聖女さまと訪問者

第4話 聖女さまに会いたい

 その街ではさまざまな物が手に入る。


 海の幸も遠い異国の宝も、“奇跡”さえも。


「聖女さま? 今でも元気にされてるさね。けど、いつだったか悪い男にさらわれてからは、あたいら街のもんで監視するようになったからねえ」


 干物屋のおかみは、聖女さまの様子を尋ねる若者に隠すわけでもなくそう話す。


「いや、監視っていっても変なところに出歩かないかって見守ってるだけさね。特に街の外や茂みの奥なんかへ行きそうな時にはお菓子なんかで呼んだりしてね」


 そう言っておかみはエプロンのポケットから大小いくつもの飴玉を取り出してみせる。


「そんなもので釣れるのか?」


 若者は聖女さまもさすがにそこまで幼くはないだろうと疑問に思う。


「──無邪気な聖女さまでね。あたいらもどれだけ救われているものか」


 ここまでの若者の聞き取りでもそういった言葉は何度となく聞いている。


 いわく、聖女さまの“気”にあてられるだけで体調は良くなり小さな傷も病さえも癒えるのだとか。


 若者は礼を告げて、いくつかの干物を買いお釣りは情報料として渡して去っていった。




「おそとなのーっ」


 そんな若者の聞き取りが済んでしばらくした頃、くだんの聖女さまが豪華な教会の玄関から駆け出してくる。


 聖女さまが直接手をかける者は少ない。


 予約制ともされる患者がいない時間には基本的に自由で縛られることもない。


 だけれど、干物屋のおかみがそう言っていたように、街の住民全てが彼女の一挙手一投足を見守っている。


 スキルというものが当たり前に存在する世界でも言葉ひとつで現象を引き起こす魔法は“奇跡”と呼ばれ、その中でも人体に直接作用し癒す魔法はこの地方だけに見られる特別なものである。


 そんな癒しの奇跡を操る者たちは教会が大事に抱えて離さない。神への祈りがその奇跡を可能とさせるとし、決して無制限に使えるわけではない奇跡が絶えないように管理している。


 もし無計画に癒しの奇跡を使っていれば、人によってはすぐに使えなくなり、ただの人と成り果ててしまう。


 そんな奇跡の行使者たちは通称「癒し手」と呼ばれ、その好待遇に自らどっぷりハマり教会に黄金を降らせているが、聖女さまだけは違う。


 彼女だけは無制限で無尽蔵だと言われている。


 だからこそ、彼女を縛る必要はないとも言えるし、手放すわけにいかない唯一だとして監視は怠らない。


(ああ……聖女さまは相変わらず、だなあ)


 若者は楽しげな幼女のひとりごとに、お散歩の時間なんだと気づいてその方向を見やった。


 港町に構えられた教会の正面は広い石畳が広がる漁港。船が多数係留される港には商店も露店もがいくつも連なり賑わっている。


 聖女さまはそんな広場を自由に走り回ってはいろんな人に声をかけている。


 大人も子どもも、彼女の振る舞いに笑顔が溢れるのだが、余所者はともかく街の人たちの目は確実に彼女を捉えて離さない。


(見守る、ねえ。言い方を変えてはいたけど、結局まるっきり監視じゃないか)


 聖女さまが広場を離れて脇道にそれても、手すりのない石の階段を一生懸命登っている間も、監視の目は途切れない。


 様子を見ていた若者が少し話しかけたいと近づけば、射殺されるような視線を感じて慌てて素通りする。


(はあ……話しかけてみたい。僕の聖女さまに)

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