第4話 誕生!! 魔王軍別働隊
砦から逃げ出した魔物たちは絶望していた。
もはや行き道の時のように強い魔物の周りに群れを作るということすらできない。
強力な魔物ほど、より砦に近い所まで突撃し、命を落としていた。
生き残った魔物の多くも傷つき、疲れ果てている。
歩くうちに傷が悪化し、動けなくなったものもいた。
彼らの足取りは自然と重くなった。
さらに悪いことに砦から撤退を始めて少し経った所で日が沈み、辺りは暗闇に包まれた。
これでは魔王城へ向けて進むことは難しい。
冷静さを保っていたものは野営することができた。
しかしそうでないものは闇雲に暗闇の中を歩き、体力を消耗し、自らの命を縮める。
生きて魔王城へ戻れないのではないか。
魔物たちの絶望感は膨らんでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
砦から引き上げた俺たちは砦からある程度の距離を取ると、小規模な林の中で野営を始めた。
撤退する途中で日が沈み、辺りが暗闇に包まれたためだ。
野営の準備をしていると、視界の端で影が動いた。
動いた影は、ゴブリンに比べれば大きく、レーナよりは小さい。
影の動きが止まったところを凝視する。
その影は見られていることに気づいたのか後ろに下がり始めた。
あのシルエット、間違いない。人間だ!
俺は剣を構えると地面を蹴って加速する。
一瞬の交差。
「がはっ!」
俺の剣は黒い服を身に着けた人間の胴を捉え、両断した。
倒した人間の装備を確認する。
服装は全身黒で統一されている。身軽さを実現するためか長物の武器は持っていなかった。
間違いない。こいつは人間の斥候だ。
斥候が出てきた、ということは明日になって日が昇れば人間が追撃に打って出てくるだろう。
いや既に打って出ようとしているかもしれない。
本当なら一刻も早く魔王城に戻りたい。
魔物は一般に夜目が利く。夜間でもある程度の行動は取れる。
しかし、万が一にも方位を失えばかえって魔王城から遠ざかってしまうかもしれない。
完全な暗闇の中での帰還は危険すぎた。
レーナやゴブリンたちと共に、林の中でとってきた木の実を食べる。
拾った細長い木の枝に火をつけて暖を取ることもできない。夜の焚き火はあまりに目立ちすぎるからだ。巨大な八足鹿の肉を焼いて食べていた行き道とは大違いだった。
死者が出ず、組織だって動いている俺たちですらこの状況。散り散りになって下がった他の魔物たちはもっとひどい状態だろう。
ミリオタとして悲惨な撤退戦の話はいくつも見てきた。そして自分が一人の兵士として実際に撤退を経験してみると、それらは全く脚色されていなかったことが分かる。むしろ控えめに記録されていたのかもしれない。
「みんな、話がある。聞いてほしい」
ささやかな晩飯が終わった後俺は全員に呼びかけた。
集まってくるレーナとゴブリンたち。
「まずは砦での戦いの時、俺の指示に従ってくれてありがとう。みんなが人間の気を引いてくれたおかげで魔王軍を撤退させることができた」
レーナが少し照れたように笑う。
ゴブリンたちもどこか誇らしげに胸を張った。
俺は言葉を続ける。
「だが俺は先程人間の斥候と接触した。打ち取ることはできたが、確実に斥候は複数人いるだろう。間違いなく人間は魔王軍を追撃しようとしている。これを防がなくてはならない」
「だから俺はここにいる者たちで、魔王軍別働隊として活動しようと思う」
「別働隊?何をするんだい?」
怪訝そうにレーナが問いかける。
「砦の攻略に失敗した魔物たちを仮に本隊とする。本隊の魔物たちは大きな損害を出している。俺たち別働隊は、この本隊の魔物たちを人間の追撃から守り、魔王城までたどり着かせる」
レーナとゴブリンたちは声も出さずに聞き入っている。
「成功すれば多くの仲間の命を救うことができる。だが、この作戦はとても危険なものだ。文字通り命をかけることになる。嫌なら別働隊に参加しなくても構わない。もし別働隊を離れたとしても責めることはない」
もしかすると全員が離れて俺一人になるかもしれない。
だがそれでも俺は撤退する者たちのために戦おうと決めていた。
するとレーナの笑い声が響く。
「ははっ、最っ高に面白そうじゃん。やっぱりタカアキと一緒に動いて良かった。私は乗るよ!別働隊」
続いて前にでるゴブリンたち。
「オレタチ、タタカウ!」
「キシサマノ、ヤクニタツ!」
身体を大きく動かしてこちらを見つめる。決意は固いようだった。
「わかった。みんなありがとう。俺たち18人はこれから、魔王軍別働隊だ!」
この瞬間、史上初めて、魔王軍に別働隊が誕生した。
部隊は結成された。俺がやるべきことは、正しい指示を出すことだ!
まずはゴブリンたちに細長い木の枝を与える。そして四人一組を作らせた。
「ゴブリンたちは林で木の実をできるだけ多く集めて欲しい。明日必要になる。届かないところに生えている木の実は枝を使って落としてくれ。少々実が汚れても構わない」
するとレーナが心配そうに話しだす。
「森の中には野生動物もいるけど大丈夫なのかい?ゴブリンたちが木の実をたくさん持ってたら襲われちまうよ」
確かにその通りだ。
だから行き道でもゴブリンたちは食料集めに苦労していた。
だがそれを解決するための四人組だ。
「一人が実を取っている間、ほかの三人は周囲を警戒する。勝てない相手が近づいてきたら逃げたらいい。できるか?」
俺はゴブリンたちに問いかける。
するとゴブリンたちは一斉にこちらを向いて拳を突き出した。
気合い充分だ。
「レーナは林の木に登って砦の動きを見てくれ。もしも夜の内に人間が出てきたらすぐに炎の魔法で知らせて欲しい」
「いいけど、人間たちにもこっちの居場所がばれるんじゃない?」
もっともな疑問だ。
のろしは味方だけでなく敵にも見えることが一番の弱点だった。
だが今回の場合は当てはまらない。
「問題ない。追撃に打って出てきた時点で、人間たちはこちらの位置をおおよそつかんでいるはずだ」
「なるほど、わかった。すぐに確認に行く。タカアキはどうする?」
当然俺も休んでいるつもりはない。
「俺は散らばっている本隊の魔物たちの居場所を確認しに行く。明日の朝にはレーナと合流するつもりだ」
こうして俺たちは行動を開始した。
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