第4話 殲滅戦

槍を持った戦士たちは全員林にたどり着いた。

小屋にいる人間たちに動きはない。


リザードマンたちは川を渡り、任務を完璧に果たした。

今度は俺たちの番だ。



「タカアキ、わたしはいつでもいけるよ」

レーナの周囲が揺らいでいる。

魔力を練り上げているのだ。


俺は親指を立てる。

作戦開始の合図だ。


炎の矢よ、焼き尽くせファイアアロー

レーナが生成した炎の矢はこれまでで一番大きい。


放たれた火矢はライン川の上でエネルギーを失い、減衰する。

それでも速度は落とさず飛び続け、人間たちの小屋に着弾した。



次の瞬間、俺は遊撃隊を率いて突撃する。

「時間との勝負だ!!ゴブリンたちはオークに背負ってもらえ!人間たちが立ち直る前に距離を詰めるぞ!」


走り続けるが小屋までの距離が縮まらない。


今の水深は大した深さではない、せいぜい膝上程度だ。

だがその程度の水が俺たちの動きを阻害している。



見ると対岸の人間たちが火のついた小屋から飛び出してきた。

彼らは弓を持っている。

くそ!、敵ながら冷静で立ち直りが速い。精鋭だな。



弓を構えた人間の背後にリザードマンが鬨の声ともに突っ込む。

不意をうたれた人間の兵士は次々に串刺しになった。



しかし、数人の兵士がリザードマンから逃げながら矢を放つ。

明らかにリザードマンを無視し、俺たち本隊の到着を遅らせようとしている。

敵は戦略を理解している!


さらに悪いことに放たれた矢は、不運にも正確に俺たちの居場所へ向かってきた。

川を渡り切っていない俺たちにとって、矢は数本でも脅威だ。


「全員、前方警戒!矢が来るぞ。リキー、プトーは俺と一緒に前に出ろ!」

そう叫ぶと同時に、大剣を抜き放ち、身体強化ブーストを発動する。


「オオオオオッ」

気合いとともに、大剣で矢を打ち落とす。

リキー、プトーたちもこん棒で矢を打ち払っていた。


矢を放った人間たちにもリザードマンが迫っている。次の矢を射ることはないだろう。



俺たちが川を渡り切った時、

人間の兵士は地面に這いつくばって命乞いをしている者が1人いるだけだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇

命乞いをしている兵士を横目に、俺はリザードマンたちのもとへ向かう。


「ダナソ、よくやってくれた!被害はないか?」


「はい、負傷した者がいますが、命に別条はありません。軽傷です」


「わかった。負傷者には忘れずに応急手当をしてやってくれ」

そう告げると俺はダナソに薬草の束を渡した。


砦攻めの時、魔王軍はケガの治療なんて全く考えていなかった。

その結果、撤退戦で本隊についていけず、脱落する負傷者が続出した。

こんなことは2度とあってはならない。


そこで、遊撃隊には魔王城から持てるだけの癒しの薬草を持たせている。

これによって連戦になっても負傷者が戦列に復帰できる。


敵地での作戦を続けるにあたってこれ程ありがたいことはない。



「上手くいったみたいだね。タカアキの立てる作戦は本当に凄いよ」

オークの背中に乗り切れなかったゴブリンたちと一緒に川を渡っていたレーナが到着した。

彼女たちも上手く川を渡れたようだ。


「それで、あっちで騒いでいる人間はどうするんだい?」

レーナは顔をしかめている。

戦いを投げ出した相手を軽蔑しているようだ。


「今回の目的は敵の殲滅だ。だが、話だけでも聞いてみるとしよう」

そう言って俺は震える兵士の元へ向かった。



俺が前に立って剣を向けると兵士はすぐにしゃべり始めた。


「まて、待ってくれ!まだ死にたくない!死にたくないっ!!そ、そうだ俺を捕虜にすれば、エルナーゼ王国軍について知ってることを全部話す!だから殺さないでくれ!お前ら魔物のくせに頭が回るんだろ?俺の情報は役に立つぞ!」



魔王軍には情報が必要なのは事実だ。

だが彼の命乞いは聞くに堪えない。


「お前の仲間はみんな戦って死んだ。勇敢な戦士だった。それなのにお前は味方の情報を魔王軍に売るのか?」


「当たり前だ!俺は生き残れればそれでいいんだ。だいたいあいつらは規則、規則っていつもうるさかったんだ!俺は飯作ってただけだぞ、あんな奴らいなくなってラッキーだ!」


俺は感情を殺して事務的に対応する。

「それで、具体的に何を知っているんだ?」


「た、例えば…そうだ、砦には週に一度補給部隊の馬車がくるんだ。うまい飯や薬や包帯やらを持ってくるんだよ」


「どの方角から来るんだ」


「南東からだよ。そっちにデカい街があるんだ。な、役に立つだろう?武器も渡すから命だけは助けてくれ!」


……

「わかった。命の保障はしてやる。武器を寄越せ」

呼びかけながら近づいたとき


「バカが、死ね!」

ドスッ、


兵士の手から突きだされた剣が俺の胴へと吸い込まれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇


「ハハッ、ハハハッ、やった、やってやったぞ、馬鹿正直に近づいてきやがって!魔物ってのは本当に愚かだなあ」


確かに剣が黒騎士に当たった。俺はやったんだ!

命乞いをしていた兵士、カアードは有頂天になっていた。



カアードはここまで転落人生を歩んできた。

運よくロンテの町の衛兵として採用されたところまでは良かった。

しかし、彼の素行は余りにも悪く、遅刻や無断欠勤が相次いだ。

そして町の食料庫から糧食をくすねたことで、最前線のアラル砦へと懲罰兵として左遷された。


アラル砦での業務も真面目にこなさなかった彼は罰として、さらに魔王軍の領域に近いライン川の岸に立つ小屋へと送り込まれた。

ようは体のいい厄介払いだ。


(だが、こんな扱いももう終わる。俺は魔王軍の大物を倒した!後は貰った報酬で好き放題だ!)

実現するかはともかくこの時彼は、報奨金の使い道に思いを巡らせていた。


「それにしても、リューグ副長が気を付けろとかゴチャゴチャ言ってた黒騎士ってのも大したことなかったな」

カアードはそうつぶやくと、

呆然とたたずんでいる魔物たちを手で追い払う。


「おい、お前らのボスは死んだぞ、さっさと散れ散れ」



次の瞬間、川中に遊撃隊の怒号が響き渡った。

「よくもタカアキを、燃やし尽くしてやる!」

レーナが手のひらに炎をともし、


「ただでは帰さん」

ズメイが長槍を構える。


「てめえ、楽に死ねると思うなよ」

リキー、プトー兄弟はこん棒も持たずに、

素手でつかみかかろうとしていた。



彼らの気迫は到底カアードに耐えられるものではなかった。

震えあがったカアードはこの場にいない同僚達に当たり散らす。


「なんで、なんでだよ!魔物は強いやつが死んだら手下は全部逃げるんじゃなかったのかよ!砦のヤツら、俺に嘘ついてたのか!?」

(まずい、まずい!…このままじゃ一瞬で殺されるぞ…)


カアードは周囲を見回すが、逃げ出そうとする魔物は誰もいなかった。



その時、彼の背後から熱を帯びた声が響く。

「遊撃隊のみんなは、仲間を裏切るお前とは覚悟が違うってことだ」

倒れたはずの黒騎士が立ち上がっていた。


「な、なんでお前が生きてるんだ!…俺は確かに当てたぞ⁉」

カアードが悲鳴のような声で叫んだ。


そんなカアードにタカアキは冷たい視線を向ける。


「確かにあたってはいた。だが、それだけだ」

カアードの突き出した剣はタカアキの腹に確かに当たった。

だが黒騎士の厚い鎧に勢い殺され、ほとんど肉体に届いていない。

要するに、ただのかすり傷だった。



「やはり味方を裏切る者は信用できない。改めて確認できたよ。いい勉強になった」

それだけ告げるとタカアキは剣を振り上げる。


「待て、待ってくれ!俺は反省した!もう二度とやらない!だから命だけは---」


「お前の命乞いは聞き飽きた。さよならだ」

次の瞬間、タカアキが振るった剣がカアードを真っ二つに断ち切った。


小屋にいた人間たちは1人残らず殲滅された。

カアードの口から命乞いが発せられることはもう、なかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


不意打ちを受けたが、なんとか切り抜けることができた。

黒騎士の防御力のおかげだろう。


「傷の具合は大丈夫なのかい?」

野営中、刺された腹を治療していると、レーナが隣にやって来た。


「浅かったからな。出血も少ないし、問題ないよ」

笑いながら答えるが、レーナは顔をしかめている。


「レーナ、何か気にかかることでもあるのか?」


「タカアキを刺したヤツ、敵とはいえ、余りにも胸糞悪い奴だったなと思ったんだよ」


レーナの率直な言葉に俺は苦笑する。

「戦争をやってるんだ。兵士の中に酷い奴が混じることもある。それに会話自体は無駄じゃなかった」

確かに気分は悪いが、情報を引き出すことはできた。


「敵の補給路を捜索する手間が省けた。明日、砦南東の補給路を攻撃しよう」


前哨戦には勝った。

ここからが俺たち遊撃隊にとっての本番だ。

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