の街ロンテ。
軍人と民間人、多くの人間が行きかう活気のある都市だ。
街の酒場に大きなバトルアックスを担いだ大男と、ひげを生やした老司祭の姿があった。
大男は手に乗った伝書鳩を撫でながら話し始める。
「アラル砦に行ってくる。なにやらきな臭い知らせが来たもんでな」
「正式な軍の要請じゃないんだろう?そもそも今更魔王軍に何かできるとは思えん。誰かのいたずらじゃないのか?」
「手紙には中隊長印が押されていた。立場ある人間の頼みってことだ」
「だとしてもそいつが錯乱しただけかもしれんぞ?」
「そう思うならお前は留守番してろ。俺は一人でも行く」
意思を曲げない大男に老司祭はため息をつく。
この男は昔からフットワークが軽すぎる。
こうなれば彼は止まらない。
「まあ待て。儂はいかんが、お前について行く冒険者を募ってやる」
「助かる、報酬は俺が出す。相場の3倍にしてやってくれ」
そう告げると大男は席を立ち、店員を捕まえた。
「俺の酒代、あの爺さんにつけといてくれ」
老司祭の叫びを背に店を出て行く。
「叩き潰してやるよ、魔王軍」
東の空を睨み付け、勇者パーティーの1人、戦士スペイサーは歩き出した。
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