第3話 浸透戦

「タカアキ、今日はどのぐらい進むんだい?」

魔王城の城門をくぐったところで、レーナが聞いてくる。


「今日はライン川の対岸まで進む」


「ライン川?それはなんだい?」


「俺たちが人間の追撃部隊と戦った場所のことだ。これからはライン川と呼ぶことにする」


なんと、魔王城と人間の砦の間に流れる川にはこれまで名前がなかった。

というか、魔王軍の支配する場所には地名というものが全くない。


魔王城にいたズメイによると、

魔王軍には土地に名前をつけるという習慣がないというのだ。


地名がなければ、まともな作戦など立てられるはずがない。


そう抗議すると好きに名づけていいと返されたため、俺はライン川と名づけた。

魔王軍と人間の勢力圏の境界線だからだ。

なんとも安直なネーミングだが、ないよりはマシだろう。


「他の場所にも地名がつけられる予定だから、みんなもそのつもりでいてくれ」


「他の地名もタカアキが考えてくれるのかい?1人で大変なら私も手伝うよ」

レーナはやる気満々といった感じだ。


「いや、残りはズメイと魔王様に考えて貰っている。帰ったら教えてくれるはずだ」


「なるほど、それならわたしは戦いに集中するよ」



その後、俺たち魔王軍遊撃隊は休息を挟みながら行軍を続けた。

数時間が過ぎた頃、前を歩いていたオークたちがどよめく。

中でも一際大きな体格の兄弟、プトーとリキーが目を丸くしている。


「リキー見てみろ!日が暮れてないのに、もう川が見えるぞ!」

兄のプトーは興奮し、腕を振り回す。

彼の腕が示す先には穏やかな水の流れがある。

魔王軍と人間の領域の境界、ライン川だ。


「うん、驚いたよ。本当に到着するなんて…狩りをせずに歩けばこんなに進めるなんて知らなかった」

弟のリキーは対照的に落ち着きを取り戻し、はしゃぐ兄を見守っている。



遊撃隊の行軍は予想以上に順調だ。

前回の砦攻めと比べて倍近いペースで進んでいる。

やはり食事の心配がないことが大きい。

俺の魔王軍改革はひとまず成功していると言っていいだろう。



「日が傾いてきている。今日はあの川を渡ったら野営しよう」

遊撃隊の面々に野営を伝えると大きく士気が上がった。

やはり計画の通りに進めるのは気分がいい。


しかし、川を渡る時、軍隊の戦闘力は大きく下がる。気を抜くわけにはいかない。

「全員油断せず、対岸を警戒してくれ。」

俺は遊撃隊の面々にそう声を掛けると、気を引き締めた。


しばらくして、異常に気が付いたのはゴブリンだった。

「キシサマ、アッチ、ヒカッテル。」


彼らが指さすのはやや下流の対岸、木々が生い茂る林の入口。


小さな小屋が建っている。ぼんやりとだが光も見えた。

あそこで川の様子を監視するつもりなのか…


「あれは人間の拠点だ。俺たちが川を渡る時に攻撃してくるつもりだろう。よく気づいてくれた」

そう告げるとゴブリンたちがざわめく。

最初に気づいたゴブリンは誇らしげに胸を張っている。


「タカアキ、わたしにも見えたよ。人間が焚き火で飯作ろうとしてる、のんきなもんだ」

隣で目を凝らしていたレーナはため息をつきながら呟く。


「タカアキ、私の魔法なら何とか届く。あいつらが油断しているうちに小屋を焼き払うよ」


「いや、待ってくれ。あの小屋にいる人間の内、1人でも取り逃がせば俺たちが川を渡ろうとしたことがばれる」


遊撃隊の数は少ない。砦に駐留している人間の本隊が出てくればひとたまりもない。

討ち漏らせば作戦目標である補給部隊襲撃は失敗する。


「だったらどうするんだい?どうやっても何人かには逃げられるよ」

レーナは腕を組んで考えるがいいアイデアが浮かばないようだ。


確かに敵軍を逃さず壊滅させることは難しい。

だが、ミリオタの俺は突出した敵を逃さず殲滅した例を知っている。ようは相手の後方に浸透し、包囲してしまえばいいのだ。遊撃隊にはそれができる人材が揃っている。


あとは俺の指揮次第だ。



「みんな聞いてくれ。全員で川を渡れば気づかれる。だから数人が先行して川を渡り敵の後ろの林に回り込む。先行した者たちが位置についたところで、レーナの魔法とともに本隊が突っ込む」


この作戦では敵の後方に浸透する部隊が最も重要だ。見つかれば、人間たちは防御態勢を整え、川を渡ることは不可能になるだろう。


俺は考えを巡らせた後、言葉を続ける。

「今回は川を渡るスピードが重要だ。先行する部隊はリザードマンたちに任せたい」


「わかった。あたしはタカアキの作戦に乗るよ」

「キシサマ、オレタチモ、ガンバル」


レーナとゴブリンたちは賛成してくれた。

だがオークたちの反応が鈍い。


「動きの遅いリザードマンで大丈夫かよ。川の途中で気づかれたら弓矢で滅多打ちだぞ」

プトーはリザードマンを見やると、鼻を鳴らして呟いた。

他のオークも頷いている。

オークたちはリザードマンが先鋒なことに不満なようだ。


胡坐を組み、瞑目していた1人のリザードマンが立ち上がった。細身ながら鍛え上げられた肉体で、長い槍を持っている。


「水の上ならば我らリザードマンは素早く移動できる。我々はもともと水で覆われた湿地に住んでいるのだ」

そういうと彼は足についている水かきを指した。


そして俺を真っ直ぐに見つめる。強い目だった。

「黒騎士殿、ここは我らリザードマンに任せて欲しい。このダナソの名に懸けて成功させると誓おう」


これで決まりだ。

「先鋒はリザードマンだ!俺たち魔王軍遊撃隊で敵を1人残らず殲滅するぞ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇



「いいか、俺たちに失敗は許されない」

ライン川の川岸に近づく途中、ダナソは仲間たちに声をかける。


「すでにオークたちは狩りでその力を示した。レーナ殿の魔法は言うまでもない。非力なゴブリンどもでさえ与えられた役目をこなしている」

前日の狩りを思い出したリザードマンたちの目に闘志が浮かぶ。



「この魔王軍遊撃隊は、これまでの魔王軍に風穴を開け、魔王軍自体のありようすら変化させるものだと思っている。その重要な部隊でリザードマンが足を引っ張るなどあってはならない。全員死力を尽くせ!」



リザードマンたちは姿勢を低くすると、水面を駆け出す。

両足の発達した水かきが川の流れを完璧に捉える。まったく水しぶきが上がっていない。


特に先頭に立つダナソの足さばきは凄まじく、腰近い水深でも減速せずに直進。

僅か数十秒でライン川を渡り切った。


後続のリザードマンたちも次々に渡河を成功させた。

全てのリザードマンが水から上がり林に浸透した時、人間たちは晩飯の調理を続けていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る