Laakso - 6 : Jäähyväiset

 できれば全員に見守られながらかっこよく死にたかったんだが、何故か全員から拒否されてしまった。

 おい、お前ら! 最後くらい我儘を聞いてくれたっていいだろうがよ?!



 ▽



 おー、ヘルマンニ。入れ入れ。


「おじゃしゃーっす」


 飲むか?


「もちろんっす。ってか、実はこっそり秘蔵してた、とっておきの黍酒ラム持ってきたんすけど」


 おー、気が利くな!って、お前これ、俺が昔買ってきて隠してたやつじゃねぇか! ギッてやがったな、テメェ。

 ……まぁいいや。よし、乾杯だ。


「乾杯」


 結局一人ずつ挨拶して、最後にハイジが息の根を止めるってことになっちまったな。まぁ……考えみりゃそりゃそうか。見てる前で知人の首がはねられるのは流石にキツイか。


「そりゃそうっすよ、バカなんすか、アンタは」


 そう言うなよ……でもまぁ、ハイジにも悪いことを頼んじまったなぁ。


「まぁ、しゃあなしっす。最後なんだし、湿っぽいのは無しにして、楽しくやりましょう」


 そうだな! さすがはヘルマンニ、解ってやがる!

 っかぁーっ! やっぱいい酒は効くなっ! うめぇっ!


「ところで、ちょっと白状しときたいことがあるんすけど、いっすか」


 おー、なんだ? この酒以外にもちょろまかしてたか?

 まぁいいぜいいぜ、最後なんだ、怒ったりしねぇよ。


「じゃあ、遠慮なく。あ、その前に師匠、俺の能力のこと、気づいてますかね?」


 ん? ああ……なんか普通の『遠見』とはちょっと違うなとは思ってたよ。


「ふーん。まぁ、後もつっかえてるし、引っ張るのもあれなんでさっさとゲロっちゃいますと、俺の能力って、知りたいことを覗き見る力、なんすよね」


 へー。例えば?


「人の心の中とかっす。そうっすね……例えば、実は今、師匠が隠し子のことで頭いっぱいのこととか、それで俺との会話にいまいち集中してないこととかっすかね」


 …………。

 マジ?


「マジっす」


 おいおいおいおい、じゃあ、お前おれの×××××のこととか××××のこととかも知ってたの?


「……生々しい情報をどうもっす。いや、『必要があって』、『意識して』、『知りたいことに焦点』を合わせてようやくわかるというか……だから、今の情報は知らなかったっすね」


 ……忘れてくれ。


「嫌っす。で、つまり俺、今のアイツらの気持ちとかも、だいたい把握してるんすよ」


 はぁ……道理でお前、世渡りうますぎると思ったんだよなぁ……そうかぁ……。


「それと、未来に焦点をあわせると、ちょっとした未来視にもなるんすけど……あ、あんまり時間ないっすよね。さっさと結論から話しちゃいますけど、俺、この傭兵団をぶっ壊そうと思ってます!」


 ………………。

 ………………はぁっ!? おい、ヘルマンニ、気は確かか? まさか裏切るつもり……って、それはないな。じゃあなんだ? うん、理由があるならとりあえず話してみろ。


「おお……今も見てましたけど、師匠、本気の本気で俺のこと信頼してたんすね」


 当たり前だろ。お前ら全員のことを信じてるよ。親なんだからよ、当然だろ。

 で、続きは?


「俺、今更ですけど、こう見えて師匠のこと本気で尊敬してるんすよ。だから、心苦しいんですけど」


 本当に今更だな。気を使ってどーすんだよ。いいから言えよ。


「師匠の遺言ですけど、無理して、表面だけ仲良くしても意味ねぇんすよ。師匠だって昔よく言ってたでしょ、好きでい続けるためには努力が必要だ、って。恰好だけ取り繕って、仲がいいフリなんてしててもだめなんすよ」


 ……そうだな。もしかすると、あの遺言は失言だったかもしれん。

 でもよぅ、あの状況じゃいいたくもなるだろ?


「もしかしなくても、かもじゃなくて、失言っすね。アホでしょう、師匠」


 お前、いつになく辛辣だな?!


「愛情の裏返しっす」


 裏返すな。愛情を。


「で、未来を見てわかったんす。一度壊したほうがいいって。演技なんてやめて、それでも生きていれば、いつか、黒い山羊さんがやってきて、俺たちは本当の仲間に戻れる、って」

 

 なんだその山羊ってのは。何かの暗喩かい?


「いや、俺にもわかんないんすけど。でも、確かっす」


 ほーん。……信頼していいんだよな、その未来視。


「サーヤちゃんの未来視と比べたらさすがに範囲は狭いんすけど、精度は彼女よりも高いっすよ」


 あの娘っ子より?! おいおいおい……相当だな。お前、また貴族に目をつけられないように気をつけろよ?


「その時にはケツの穴を守るために、相手が誰だろうとぶった切ってやるっす。……まぁそういうわけで、師匠が死んだらすぐに傭兵団をぶっ壊します」


 そか。わかった。好きにしろ。お前が言うなら大丈夫だろ。……余計な遺言を悪かったな。


「遺言の撤回は不要っすよ。あ、あと師匠、ヨーコの気持ちには気付いてますか?」


 …………聞き辛いことを聞くね、お前。


「気付いてるならいいっす。師匠が女好きなのは解ってるんで、別に気持ちに応えろとかそういうことを言うつもりはないっすよ。どうするかは師匠が決めるべきっす」


 あー……わかったわかった。

 もう細けぇこたぁいいだろ! 飲め飲め!


「俺は飲むっすけど、師匠は程々にしてくださいよ。後が閊えてるんすから」


 いいから。ほら、乾杯だ乾杯。


「……じゃ、師匠の華々しい最期を祝って、乾杯!」


 乾杯!



 ▽



「……お邪魔します」


 おー、なんだ、次はペトラか。てっきり次はヨーコ辺りかと思ったぜ。


「ヨーコとハイジは、できるだけギリギリの方がいいでしょ」


 何、女の気遣いってやつ?


「……師匠、あたし、女扱いされるのあんまり好きじゃないです」


 なんでえ、最後だからって、恨み節かい?


「そういうんじゃなくて。……あたし、男とか女とか……そういうの抜きにして、もっとみんなの仲間になりたかったんですよね」


 立派に仲間になってたじゃねぇか。いっつもみんなでつるんで悪さばっかしやがって。まぁ、俺も混じってたから偉そうなことは言えねぇか。


「……でも、やっぱり女扱いというか、どこか疎外感っていうかですね」


 サウナだって一緒に入ってた仲じゃねぇか。

 素っ裸を見せあった間柄だろ、水臭いこと言うなぃ。


「それは忘れてください」


 いやぁしかし、何でサウナで見ると、女の裸なのにエロく見えねえんだろうな。あのヘルマンニでさえ、サウナだと全然アプローチしてこなかったろ。すぐ目の前に女の乳おっぱいがあるってのに、不思議だよな。


「そういやそうですね」


 その分、おまえが水浴びしてる時にはこっそり覗きに行ってたけどな、あいつ。


「あとで殺しときます」


 ククク……許してやれって。だってよ……男とか女とかってよ、要するに個性じゃねぇか。背が高い奴、低い奴。太ってるやつ、痩せてるやつ。酒が好きな奴、嫌いな奴。男に女。しょうがねぇじゃねぇか。酒が飲めないやつには無理に酒を薦めないし、太って背が高いやつに斥候の技術を教えても仕方ねぇ。

 お前が女だから気を使ってるのが気に入らないって言うなら、ハイジにも斥候役を任せなくちゃな? ヘルマンニは特攻隊長か?


「……似合いませんね」


 だろ。適材適所。あー、ただヨーコはなぁ……アイツのことだけは勘弁してやってくれ。あいつ、女に故郷をめちゃくちゃにされて、母親にも置いていかれてよ、相手が女だってだけでもうダメなんだよ。


「……へぇ、そうなんですか……」


 そうなの。でもよ、お前とだけは、まともに会話が成立してるじゃん? つまり、あれでもあいつなりにお前のことは認めてるんだよ。


「……師匠がそう言うなら、そういうことにしておきます」


 疎外感を感じるってのもわかるけどな。ほら、男ってエロいからよ。どうしてもお前みたいなイイ女がいると、意識しちゃうわけよ。やっぱオトコノコだからよ。


「そうなんですか? まぁ、あまり嬉しくないですけど」


 お前、ハイジのことしか見えてないもんな。


「えっ、そ、そんなことは、ない、ですけ、ど」


 おい……慌てすぎだろ。まさか気付いてないとでも思ってんのか。全員にバレバレだぞ。


「えええ……」


 まぁ、当のハイジだけはは『自分を目標にしてるやつ』くらいの認識だろうけどな。あいつ、そもそもまだ思春期が来てないから、恋愛感情とかそういうの、全然わかってねぇんだよ。童貞だしよ。


「……酷い言いようですけど、わかりやすいですね」


 それに、お前もお前だぞ。ヘルマンニの気持ちには気づいてるか?


「ヘルマンニ? あいつがどうかしたんです?」


 はあ……俺の弟子って、こんなのばっかりかね。


「なんか失礼なこと言ってませんか」


 いいや?

 で、言いたいことは恨み言だけか?


「そうですね。まだまだ言い足りないです」


 おお……じゃあ、全部吐き出しちまえ。言え。言え。


「……なぜ、ハイジを選んだんです?」


 お前もそういう事言うのな。

 んー、まぁ何ていうか、正直、俺も理由はわからん。ただ、精霊の導きがあったとしか言えんな。


「……師匠がそんなに信心深いとは思わなかったですね」


 茶化すなよ。もう、他に選択肢はなかったんだ。むしろ逆だよ。ハイジの失った力を補完するために、おれの力が使われることになったんだ。たまたまだよ、たまたま。俺じゃなけりゃ、他の誰かだったんだろうが、まぁ俺が選ばれたなら仕方ねぇだろ。


「でも、ハイジは苦しんでます。その、すごく」


 ……俺も悪いとは思ってるよ。

 でも、終わってみれば、そうでもないと思うぜ?


「何でそんなことが言えるんですか?」


 ……これは、お前の心の中にだけしまっといてくれ。


「なんです、藪から棒に」


 茶化すな。いいか、絶対人に言うな。


「わ、わかりました」


 俺も、受け継いだんだよ、この力を。

 俺の母親も今の俺と同じような状況になってな……。

 でもよぅ、殺せって言われて殺せるもんじゃねぇだろ。散々苦しんで、悩んで、でもそんなに時間があるわけでもねぇ。

 結局、俺は母親の願いを叶えた。というか、母親がよ、自分で短剣を喉につきつけて、どうか自殺させないでくれ、自殺したらヴァルハラに召されることができなくなるから、って懇願されてな。


「……なんてこと……」


 でもよ、母親が死んで、どれだけ苦しむかと思ったら、全然だった。

 ていうかさ……生きてる間には感じたことがなかったくらい、母親の存在を身近に感じることができるようになったんだ。

 力を受け継ぐってなぁ、こういうことなのかと思ったな。


 母親の魂はすでにヴァルハラにある。が、同時に俺の中にも確かにあるんだよ、母親の愛情のようなものが。

 だから、ペトラ。残酷だと思うかも知れないが、ハイジは大丈夫だ。

 しばらくは苦しむかも知れねぇが、絶対に立ち直る。


 でもよ……、あいつ、見た目に反して心が弱いだろ。

 だからペトラ。お前が支えてやってくれ。

 頼む。

 そして、あいつが誤って『はぐれ』を殺しちまわないように……できるだけ気をつけてやってくれ。

 それが、俺がお前に頼みたい––––最後の願いだ。


「……わかりました。その役目、あたしにできるかどうかわかりませんが、それが師匠の最後の願いだというのなら、精一杯やらせてもらいます」


 あ、ペトラ、悪いけどそっちにある瓶から、酒注いでもらっていい? 酒切れちまった。


「言ってるそばから次の願い事してるじゃないですかッ!」


 クククっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る