第5話 別働隊の「目的」

俺は一人でしゃがみこんでいる魔物に話しかけていた。


相手は全身が鱗で覆われている。リザードマンという種族らしい。


「魔王城までの道は分かっているか?」


するとリザードマンは顔をクシャクシャにして話だす。

藁にもすがる思いなのだろう。


「分からない。傷も痛むし、腹も減った。どうすればいい? 黒騎士様、俺はまだ死にたくない!」


「大丈夫だ。安心しろ。あの丘の反対側に行け。そうすれば助かる」



俺は夜通し動き回って、散り散りになった魔王軍の魔物たちを探し、一か所に集めた。


これまでに見つけた魔王軍の数は40ほど。

本隊の生き残りのほとんどを合流させたといっていいだろう。




そして夜明けが近づき、空が白み始めたころ、林の一角から火炎弾があがった。


人間の追撃部隊が現れたのだ。


俺は捜索を切り上げて林へ向かった。



「砦から出てきた人間の数は100人ぐらい。みんな鎧をつけてたけど歩くのは速い。あれはたぶん強いよ」

レーナが確認した人間の情報を教えてくれる。


かなりの大部隊だ。

魔王軍本隊が人間に追いつかれたらひとたまりもないだろう。


「タベモノ、タクサン!」

「ミンナ、ゲガナイ!」


林の中からゴブリンたちが出てくる。彼らは両手に多くの木の実を抱えていた。

四人組での食料調達は大成功だったようだ。


レーナはゴブリンたちの収穫に驚いていた。


「そんなにたくさん集めたのかい?すごいね」


しかし、レーナは喜ぶゴブリンたちを見つめながら困った顔になる。


「でもタカアキ、こんなにたくさんの木の実をどうするんだい?私たちだけじゃ食べきれないよ。いらない分は置いていくのかい?」


やはりレーナにはまだ補給の概念がないようだった。


「いや、木の実は全部持っていく。本隊の魔物たちに配るんだ」


本隊の魔物たちは大きなダメージを負っている。

行き道と同じように狩りをして食料を調達することは不可能だろう。


補給に失敗し、食べるものがなくなり、飢えた軍は例外なく悲惨な最期を迎える。

地球上で起こった悲劇を知るミリオタとして、俺はそれを防がなければならない。


ゴブリンたちは素晴らしい仕事をしてくれた。


「レーナもゴブリンたちもありがとう。本隊の魔物たちは丘の向こうに集めてある!急ごう」





◇◇◇◇◇◇◇◇


丘に集められた魔王軍本隊の魔物たちは、俺たち魔王軍別働隊の支援を受けて再び歩き始めた。


やはり満足な量の朝食を食べられたことが大きいのだろう。

彼らの目は昨晩と違い、希望を取り戻している。


多くの負傷者を抱えているため、速度は上がらないが、着実に魔王城へと進んでいる。

前日俺たちが渡った川が見えてきていた。



多くの武器や防具をもつ人間の軍隊が川を渡るには時間がかかる。

この川さえ超えれば撤退は成功するだろう。


そう考えていると後方を見張っていたレーナがやってきた。


「タカアキ、本隊をもっと急がせられないかい?人間が近づいてる。川を渡る前に追いつかれちまうよ」


後ろを振り返ると人間の兵士が持つ旗が見えた。

かなり近づかれている。


だが本隊はこれから川を渡らなければならない。

これ以上の速度は無理だ。


ここは俺たちがしんがりを務めるしかない。


「本隊を先に行かせて、ここで敵を待ち伏せる!人間たちがこの場を通り過ぎる瞬間を狙うぞ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇


多くの足音とともに敵はやってきた。

本隊の追撃を目指す彼らは鎧と盾で身を守り、長い槍を持っている。

俺たちは見つからないよう泥を被って奴らを待つ。


「まだ、まだだ」

俺は興奮するゴブリンたちを抑える。

通り過ぎていく人間たち。

やがて彼らは俺たちに背後を見せる。


「今だ、魔王軍別働隊、突撃! 奴らの背中を突きまわせ!」


炎の矢よ、焼き尽くせファイアアロー

完全に背後を取ったタイミングを見計い、レーナの魔法とともに俺は人間の軍に突っ込む。



俺は手に握った剣を振るい、最後尾の兵士の首を跳ね飛ばす。

その隣の兵士にも武器を構えることすらさせない。叩き切って前にでる。


「バカな、魔王軍が伏兵だと!?」


魔王軍が正面からの突撃以外の戦術を取ったことは一度もない。

完全に人間側の意表を突いた攻撃だった。



俺の後ろから突撃したゴブリンたちが敵軍の傷口をさらに広げている。

既にレーナの魔法を含めて10人近い兵士を戦闘不能に追い込んでいた。



「慌てるな!たいした数ではない! 密集陣形を組み、穂先をそろえよ!」

だがそこに響き渡る敵指揮官の声。


突然の奇襲に混乱するかに見えた人間たちだったが、数の優位を活かして態勢を立て直す。


前線の圧力が一気に増した。勢いに乗っていたゴブリンたちが一気に押し返される。


くそっ! これだから組織だった軍隊は厄介なんだ!

奇襲をかけたとはいえ元の兵力は100対18。

このまま陣形を組まれれば魔王軍別働隊は圧倒的に不利だ。


だがまだ本隊は川を渡れていない。

今引くわけには行かない!


「レーナは続けて魔法を撃ってくれ!敵に陣形を組ませるな!ゴブリンたちは無理せず、下がりながらでいいから四人一組で戦え。そうすれば死にはしない!」

俺は反撃に出る人間の兵士を切り捨てながら部隊に指示を出す。



陣形の完成を遅らせるため、俺は人間の兵士たち相手に突撃と後退を繰り返す。

しかし状況は苦しい。突撃で押し込む距離より後退で下がる距離の方が大きい。

避けきれず掠めた槍が俺の鎧を少しずつ削り取っていく。



今もまた仲間を失った兵士が怒声とともに槍を突き出してくる。

俺は突き出された槍を弾き飛ばし、持ち主を両断する。

だがこの攻防によって俺が敵の戦線にあけた穴は、後列にいた兵士によって一瞬にして埋められた。



遂に人間側の密集陣形が完成したのだ。

密集陣形の攻撃に対抗する力は今の俺たちにはない。

これで「魔王軍別働隊」の人間に対しての勝ち目が消えた。



敵指揮官の高笑いが響く。俺たちを追い詰めたことがよほど嬉しいらしい。

「魔物にしてはよく頑張った。何か言い残すことがあれば聞いてやってもいいぞ。これから苦しんで死ぬのだからな」


「………」


「どうした?何も言えんのか?」


そうだな…あえて一つ言うとすれば…

「俺たちをここまで追いかけてくれてありがとう。あなたが目先のことしか考えないおかげで助かった」


俺の言葉を聞いた指揮官の顔に嘲笑が浮かぶ。

「ふん、強がりを。騎士のような見た目でも所詮は知恵なき魔物か」


そして彼が突撃命令を出そうとした時、人間の兵士から悲鳴のような声が響いた。

「ムレヤ大隊長殿!敵の本隊が川を渡っています!距離が遠く、今からでは間に合いません!」


兵士の言葉を聞いた指揮官の顔色が変わる。

「なんだと!まさか、貴様ら、始めからこれが目的でーー私を謀ったのか!」




そもそも、この戦いにおける魔王軍別働隊の目的は、魔王軍本隊の撤退を成功させること。


逆に人間側の目的は、魔王軍本隊の撤退を防ぎ、殲滅することだ。「魔王軍別働隊」を打ち破ることではない。


つまり、極端なことをいえば俺たち「魔王軍別働隊」は、全滅したとしても魔王軍本隊が撤退に成功すれば目的を達成し「勝利」できる。しかし人間側は魔王軍別働隊を殲滅しても、本来の目的である魔王軍本隊に逃げられてしまえばただの「敗北」だ。


このことに敵の指揮官は気がついていなかった。

もしも分かっていれば全軍で俺たちに付き合うなんてことはせず、一部の部隊で俺たちを足止めし、残りの軍勢で本隊を追撃しただろう。そうなればたった18人で本隊を守りきることは難しかった。


本当に助かった。


さらに大きな「おまけ」までついたようだ。

敵軍の意識が川を渡る本隊へと逸れている。

今なら脱出できる。

「レーナ!今だ!」


その煙は全てを隠すファイアスモーク

俺たちは一瞬の隙をついて煙幕に身を隠すと、戦場から撤収した。



◇◇◇◇◇◇◇◇


人間からの追撃を受けていた魔王軍本隊は無事川を渡り、撤退に成功した。

最後まで人間たちと戦い、時間を稼いだ魔王軍別働隊も離脱に成功。

日没寸前で魔王城たどり着く。


この戦いは、史上初めて魔王軍側の戦略が、

人間側を上回った戦いとして歴史に刻まれることになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る