第2話 遊撃隊の初任務

高くそびえる魔王城の城門。

開門を今か今かと待つ魔王軍遊撃隊の面々に、俺は袋を渡した。



袋の大きさは、ゴブリンたちでも背中に背負うことができる程度のものだ。

「みんな、出発する前にこの袋を受け取って欲しい」



「タカアキ、この空っぽの袋はなんだい?」

受け取った袋をぶらぶらさせながらレーナが問いかける。


「この中には1週間分の食料と、応急処置セットを入れる」


集まった魔物に戸惑いが広がる。

魔王軍が遠征前に物資を準備することはこれまで1度もなかった。



俺は話を続ける。

「本当なら食料や医薬品は補給部隊が準備するのが理想だが、まだ魔王軍補給部隊は活動していない。だから俺たちで集めてから出発する。俺たち魔王軍遊撃隊の初任務は狩りだ。」



「ええー、それならさっさと出発していつも通り手ぶらで行って、行き帰りの途中で狩りをやって食料を集めたらいいんじゃない?」

レーナは不服そうに頬を膨らませる。

他の魔王軍遊撃隊のメンバーも同意するように頷いた。



魔王軍はどんな時も敵と戦うことだけを1番に考えている。

この考え方のままでは組織だった人間たちの軍勢にはかなわない。



城門の前に立つ魔王軍遊撃隊の全員を見渡す。

「みんな、砦攻めの撤退戦を行った時のことを思い出してくれ。あの時、俺たち魔王軍は食料を準備していなかった。だから戦いで傷ついて、狩りや採集ができなくなった者は、ただ飢えて死ぬのを待つことしかできなかった」


撤退する際に力尽きて倒れた魔物を何体も見た。

あんなことを繰り返させてはいけない。


「事前に最低限の食料と物資を確保していれば、不利な状況になっても生き延びることができる。事前の準備は大切なことなんだ」



「わかった。タカアキの言う通りだ。まずは狩りをしよう」

レーナの顔に笑みが浮かぶ。


「キシサマ、オレタチ、ショクリョウ、アツメル!」

ゴブリンたちは飛び跳ねて賛成する。

魔王軍別働隊に参加した面々は納得してくれた。



「黒騎士殿が、おっしゃるのなら賛成しよう。あなたは我々より強い」

オーク、リザードマンもひとまず同意してくれた。


本当は指揮官個人の力に従うという習慣も軍事組織としては褒められたものではない。だが今はこれで満足すべきだろう。


城門が開門される。俺は魔王軍遊撃隊を率いて食料集めを始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇


魔王城には4つの門がある。

正門にあたる南門、人間の支配領域の方角にあたる東門側には緑豊かな草原が、北門、西門側には深い森がそれぞれ広がっている。



ゴブリンたちは北門から西門にかけての森林で四人一組を組み、採集を行う。

彼らは時間に追われていた撤退戦でも十分な量の木の実を集められていた。

四人一組はうまくいっている。今回もたくさんの食料を集めて来るだろう。



俺とレーナ、それに新たに加わったオークとリザードマンたちは草原で狩りを行う。


草原には以前俺とレーナで狩った八足鹿や、3つの角を持った三角牛がいる。

これらの魔獣を狩り、肉を燻製にする。


しばらく草原を移動していると、八足鹿の群れと出会った。

ここで産みの女神ヘカティナと契約した強化魔法を試してみるべきだろう。



「レーナ、魔法を使うから見ていて欲しい」

レーナは炎の精霊と契約していて、火の魔法が使える。

魔法について教えてもらうなら彼女が1番だ。



「もう魔法が使えるようになったのかい?流石タカアキだね。魔王様に召喚されたのも納得だよ。契約の相手は誰だい?」


産みの女神ヘカティナとかいう奴だ。」


「本当に?産みの女神ヘカティナ様と契約したのかい!?」

レーナが驚いて目を見張る。



「珍しいことなのか?」


問いかけると、レーナは興奮しながら答えた。


「珍しいなんてもんじゃないよ!産みの女神様は魔族にとって産みの親で、今まで契約できたのは魔王様だけなんだ!」


周りにいるオーク、リザードマンたちもざわめいている。


どうやら魔族にとって凄いことのようだ。

いきなり魔獣をけしかけられ、胡散臭く感じていたが、契約した魔法は役に立つのかもしれない。



わが身に力をブースト

魔法を唱えると俺の体をうっすらと黒いオーラが覆う。

身体の中が燃えるように熱い。

力が湧き出る。


視力も強化されたようだ。

前方にたむろする八足鹿の体毛までくっきりと見える。



俺の魔法の気配を感じ取ったように、八足鹿たちが一斉に走り出した。


気づかれたか!

俺は全力で駆けだす。踏み込んだ地面が爆発するようにひび割れる。


踏み込むたびに大きく距離が詰まる。

俺は一気に八足鹿の群れの中央に飛び込んだ。


腰に差していた剣を振るう。

一振りごとに八足鹿を両断していく。

まるで豆腐を切るかのようだ。剣の動きに全く抵抗がない。

簡単に切り裂くことができた。



八足鹿の動きはとても俊敏だ。

前回の狩りでは、俺やレーナでも単純なスピードでは追いつけず、挟み撃ちにして狩ったほどだった。


その八足鹿に苦も無く追いつくことができた。

あの女神との契約は間違っていなかったのかもしれない。


「八足鹿に追いつくなんてさすがだね!私たちも行くよ!」


レーナとリザードマンたちは俺が取りこぼした八足鹿を狩っている。


レーナは八足鹿の逃げる先を魔法で焼き払うと、右往左往する八足鹿を直接殴り飛ばす。順調に狩りを進めていた。


一方で、リザードマンは苦戦していた。

八足鹿を装備していた槍で突こうとしているが、あまり当たっていない。

水かきのある足では、八足鹿のスピードについていくのが厳しいようだった。

リザードマンが真価を発揮するのは水場なのかもしれない。



オークたちは俺たちと八足鹿の争いの漁夫の利を得ようとしていた三角牛を全員で囲むと、手に持った棍棒で滅多打ちにしている。連携が取れていた。



多様な種族には、多様な特性がある。

彼らそれぞれに適切な任務を与えることが、魔王軍遊撃隊の勝利につながるだろう。


狩りを見ながら、俺は改めて遊撃隊の指揮について考えを巡らせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、俺たち魔王軍遊撃隊は人間の砦の後方地帯を目指して魔王城を出発した。


今回の遠征は人間のいる砦の後方まで向かう。

人間の支配領域に入るのは危険だ。

これまでの魔王軍なら、なにもできずに殲滅される。


だが、今回の魔王軍はひと味違う。

それを人間の軍勢に見せつけることになるだろう。

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