第2章 隠れキリシタン伝説の眠る島へ
第4話 青い空と海
朝七時半に博多港へ集合する。ここから一岐へ渡る船が出航している。ジェットフォイルで約一時間、車やバイクを運ぶならカーフェリーで一時間四十五分だ。
「日差しが強いわ、日焼け止めは必須ね」
千弥は白い帽子の影から空を見上げる。薄手のUVカットの長袖を着込んで日焼け対策に余念が無い。紺碧の海と真っ青な空、白い入道雲は子供の絵日記に登場しそうな夏の風景だ。
昨夜は福岡空港に到着した後、福岡随一の繁華街、中州へ前夜祭とばかり飲みに出た。名物の水炊きを食べ、博多ラーメンへハシゴした。榊と孫景は普段飲まない焼酎を酌み交わしていた。ずいぶん飲んだはずだが、榊も孫景も溌剌としている。朝が苦手な高谷は大きなあくびをして眠そうだ。
ジェットフォイルの搭乗アナウンスが流れ、桟橋に向かう。
「おはようさん」
待ち列の背後から陽気な関西弁が聞こえる。別行動だった劉玲とはここで合流した。ジェットフォイルに乗り込み、客席につく。
「これから芦田港へ向かうんですね」
伊織がガイドブックの地図を広げる。
「せや、一岐には芦田、郷浦、園通寺の3つの港がある。宿は芦田港の近くにしたで」
劉玲が地図を指さす。芦田は島の北東の方角にある港だ。
「地図の示す場所は分かったのか」
曹瑛が言うのは、マリア観音の胎内にあった超大味な地図だ。
「大体見当はついでるで、一岐には大小一五〇もの神社があるんや、あのバッテン印の辺りにも神社があって、それが怪しい」
腕組をして自信満々の劉玲だが、そのあまりにも大雑把予想に曹瑛は目を見開く。
「印の辺りにあるのは、この月夜見神社かな」
「おお、伊織くん、ええ線いってるな。俺もそう思てる」
劉玲が嬉しそうに伊織の肩をバシバシ叩く。二人が何の根拠もなくノリノリで宝探しの話をしているのを聞きながら、曹瑛は呆れて小さくため息をついた。
***
「俺、船苦手ですわ」
博多港フェリー乗り場で車の乗船を待ちながら北嶋がぼやく。昔からひどく船酔いするタチで、一岐まで二時間弱の船旅だ。ひどく憂鬱だった。缶コーヒーで酔い止め薬を流し込む。
「じゃあ泳いで渡るか」
矢野は後部座席の窓を開けてタバコの灰を落とした。
「北嶋さん根性ありますね」
ベンツのハンドルを握る大門が先輩の北嶋を揶揄する。ソフトモヒカンの巨漢で、鼻筋がやや左曲がりになっているのは元プロボクサーとタイマンしたときの名誉の負傷だ。そのときは大門の粘り勝ちだった。
助手席にはミドルフェードのバズカット、右のこめかみに稲妻の剃り込みを入れた奥村が座る。奥村はやや細身だが、ドスを好み扱いにも長けている。二人とも怖い物知らずの若手武闘派だ。矢野は頼れる男たちだと評価している。
「お、良いバイクじゃん」
大門がベンツの横で派手なエグゾーストを響かせるハーレーを見つけて声をかける。ハーレーに跨がるのは白いTシャツに黒のレザーパンツの大柄な男だ。アッシュゴールドの髪にオレンジ色のサングラスが目を引いた。男は大門を一瞥し、タバコに火をつける。
「けっ、気に入らねえな」
素っ気ない態度を取られて腹を立てたのか、大門は聞こえよがしに叫んだ。
「やめろ、島に行く前からトラブルを起こすな」
矢野が面倒くさそうに血気盛んな大門を制する。大門はチッと舌打ちをして、窓から唾を吐いた。
フェリーが着岸し、乗船が始まる。ハーレーの男もこの同じフェリーに乗船するようだ。
***
天候も良く、比較的風は穏やかでジェットフォイルは波の上を滑るように進む。前方に島影が見えてきた。ほぼ時刻通りに一岐島の芦田港に到着する。こうしてみると、釣り具を持ったおじさんや旅行カートを引いた子供連れなど、島へレジャーに渡る観光客が結構多い。
桟橋周辺には旅館の送迎やレンタカー会社のスタッフが立っている。観光案内ではレンタサイクルも借りられるようだった。
沖合から入ってくる小さなクルーザーに曹瑛は目を留めた。クルーザーは船着き場に停泊する。船室から続々とフードを被った白装束が出てきた。
「真っ昼間から不気味な奴らだ」
榊もその異様な様子に気が付いたようだ。曹瑛は無言で白装束の動向を見つめている。最後に陸に降り立った長身の男がじっと立ち止まった。フードの影で顔は見えないが、こちらを見ているようでもある。
やがて白装束たちは黒い高級車やバンに乗り、走り去って行った。
「あの白いの、バテレン騎士団やな」
いつの間にかそこに立っていた劉玲がおもろいことになりそうや、と肩を揺らして笑いながら踵を返した。先に福岡入りしたのは何か調べていたのだろうか。
「結構大きな島だね」
桟橋から降り立ち、伊織は周辺を見渡す。道路も広いし、向こうには大きなチェーン店のスーパーもあった。物の調達に困ることもなさそうだ。
「ようこそいらっしゃいました」
九州なまりの中年女性が愛想良く会釈する。劉玲が手配した宿の送迎バンが港に待機してくれていた。宿は港の対岸にあり、鉄筋コンクリ造り、全室オーシャンビューだ。かなり年季が入っており、昭和の社宅のような簡素な建物だ。
「ここな、飯が美味いねん」
劉玲が言うので間違いはないのだろう。薄暗いロビーには生け簀が設置してあり、活きの良い魚が泳いでいる。チェックインだけ先に済ませて、荷物はフロントに預かってもらった。
「みんな水着持ったか、海水浴いくで」
劉玲がレンタカーを宿の前に呼んでいた。八人乗りのバンだ。榊がハンドルを握ることになった。
「宝探しは後回しなのか」
曹瑛が訝しげに訊ねる。そう言いながらもしっかり水着の準備はしているようだ。
「楽しみは後にとっておくもんや」
劉玲はにんまり笑う。
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