第6話 大人げない競泳勝負

 コンクリート造りの武骨な桟橋に親子連れとカップル、女性四人組とともに降り立つ。浮き輪を抱えた子供がはしゃいで走り出し、父親が慌てて追いかける。


「ほな、俺たちも行こか」

 劉玲が指差す先には遠浅の白い砂浜が広がっている。水の透明度が高く、白い砂と相まって海の色はエメラルドグリーンに輝いている。若い女性客も美しい海の色に興奮して大はしゃぎだ。


「本当に綺麗ね、南国の海みたい」

 岩壁沿いに作られた遊歩道に沿って歩く。千弥はこんな海で泳ぐのは初めて、と感激している。海を眺めながら五分ほど歩くと、白い砂浜に到着した。カラフルなテントやパラソルがまばらに見える。

「ほぼプライベートビーチだな」

 榊の地元小田原周辺の海水浴場の混雑具合と比べると、そういう感覚らしい。

 無人島だが、海水浴場としてシャワー室やトイレも完備されていた。早速水着に着替えにいく。


 劉玲は赤色のサーフパンツに着替え、砂浜にテントを張る。

「手伝うわ」

 千弥は白い長袖、黒のハーフパンツタイプのフィットネス用水着にラッシュガードを組み合わせている。テントの隣にパラソルを設置する。

「ほう、最近はそういうのが主流なんや」

「そう、日焼けは大敵だから」

「なんや、色気無い話やな」

 劉玲が残念そうにぼやく。見れば、ビーチの女性も同じように露出が少ない。


 千弥がなかなかパラソルを立てられずに苦戦していると、横から腕が伸びてきた。

「一緒にやろう」

 孫景はオレンジ色のサーフパンツに偏光サングラスをかけている。パラソルの柄を持ち、砂に深く突き立てる。

「これでいい」

 パラソルの固定が出来たところでレジャーシートを広げた。クーラーボックスを端において風よけにする。


 伊織は白と青のボーダー柄、高谷はトロピカル柄のサープパンツ、榊は競泳水着、曹瑛は手首から足首までカバーするスイムスーツでやってきた。泳ぎが苦手な高谷は顔を真っ赤にしながら浮き輪を膨らましている。

 波打ち際に行くと、水の透明度の高さがより際だって感じられた。白い砂がそのまま透けて見える。気温は高く、太陽は容赦無く照りつけているが、水に足をつけるとその冷たさが心地良い。


 榊は念入りに柔軟体操をして水に入る。本格的に泳ぐつもりだ。曹瑛は無言で榊に並んだ。

「あの岩まで行ってここへ戻る」

 榊がまっすぐに指差す先に三角に突き出た岩がある。

「ああ、いいだろう」

 曹瑛は唇の端を吊り上げて頷く。何も言わずとも、勝負が始まろうとしている。

 高谷は浮き輪で海面にぷかぷか浮かびながらその様子を生ぬるい目で見つめている。


「今度こそ貴様に引導を渡してやる」

 曹瑛は真っ直ぐに三角岩を見据える。

「俺に勝てると思っているのか、片腹痛い」

 榊が鋭い眼光で曹瑛を射る。二人は激しい火花を散らす。その間に準備運動を終えた伊織が割って入った。

「遠泳は久しぶりだな、あの岩が折り返し地点だね」

「お前も参加するのか」

 曹瑛は目を細める。

「うん」

「容赦しないぞ」

「えっ」

 曹瑛に殺気のこもった眼差しで見据えられ、のほほんと構えていた伊織は唖然とする。


「なんや面白そうや。ほな、イーアルサン」

 劉玲が面白がって煽り、スタートを切った。その声に合わせて榊と曹瑛は三角岩に向かってフルパワーで泳ぎ始めた。

 凄まじいスタートダッシュに置いてけぼりを食らった伊織は二人の背を呆然と見つめている。

「またいつもの張り合いだよ」

 高谷が浮き輪の上にあごを乗せて唇を尖らせている。榊に置いていかれて面白くないのだろう。

「ああ、そういうことか」

 伊織は合点がいった。大人げない競争に参加する気は無いが、せっかくの綺麗な海で泳いでみたくなり、二人が目指す三角岩を目標にマイペースで泳ぎ始めた。


「曹瑛にもええ友達ができてほんま良かった」

 煽るだけ煽った劉玲が涙ぐんでいる。

「一緒に馬鹿ができるのは楽しいだろうな」

 孫景も曹瑛の意外な一面に驚いているようだ。曹瑛と榊はダイナミックな水しぶきを上げて爆速で遠ざかっていく。

 その後をゆっくりマイペースでついていく伊織の頭が見えた。

「榊さんてクールだと思ったけど、面白い人なのね」

 千弥に言われて、高谷は薄ら笑いで頷いた。


 千弥は穏やかな波を蹴りながら遠浅の海を歩く。白い砂が細やかで気持ちがいい。

「あの岩壁、竜宮城って呼ばれてるんだってな」

 島周辺の浸食された特徴的な岩肌に名前がつけられており、観光スポットとなっていた。

「行ってみましょう、孫さん」

「泳ぎは得意じゃないんだ」

「溺れたら助けてあげる」

 千弥に連れられて孫景は岩壁へ向かう。岩壁周辺は水深が深く、水の色は濃いブルーに変わる。


「これが竜宮城ね、面白いネーミングだわ」

 横縞が深く刻まれた奇岩を列柱に見立てており、そそり立つ岩壁はまさに宮殿のようだ。

「すごい奇岩だな。島の裏側はさらに切り立った崖になっているらしい。帰りのクルージングの観光ルートらしい」

「楽しみね」

 孫景は沈まないように手足を一生懸命動かしている。本当に泳ぎは苦手のようだった。


 港の方角から爆音が近付いてきた。千弥と孫景が振り返ると、3台のジェットスキーが猛スピードで通り過ぎていく。

「なんだあいつら、海にスピード違反は無いのかよ」

 派生した波をもろにかぶり、孫景は悪態をつく。

「危ないわね、人が近くにいるのに」

 千弥も不快感を露わにする。ジェットスキーはビーチの近くで爆音をまき散らしながら旋回を始めた。


 ***


 三角岩はすぐ目の前に見えていた、気がした。しかし、海の透明度のなせる錯覚なのか案外遠かった。榊と曹瑛はほぼ同じスピードで進み続ける。最初の勢いはすでに無く、二人とも呼吸が乱れている。

「おいおい大丈夫か、今にも沈みそうだぞ」

 榊が曹瑛を挑発する。その顔に余裕の笑みを浮かべてみせるが、隠しきれない疲労の色があった。

「人の心配をしている余裕があるのか、貴様も腕が上がっていないぞ」

 曹瑛は鼻を鳴らして笑う。しかし、気を抜けば波に流されてしまいそうだ。


「思ったより遠いな」

 背後から間延びした声がする。驚いて振り向くと、伊織が平泳ぎで近付いてくる。ゆっくりと水を掻いているが、着実に前進している。

「ここの海は本当に綺麗だね、さっき大きな魚を見たよ」

 伊織はにこにこ笑いながら曹瑛と榊を横目に追い越していった。意外すぎるダークホースに二人は目を見開き、顔を見合わせる。

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