Laakso - 5 : Hermanni
みんなさ、ちょっと鬱になってるだけなんだって。
▽
おれの『遠見』は、師匠直伝の技術だが、実はちょっとした秘密がある。
というか、実は師匠の教えたかった『遠見』は習得できなかったんだよ。
器用貧乏が持ち味の『ラクーン』ヘルマンニの名折れだよな。ホント。
『遠見』は、訓練次第で誰でも習得できる、純然たる『技術』だ。だが俺の『遠見』はちょっと違う。どちらかというと師匠やハイジみたいな『魔術』に近い。なんせ、他に使える人間に出会ったことがないからな。
考えてみれば、師匠の魔術も、ハイジの魔術もシンプルだよな。
でも俺の魔術はもっとシンプルだぜ。
『知りたいことを覗き見る』。ただそれだけだ。
『遠見』と同じように敵陣の様子だってわかる。
おれは『遠見』を身に着けたふりをした。
だけどこの能力が『遠見』と違うのは、その対象を選ばないってことだ。近い将来起きることさえ覗き見ることができる。さすがに「これから何が起きるか」なんていう漠然とした未来はわからないが、明確に「今日の晩飯にウサギ肉は出るか?」みたいにターゲットを絞ってやれば、イエスかノーか程度に解ったりもする。
これ以上便利な能力もねぇぜ?
なんせ、本気になれば、目の前にいる人間の心が読めるんだ。
全部だ。全部読める。
お前らが、自分でも気付いてない気持ちも、何もかも。
だからよ、俺はずっとヘラヘラ笑ってるんだ。
だって、みんないいヤツばっかなんだよ。
すれ違って、ぶつかって、誤解して、喧嘩ばっかしてるけどよ……みんな、めちゃくちゃいいヤツばっかなんだよ。
これが、笑わずにいられるかっての。
口に出しては言わねぇよ?
おれは何も言わねぇ。
だって、心を読まれるって思ったら、誰だっていい気はしねぇだろ?
必要がなければ読まねぇようにはしてるよ? でも、読もうと思えば読める。それだけで十分気味が悪いだろ。
だから、おれの力は、誰にも言えない秘密なんだ。
ま、師匠は俺の力が普通の『遠見』じゃないってことくらいは気付いているっぽいけどな––––。
▽
だからさ、わかるんだよ。
みんな、ちょっと鬱になってるだけなんだって。
どいつもこいつも心にもないことばっか口にしやがって、ちょいと覗いてやったら、みんな罪悪感でいっぱいじゃねぇか。馬鹿じゃねぇのか。
ショックなのはわかるぜ? 俺だってショックだった。
だって、おれにとって、師匠こそがかっこよさの象徴なんだよ。
そりゃあそうだろ! 俺にとって師匠こそがまさに理想の父親で、恩師で、教師で、そして
変態貴族にケツを掘られずに済んだのももちろんだが––––、何よりも『俺が人間であること』を思い出させてくれたんだ!
だから、俺は師匠が望むことなら何でもするし、何だって我慢するぜ?
死ねと言われれば笑って死ねるし、殺してくれと言われれば、笑顔で殺せるくらいには、師匠に忠誠を誓ってる。
だからよ、あとたった二日で師匠が死ぬって聞いたときは、やっぱり動揺したぜ。
心の準備が全くできてなかったし、それに、師匠がそんなアホなことを言い出すとは夢にも思わなかったからな。
いや、アホだろ。
経験値が何だってんだ。
ハイジや––––ヨーコの気持ちも考えろってんだ、バカ親父!
でもよぅ……みんなちょっと冷静になれって。
▽
ハイジ。お前がショックなのはわかるぜ。無茶振りもいいところだ。わかるわかる。冗談じゃねぇよなぁ。ふざけんなって話しだよなぁ。ぶっちゃけ
お前は何も悪くねぇッ! 全部師匠のせいだッ!
師匠がバカだと苦労するな。お互い。
でもよぅ、いいじゃねえか。師匠がそれを望んでるんだ。どうせほっといても死んじまうんだぜ? なら、弟子たちに遺産を残したいって思うのは止められねぇだろ。
だからさ、最後の親孝行として、ちょっとだけ剣を一振り。たったそれだけ。それでおしまい。な? 簡単だろ。
だから……自分が生き残ったことを後悔なんてすんな。
不器用なお前は、これからも一生ずっと、誰かのために生きていく。
そうだろ? そんな生き方しかできねぇもんな。お前、馬鹿だからよ。
でもさ……じゃあ、お前が生き残ったことで、沢山の、本当に沢山の『弱き人々』が、お前が生き残ったことを感謝するんじゃねぇか?
だからさ。
それを誇れとまでは言わねぇけどさ。
お前さ、ちょっとくらい笑ったほうがいいぜ?
▽
ところでペトラ。
お前やっぱりバカだろ。
なんで思ってることと口から出る言葉がバラバラなんだよ。
お前さ……なんだかずっと昔から報われなかった、みたいな気分になってっけど……全然そんなことねぇからな?
戦場でもよ、酒盛りが始まると一晩中歌ってよ……師匠も、俺も、ハイジも楽しそうだったじゃねぇか。お前も満更でもない顔してたじゃねぇか。
谷に帰ってもよ……お前、いつもハイジのことばーっか考えて、必死になって努力してよ……、でもお前、いつも幸せそうだったぜ?
今はよ、ちょっと鬱になってんだよ。
幸せだった思い出なんか全部なかったことにしちまって、意識しないようにしていた色んな暗い気持ちが溢れ出て、いっぱいになっちまって……ずっと昔からそうだったみたいに勘違いしてるだけなんだよ。
ハイジのバカもカッとなってろくでもないことを口にしてたけどよ……本気じゃねぇよ。わかるだろ? だってあいつ、サーヤなんかより、お前のことを何倍も認めてるんだぜ? お前の努力を尊敬してるし、いつも後ろを付いてくるお前に対して、恥ずかしくないようにって意識してさ、必死に努力してたんだぜ?
だからよ、お前も笑えって、ペトラ。
お前みたいないい女は、笑ってないとダメなんだよ。
▽
あー、ヨーコ。
我らが司令官どの。
お前、頭はいいくせに、バカだよなぁ。
抜けてやがるなぁ。
師匠がお前を裏切ったと思ってるんだよなぁ。
ホント……心底、バカだなぁ。
そうじゃねぇだろ。
師匠は、誰よりもお前を信頼してんだよ。
お前がいるから––––安心して死ねるんだよ。
ずっと隣りにいたんだろ?
女房役なんだろ?
そのくらい解ってやれよ。
対して––––師匠が一番心配してんのがハイジだ。だって、あいつ危なっかしいんだもん。喧嘩ばっか強くなってよ……、でも、俺から見たら、初めて出会った頃の、細っこい娘っ子みたいだった頃から、なぁんにも成長できてねぇんだよ。師匠にとっても間違いなくあいつはヒヨッコのままなんだよ。
師匠は、お前のことはもう大丈夫だと信じてるんだ。ハイジみたいにおんぶにだっこにオムツ交換はいらねぇってな。
オムツを交換
それにお前さ、ハイジの代わりにお前がやるわけにいかねぇ理由があるじゃねぇか。
気付いてないのか?
気付いてねぇんだろうなぁ。
だって、お前、馬鹿だもんな。
ちょっと訊きてんだけどよ……お前もそうだけどよ、貴族ってなぁ、何で同性に恋をしたり、欲情したりできるんだ?
おれにはさっぱり理解できねぇけど……女のほうがよくねぇか?
まぁ、それでもさ。
誰かに恋できるってのは、やっぱ尊いことだよな。
俺はもう、一生恋なんてできねぇもん。行きずり女としか付き合えねぇもん。
だって俺、もと男娼だしさ。やっぱりさ。
師匠は、お前の気持ちに気付いてるぜ。
単に、自分を騙くらかして、誤魔化して、気づかねぇようにしてんだよ。
なぜって?
今のお前との関係が心地よいからだろ。
当たり前のことじゃねぇか。
そのくらいわかれ。
お前、一番愛されてんじゃねえか。
いやまぁ……
最愛の弟子ってだけじゃ、不満かい?
▽
どいつもこいつも、不幸ごっこに余念がねぇ。
ほんと……バカばっかだな! 笑えてくるぜ!
でもよぅ、お前ら、いっつも楽しそうだったじゃねぇか。
めちゃくちゃ仲良かったじゃねぇか。
信頼しあってたじゃねぇか。
いつも笑ってたじゃねぇか。
おれは知ってるぜ?
俺がどこかに無くしてきた、綺麗でキラキラした感情が眩しくて、いつもこっそり覗き見てたからな。
だから俺は知ってるんだよ。
みんな、本気で楽しんで、本気で笑って、……本当の仲間だったじゃねぇか!
師匠がいたからじゃねぇ。師匠の目を盗んで悪さしてる時だって、いつも最高の共犯者だったじゃねぇか。
いや、だいたい師匠も混じって悪さしてたけどよ……何だったんだありゃ。
でもよ、間違いねぇよ。
本当はみんながみんな、仲間のことが大好きじゃねぇか。
見てて照れくさくなるくらいによ。泣きたくなるくらいによ。
まぁ、ヨーコだけはペトラを嫌ってる
これが仲間じゃなくて、なんだって言うんだよ。
だってのに……みんな何が楽しくてそんなに不幸がってんだよ。
ほら、見ろよ、師匠の顔。
ヘラヘラ笑ってっけど……泣いてんじゃねぇか。
って、俺にしか見えねぇか。
▽
(「仲良くしろ」ねぇ……)
師匠らしいといえば師匠らしいし、らしくないと言えばらしくない遺言だった。
本心なのは間違いない。
だけど、本位ではなかったろう。そのくらいは
(仲良くする、なんてなぁ、誰かに言われてするもんじゃねぇよな。そんなこた、師匠だって解ってるだろうに)
だが、ヨーコの啖呵のあと、師匠がクツクツ笑いながら言い残した単純な遺言は、全員の心にしっかりと遺されたようだ。
ハイジはペトラに謝罪し、ペトラもハイジに気にしていないなどと嘘の笑顔を見せた。
ヨーコも、さっきまでハイジのことを殺しかねない程憎んでいたのが嘘のように、師匠の技をしっかり盗めよ、なんて声をかけている。
とんだ茶番だ。
俺は、こんなものが師匠の望むものでないことを知っている––––。
ああ、こいつらはこのまま、本当に幸せだった青春時代を全てなかったことにして、上っ面で付き合っていくんだろうか。表面だけは仲の良いふりをして、自分だけが心を開けていないのだと、一生自分を責めながら生きていくのだろうか。
ああ、悲しいなぁ。
俺さ、おまえらのことが大好きなんだよ。
だから、上っ面じゃなくて、本当に笑い合ったあの時間を、いつか取り戻したいんだよ。
▽
その時、おれの脳裏によぎったのは、予感。
魔力に脳をこじ開けられるような感覚だった。
目の前の真っ暗な光景に似つかわしくない、強烈に輝く言葉が心のなかに飛び込んできた。
––––––––何もかも上手くいく!
魔力と混じって、煌めくような、嬉しくて泣きたくなるような未来がおれの中に流れ込んできた。
もう一度集まって、笑い合える日が来る。
師匠は死んじまうし、それぞれバラバラになっちまうだろうけど、何年後か、何十年後かもわからねぇけど……きっと何もかも上手くいく!
今日のことも、師匠が死んじまう日のことも、戦争ばっかりで、殺し合いばっかりのキッツイ青春時代をも、心から懐かしめる日が来る。
その時、おれの中の魔力が何かを形作った。
モヤモヤと動いて––––そいつは「メー」と鳴いた。
それは黒い山羊だった。
ぼんやりと草を喰む、間抜けな顔をした崖の王だった。
(……なんじゃそりゃ?)
意味はわからなかったが、おれは一つのことを決心した。
このことは、師匠が死ぬ前にキチンと師匠に伝えておこう。
皆からは、恨まれるかも知れねぇし、軽蔑されるかも知れねぇが、そんなのは今更のことだ。
(よしっ!)
おれは、もうすぐ師を失うと知りながらも、どこか明るい気持ちで未来を思った。
おれは『魔物の谷少年傭兵団』をぶっ壊す。
ま、そろそろ俺たちもさ。
もう「少年」って歳でもねぇからな––––。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます