第5話 龍の島

 芦田港の宿、ふくや別館からバンで出発して島の北西にある勝田漁港へ向かう。漁港から出る遊覧船で渡れる龍のたつのしまは日本の海水浴場百選に選ばれている美しい海水浴場がある。

 一岐島の県道は整備されており、片側一車線の道路にはサイクリングロードが併設されている。土地勘の無い初心者がレンタカーで走っても安心だと感じられた。


「自転車で観光するのも気持ちよさそうだね」

 島だけにアップダウンが多いものの、傾斜はゆるやかでサイクリングを楽しむ旅行者も多い。伊織が曹瑛に同意を求めると、渋い顔をしてフイとそっぽを向いた。榊が咳払いをしている。二人の態度に廃線サイクリングの大人げない対決を思い出し、伊織は苦笑する。


 木漏れ日の山道を抜けて坂道を下ると、小さな港町に出た。古い町家の並ぶ海岸通りを走り抜け、勝田漁港へ到着した。伊織は懐かしい潮の香りを胸に吸い込んだ。

「龍の島への遊覧船で海水浴場に渡してもらえるんや」

 劉玲は一岐島の観光をよく調べているらしい。遊覧船を待つ間、チケット販売所に併設のカフェ「オヒサマテラス」で腹ごしらえをすることにした。


「ご当地バーガーがある」

 カフェスペースに立つ看板に高谷が注目する。

「イカバーガーに、イカリングだって。この辺はイカが採れるんだね」

 ご当地バーガーと言われると試してみたくなるのが人情、伊織も惹かれている。榊は目聡く一岐のクラフトビールを注文している。

「榊はん、俺も頼むわ」

 劉玲と孫景、千弥もそれに便乗する。


「運転は頼んだぞ」

 榊は絶対にアルコールが入らない曹瑛に車のキーを託した。曹瑛は不満そうな顔で伊織を見やるが、コーラと迷ったあげくクラフトビールを注文しているので諦めてポケットに鍵をしまった。


 陽気な店長が料理を運んできた。グラスまでキンキンに冷えたビールで汗が一気に引く。

「中国人は冷たいものは避けると聞いていたけど、これは別なのね」

 うまそうにクラフトビールを煽る孫景を見て、千弥が微笑む。

「おう、ぬるいビールは論外だな」

 孫景は唇についた泡をペロリと舐める。


 伊織はイカバーガーにかじりついた。

「へえ、面白い。イカのミンチが入ってる」

 勝田漁港で採れた新鮮なイカを使っている、と店長が教えてくれた。そう言えば、漁港にはライトをぶら下げたイカ釣り漁船がたくさん停泊していた。和風ソースで和えたイカミンチの歯ごたえは癖になる。


「揚げたてのイカリングってこんなに美味しいんだ」

 高谷が衣サクサク、身はプリプリのイカリングに感動している。皆が飲んでいるクラフトビールが羨ましくなったようで、追加で注文していた。

 曹瑛もイカリングを気に入ったらしく、コーラフロートを片手にひょいひょいつまんでいる。あまりに好評なので二盛り追加することになった。


 渡船が到着するアナウンスがカフェ店内に流れた。船着き場には白い観光船が停泊している。家族連れや若い友人同士、他の観光客はすでに並んでいた。

「この船は観光遊覧船も兼ねているんや」

 龍の島に降ろしてもらう他、そのまま乗船して島の自然を観光することもできるという。劉玲は入り江の先にある見える島を指差す。

「あそこに見えてるのが龍の島や、十五分もせんうちに到着や」

「海水浴の後は帰りは観光コースを周遊するのね、楽しみだわ」

 千弥は帽子が風に飛ばされないよう顎紐を結んだ。


 観光船に乗り込み、デッキに向かう。波は穏やかだが、髪を優しく梳くほどの海風が吹いている。船長が出発の合図を出し、船は港を離れていく。

「あれを見ろ」

 手すりにもたれた曹瑛を顎をくいと傾ける。港の駐車場に黒いバンが停車しており、中から白装束が三人降り立った。

「芦戸港にいた奴らだな」

 榊はサングラス越しに白装束を見据える。どう見ても観光を楽しみにやってきたいでだちではない。


「あれな、バテレン騎士団の奴らや」

 曹瑛と榊の間に劉玲がひょいと割り込む。

「バテレン騎士団」

 聞き慣れない単語に榊が眉根を潜める。

「福岡明神に本拠地を置く新興宗教団体や。キリスト教の流れを汲み、江戸時代に迫害された隠れキリシタンの末裔を語っとる。迫害された者に愛の手を、をモットーに西日本を中心に信徒をようけ集めとるようやで」

 劉玲は柵にもたれながら輝く海面の反射に目を細める。


「神の審判の日、アポカリプス・デイを待ちわびて、生き残るためには免罪符が必要なんやと。それがまた滅法高いらしい」

 劉玲は肩を竦める。

「集めた金は教祖、幹部の懐か。極道と同じだな」

 元極道の榊が皮肉な笑みを浮かべる。

「なぜこの島に来た」

 曹瑛がマルボロに火を点けようとして、柵に吊された看板に禁煙の文字を見つけて舌打ちをした。榊もそれを見て、ポケットから出しかけたフィリップモリスを引っ込める。


「どうやら、この島にお宝があることを嗅ぎつけたらしい」

「なんだと」

 曹瑛は遠ざかる港を振り向く。白装束は観光船では無く、別に手配したらしい小さな漁船に乗り込んでいる。

「マリア観音に関係があるんだな」

「せやな、どうも俺が手に入れたのはバテレン騎士団の宝物やったらしい」

 榊がやはり、と溜息をついて曹瑛が無言で頭を抱える。これはまた面倒なことになりそうだ。


「俺はちゃんと店に売ってたのを買うたんやで」

 劉玲は文句を言いたそうだ。マリア観音のことを調べている者がいると情報屋から聞きつけて、事情を探らせたところ元信者が持ち込んだ盗品だったと分かった。

「あんたの引きの良さには感心するよ」

 別行動で福岡入りしていたのはバテレン騎士団のことを調べていたのだ。腕組をしながら話を聞いていた孫景が頷く。


「そのバテレン騎士団はアポカリプス・デイのために武器を買い揃えているらしい」

 劉玲の表情が真剣な色を帯びる。

「武闘派の宗教団体か、侮れないな」

 榊も小さく唸る。テロを予感させる不穏な話だ。

「ま、俺たちが持っていることはまだバレてない。お、龍の島へ到着や」

 劉玲はあっけらかんと笑い飛ばし、階段を降りていく。ダミ声の船長のアナウンスが流れて、観光船は龍の島の桟橋に着岸した。

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