第5話 補給部隊襲撃 *人間side

◇◇◇◇◇◇◇◇

「前進、前へ!」


森林を切り開いて作られた街道を多くの馬車が進んでいく。


輜重兵のサマールはアラル砦への補給物資運搬の任務についていた。

新兵のサマールにとっては輜重兵としての初陣、初任務である。



輜重兵とは戦闘には直接参加しない代わりに、前線で戦う兵士たちに武器や食料、医薬品の運搬を警護する兵である。この兵がいることで前線の兵士たちは思う存分力を発揮できるのだ。



エルナーゼ王国軍は補給にも万全の体制を整えている。

どれだけ目的地が遠くても現地調達しか行わない魔王軍とは大違いで、

そこにサマールは知恵ある人間としての誇りを感じていた。



これから補給物資を届けるアラル砦は、先日も魔王軍の攻勢を撃退した。

アラル砦への補給任務は、魔王軍との戦いに勝利した勇敢な兵士たちを支えるもので、

輜重兵からの人気が高い。



初陣のサマールも例外ではなかった。

全力で任務を果たそうと、運ばれている荷物の数にズレが生じていないか入念に確認する。

「この馬車には小麦が20袋、矢が30束……」


「仕事熱心だな、サマール」

作業に熱中していると肩を叩かれる。


振り返ると、無精ひげを生やした貫禄のある兵士が立っていた。

その兜には小隊長を示す、小さな赤の装飾がついている。


「カリイ隊長! ありがとうございます」


「うむ、やる気があるのはいいことだ。だが、気負いすぎるなよ。お前1人ではなく、我々25人全員でこの輸送隊を守るのだからな」

そう言うとカリイはニヤリと笑い、その場から離れていった。



初めての輜重兵としての任務に緊張し、浮ついていたサマールは、

カリイ小隊長の言葉で落ち着きを取り戻した。



カリイ隊長の言う通り、今回の輸送では徴用した人足と馬車を、輜重兵1個小隊25名で警護している。

指揮官のカリイ小隊長自身はかつて前線で分隊長をしていた叩き上げ。

少々のことではビクともしないだろう。



そもそもアラル砦への補給任務は危険度の少ない、とても安全なものだ。

魔王軍は正面の敵に襲い掛かるしか能がなく、後方地帯を襲うことはないので注意する必要はない。しかも魔王軍は砦での戦いに敗れ、魔王城に引きこもっているらしい。



警戒しなければならないのは野盗か野生動物ぐらいのものだが、軍に襲い掛かる命知らずな野盗は滅多にいないし、多くの人間が集まっているので動物もほとんど近寄って来ない。



隊長に従い、冷静に行動しておけばなんの問題もない。

このときサマールは自分の考えが、砂糖菓子よりも甘いとは夢にも思っていなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇


警護四日目、サマールたち補給部隊はいつものように街道を進んでいた。


それは唐突に起こった。


炎の矢よ、焼き尽くせファイアアロー

街道を進んでいた馬車の中心に火の手が上がる。それと同時に前方から多数の投石。


「なんだ、どこから攻撃してきたんだ!」

「森に魔物がいるぞ!ゴブリンどもが石を投げてやがる!」

「魔王軍がどうしてこんなところに!? 砦は落とされていないはずなのに!」


突然の攻撃に逃げ惑う馬車の人足と輜重兵たち。

誰もが慌てふためいていた。

さやに入れたままの剣を振り回す者もいる。



混乱から立ち直ったのはやはり歴戦のカリイ小隊長だった。


「小隊、輪形陣!抜剣し、馬車を守れ!!」

浮足立った兵士たちを一喝し、統制を取り戻す。



新兵のサマールは転げるようにして配置についた。



防衛陣形の完成とほぼ同時に、森の中から魔王軍が飛び出してきた。

先頭に立って突撃してきたのは黒騎士。

まるで夜の闇がそのまま現れたかのような黒い身体。



黒騎士の前方に位置した兵士が剣を突き出そうと動くが、構えることすらできずに両断された。


一瞬の惨劇。

悲惨な光景を目の当たりにした他の兵士たちは唖然とする。


悲劇を起こした黒騎士は魔物たちに指示を出す。

「ダナソ、リザードマンを率いて敵陣の外にいる馬を突き殺せ! 馬車の足を潰すんだ! リキー、プトー、二人はオークたちを連れて俺に続け! この防御を突破する!」


次の瞬間、サマールたちは地獄のような戦いに突き落とされた。

たたでさえ奇襲を受けて不利な上に、無防備な馬車を守りながら戦わなければならない。


それでも、防御陣形を組んだサマールたち、人間の兵士は必死で抵抗した。


だが突撃してくるオークたちの勢いが強く、どんどん押し込まれてゆく。

頭上からは投石と、炎の魔法が撃ち込まれ、反撃もままならなかった。


そしてなによりも、先頭に立つ黒騎士が止められない。


轟音とともに振るわれる長剣。

防具も兜も関係ないように切断された。


今もまた、飛び掛かった兵士が一撃で倒される。



奴は怪物だ。勝てるわけがない。

眼前に迫った黒騎士を見てサマールは絶望する。

「た、助け、――

目を閉じ、へたりこんだサマールの頭部に長剣が振り下ろされる直前、



「我こそはエルナーゼ王国軍、輜重部隊第3小隊隊長、カリイ・ファイス!」

「化け物め、これ以上、部下は殺させん! 貴様も騎士なら、俺と勝負しろ!」

大盾を構えたカリイ小隊長が飛び出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る