第3話 闇取引と白装束

 ―福岡県某所 深夜2:18

 朽ちたスレート屋根の廃倉庫の前に一台の幌つき軽トラックが停車した。軽トラックの助手席から黒いスーツの男が降り立つ。

 男がアルミ製のドアをノックしようとしたとき、電動シャッターがゆっくりと上がり始める。薄闇から姿を見せた白装束の男がトラックを倉庫内に入れるようジェスチャーで促した。

 頭からすっぽりフードを被り、人相もわからない。足元までを覆う白い布地は異様だった。


 このエリアは昭和のバブル期には多くの労働者を受け入れて栄えていた工業団地だが、今は小さなゴーストタウンと化している。

 この廃倉庫もかつて大型機器を導入して操業していた名残か、高い天井には錆びたクレーンがぶら下がっている。


 軽トラックががらんとした倉庫の中程まで進入する。背後ではシャッターが再び下ろされた。建物には電気が通っていないが、夜間工事現場用の光源が三箇所に設置されており、倉庫内は異様な明るさだ。

 トラックの周囲には五人の白装束の男が立っている。フードのついたローブの腰に組紐を巻いている。まるでファンタジーの世界から飛び出してきたような異様な佇まいだ。


「約束の品を持って来た」

 運転席を降りた矢野洋司は荷台を指さす。白装束の男たちは軽トラックの荷台から無言で木箱を下ろし始める。矢野はその様子を表情を変えずに見守っているが、隣に立つ北嶋章吾は、不気味な白装束にあからさまに不快感を滲ませていた。


 白装束の一人が木箱を開けると、そこには自動小銃やショットガンが詰め込まれていた。白装束の男たちはそれを見て満足げに口許を緩める。

 フードをかぶった長身の男が歩み出て、自動小銃を手に取った。慣れた手つきで銃を弄んでいる。

「ロシア製、こっちは北朝鮮か、ひどい粗悪品だな。ディカウントしてくれるのか」

「これだけの武器を調達するのに俺たちも相応のリスクを負っている。金は全額払ってもらう」

 矢野はタバコに火を点けながら低い声で威嚇する。遠巻きに見ている白装束たちはその剣幕に怯えているが、長身の男は無精髭の口許に笑みを浮かべて平然としている。


「まあ、いい。俺の金じゃないからな」

 長身の男はおどけて肩を竦める。フードに隠れた顔は鼻筋が高く、彫りが深い。流暢に喋ってはいるが、日本人ではないだろう。目の色も薄く、油断ならない光を帯びている。

「約束の金をもらおう」

 白装束の男がクラフトの紙袋に入れた札束を差し出す。北嶋はそれを受け取り、中身を改めた。確かに五百万、北嶋は矢野に向かって頷く。

「じゃあな、また入り用のときは声をかけてくれ」

 矢野と北嶋は軽トラックに乗り込み、廃倉庫を出た。


 そのまま組事務所には帰らず、二十四時間営業のファミリーレストランへ立ち寄る。見るからにガラの悪い若者が下品な笑い声を上げて騒いでいるが、健康的な喧噪に北嶋は内心ホッとする。

 喫煙席のソファに座り、矢野は早速タバコに火を点けた。電子タバコが流行っているが、やはり昔ながらの紙巻きの風味がいい。それぞれ生姜焼き定食とチキン南蛮、ドリンクバーを注文した。


「矢野さん、奴らあれを何に使うんでしょうね」

 北嶋がコーラを飲みながら矢野の顔を見上げる。矢野はフンと鼻を鳴らしてタバコの灰を灰皿に落とす。

「そんなこと知るかよ、金が手に入れば良い」

 矢野は本気でどうでも良い様子だ。武器の横流しは楽な商売だ。同業者でなければどこにでも売る。昔は肩で風切り繁華街を練り歩いていた極道も、今や肩身の狭さは尋常ではなく半グレにも舐められる始末だ。とにかく日銭を稼がないと生きていけない。

 矢野と北嶋が所属する天堂会渡辺組も、構成員の高齢化やシノギの縮小でジリ貧といっていい。


「奴ら、明神に事務所を構えるバテレン騎士団とかいう宗教団体だ」

 得体の知れない取引相手だが、矢野は下調べをしていたらしい。

「バテレン騎士団、何ですかそれ」

 そんな珍妙な名前、聞いたことが無い。北嶋は首を傾げる。

「ばかやろう、お前は社会を知らねえな。ここ最近流行りの新興宗教だ。隠れキリシタンの流れを組んでいるのが売りで、自分たちを迫害した世界に黙示録の神罰を下すってのが教義なんだってよ」

「それめちゃくちゃヤバいじゃないですか」

 そんな危険な団体に銃火器を売りつけたことが恐ろしくなり、北嶋は身震いする。


 まだ日の浅いバイト店員が生姜焼き定食とチキン南蛮を運んできた。たどたどしい手つきでテーブルに料理を並べる。黒いスーツに派手な柄シャツの二人組を見て職業を察したらしく、伝票を置いてそそくさと去って行く。

「世間から阻害された奴らが甘言に惑わされて金を貢ぐ、だがこれがなかなか荒稼ぎしているらしいぞ」

 それで聖戦のための武器を調達しているというわけだ。白装束の中には扱いに慣れた者のもいた。


「俺は独自の情報を仕入れたんだが」

 矢野が生姜焼きを頬張りながら話を始める。バテレン騎士団の本部からある聖遺物が盗まれたらしい。持ち出したのは教団に金を貢ぎ続けて破産した元信徒で、金に換えるために売り飛ばしたという。

「その聖遺物ってのが、白い仏像でな。東京の古道具店まで流れていった」

 それは貴重な教団の宝で、絶対に取り戻すと教祖が息巻いているという。北嶋は興味が無さそうに気の抜けた相づちを打つ。


「店を突き止めて買い戻しに行ったときにはすでに売れて無くなってた。実はその仏像にはバテレンが残した財宝の在処が隠されているんだとよ」

「へえ、財宝ですか」

 そんな眉唾な話、どうだっていい。北嶋はフォークに刺したポテトにチキン南蛮のタルタルソースをつける。

「仏像が盗まれたからには財宝が横取りされるかもしれねえ。教団は財宝が隠されているという場所に先回りして向かうことにした。それが長崎県の一岐島だ」

 普段は冷静な矢野だが、今は目を輝かせて興奮している。


「えぇ、一岐島に行くんですか」

 北嶋は頓狂な声を上げる。

「そうだ、奴らを追ってバテレンの財宝を奪う」

 矢野は大真面目だ。北嶋は内心、めんどくせえと思った。それが顔に出てしまう。

「お前、この取引で半分は組に納めなきゃなんねえんだ。手元にははした金しか残らねえ」

 財宝を手に入れたら組を明神一の組織に復興できる、と矢野は言う。矢野は若頭補佐で、この先も組を支えていく気があるようだ。腰掛けでもいいと思っている北嶋だが、兄貴分に従うしかない。


「俺の調べによれば、奴らは明日の船便で出発するらしい」

 矢野はLINEで手伝いの若衆を手配している。明日から離島に出発だ。北嶋は矢野にバレないよう、小さくため息をついた。

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