第5話 でもやっぱり会いたい

 街のみんなに見守られて聖女さまは教会へと戻った。


 以前の誘拐騒ぎ以来、彼女が姿を消すことはない。それだけは絶対にあっては困るという教会の強い要請に、聖女さまありきで街が特別に国からも目をかけられていることを知っている住人たちが従わないわけもない。


「お客さん、聖女さまに話しかけようとしたんだって?」


 若者は泊まっている宿での夕食の席で料理を持ってきた髭の男にそう問われる。


「まあ、あまりにも自由な感じだったから」

「──聖女さまは、聖女、なんだよね。街の者ならいざ知らず余所者が気安く声を掛けるなんてなあ」


 持ってきてくれた魚の料理は姿揚げにソースをかけた立派なものだが、髭の男に笑顔はなく、咎めるような表情を隠しもしない。


「そう、でしたか。すみません、どうも」

「まあ分かりゃいいだけどな」


 ゴトリと音を立てて置かれた皿からソースがいくらかこぼれて落ちる。


 若者が参ったなという風に肩をすくめて垂れたソースを舐めとれば、微かに舌先に痺れを感じる。


(全然許されてないじゃないか)


 それはソースに含まれる香辛料のもののように感じるが、更に奥にほんのりとあるのはあまり人に与えるのは推奨されない類の薬の味だった。


(これ以上不審がられるのも困る。ここは観念して平らげるとするか……)


 若者は経験則から完食したときの症状におおよそのあたりをつけて口にした。


 その夜は朝まで続く悪寒に身を丸めて眠ることになった。




 教会の朝は早い。


 ここが漁港だからというのもあるが、日の出よりも早い時間からひっきりなしに人が訪れている。


 常に門戸は開かれいつでも祈りを捧げることは出来るが、治療に関してはこの朝方からの受付である。


「聖女さまはまだお休みでしてね」


 夜通しの体調不良に見舞われた若者は、これを口実に近づけないかと訪れたわけだが、幼い体の聖女さまはまだまだおねむの時間らしい。


「それに……腹痛や風邪などは聖女さまの領分じゃなくてね」

「はあ、そうですか」


 それは若者も想定していた。この程度の症状は聖女でなくとも癒し手で事足りるのだ。


 耳にかかる茶髪をガシガシとかいた若者は仕方なく癒し手にお願いして求められる寄付金を渡して教会を後にした。


 なにをするでもなく、若者は聖女さまに会える時を待つ。


 日が高くなり聖女さまも目を覚ましているであろう頃、一隻の船を陸に上げる作業をしている風景を目にした。


 船底に穴が空いたらしい船をメンテナンスするのだろう。丸太を敷き詰めた上を転がすらしいが、その手法に目がいった。


 船を引き上げる先にいくつか設置されたウインチ。ギリギリと音を立てて動くそれは魔道具らしく、使用者も安全のために少し離れて自動で船を上げる様子を見ながら酒を飲んでいる。


 重たい船を引き上げるロープは、その素材が金属ではないにしろ、かかるテンションに巻き上げる力を思えば、人体が巻き込まれでもすればただでは済まないだろうことを物語っている。


 作業者たちが酒に夢中になっているすきに、若者は躊躇うことなく思いつきの行動を実行した。

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