第3話 幼い聖女さまはみんなの人気もの!

 大男に躊躇いはない。少なくとも聖女誘拐については誰にも知られずに、終わればそっと街に戻せばいいと楽観視していた。


 不法侵入の子どもに加減を知らない一撃が振るわれるが、察知した子どもは素早く背を向けて走り出す。


 空振った斧は床に突き刺さったが、前には大男をからかうような子どもの姿がある。“聖女”と口にしたのは、つまり知られている。頭のあれな聖女ではく、あの子どもは口が利く。


 大男は感情に任せて、手斧を真っ直ぐに投擲する。斧は狙い通りに子ども目掛けて飛ぶが、子どもも反応が良くかわされてしまい、背後の壁に深々と突き刺さる。


 少しの間、子どもはその斧を抜き取ろうとして奮闘していたが、大男が近づくのを見て諦め、角を曲がり逃げていく。


「何故邪魔をする」


 大男の問いかけに返事はない。再び手斧を掴み大男は子どもを追う。廊下にいくつか並んだ扉のうちのひとつが締まり、鍵がかけられたならば、斧を突き立てて砕き破るだけだ。


 どこに隠れたのかと探している間に、ベッドの下から子どもが抜け出したのを見ればまた投擲する。


「ちょこまかと……」


 部屋を出た大男は、指を一振りする。途端に屋敷中のカーテンが閉まり、光を閉ざしてしまう。


「くらいの、くらいのよおおお」

「聖女さまは向こう、か」


 大男は侵入者の行動を制限しようと光を遮ったが、思いがけず聖女の居場所を掴む。


「はあっ、はぁっ」


 思わず声に出たと言ったところか。標的である子どもの漏れ出た辛そうな不安の息遣いに大男はにやりと笑みを浮かべる。


「こっちか!」

「それともこっちかぁ⁉︎」

「ここだあっ!」


「ひっ⁉︎」


 どかどかと大きな足音を立てながら迫り来る大男はいくつ目かの扉を開けた先にうずくまり震える子どもを見つけて嗜虐的な表情で追い詰める。


「へあぁ」


 しかし隣の部屋とを繋ぐ扉に逃げ込まれて、大男は跡を追うも内側から鍵が掛けられる。


「ちっ、だがよぅ……この屋敷は俺の許可で自由に開くんだよっ」


 またも大男が指を振れば、カチリと音を立てて扉が開け放たれる。しかし当然子どもはすでにそこにはおらず、別の扉から廊下に出て大男の行動を見ていた。


「大人、舐めんなよぉっ!」


 それに気づいた大男はもはや怒り心頭の様子で子どもを追いかける。なりふり構わず辺りのものを手当たり次第に壊し威圧しながら進む。


「ひいっ、ひいっ……」

「ぐははっ、怯えろ怯えろっ愚かなガキめ!」


 その必死さが、大男を愉しませる。子どもの荒い呼吸は次第に動かなくなったのか、大男が近づいても離れることは無くなった。


「今度はかくれんぼか。だが……」


 さっきから聞こえている呼吸が、今はくぐもって微かにしか聞こえない。


 それもそのはず、その声は今や大男の足元にある大きな木の箱の中から聞こえている。


 もはや恐怖に止めることも出来ないのだろう。漏れ出る息のほかに心臓の鼓動まで聞こえてくるかのようだ。


「さあ、おしおきの時間だぜえっ」


 大男は衝動を抑えきれず、斧を振りかぶった体勢でひと息に、木箱の蓋を開けた。




「なんだ、この森は」

「気味が悪いですね──」


 木々の間から射し込む光は美しく緑を彩り、川の水面を照らすのに、辺りに漂う匂いがそれらを台無しにしている。


「不快さの正体が割れましたね」

「こいつは、なんという罰当たりな」


 教会から大男の屋敷を訪れる一行は、途中にある森で鼻をつく匂いに顔をしかめている。


「カエル、か。魚も鳥も、うさぎかあれは」

「この辺には狼でも出るのか?」


 彼らが見たどの生き物も、乱暴に引き裂かれた姿で転がり、生々しい血の跡を残している。


「──狼や熊の類であれば、お残しはしないでしょう」

「お残し、か。それどころか何も手をつけてないように見え──うぷっ」

「まるで命を“オモチャ”にしたかのような」


 カエルの腹は肛門から荒々しく引きちぎられ、その中身を外に取り出されている。


 魚も、鳥も、うさぎも同様に。焚き火の跡さえないことを思えば、本当にそれだけが目的だったかのようなイタズラのあと。


「──先を急ごう」




 屋敷の窓がひとつ、外からの爽やかな風を取り込んでカーテンを揺らしている。


「おそとなのーっ」

「そうだね。やっと出られたよ」


 子どもは聖女の手を取り街に向かって歩いている。意識して森は通らず別のルートから。


「──聖女さまの“奇跡”。僕にはやっぱり“理解”しきれなかったよ」

「なんのことー?」

「いえ、こっちの話ですよ。それよりは改めて……助けてくれてありがとうございました」

「んー? いいことあったの? よかったね」

「ええ、あったのですよ。ほら、街が見えましたよ」


 聖女はよほど暗い屋敷が嫌だったのか、子どもの言葉に反応して走り出し、街を見て喜びの声をあげて、振り返るとそこにはもう子どもの姿はなかった。




「なんだよ、これ。一体なんなんだよぉ」


 木箱を開けた大男は、そこに荒い呼吸と激しい鼓動を繰り返すものを見た。


 鼻と口が、そのまま管に繋がり肺へと届き、胃があり腸があるだけの生き物。その中心には心臓らしきものが激しい鼓動を繰り返しながら血管を伸ばしていく。


 やがてその血管の先に、いくつかの実が結ばれる。そのうちひとつはシワだらけの何かで、一つは白い球体となり、その表面に光を取り込む穴が空いたかのように──大男はその生き物と目があってしまい、耳にしてしまう。


「──おにいちゃん」




 魔法と呼ばれる“奇跡”はいくつかの種類に分けられ、とりわけ治癒についてはこの街のみで発現するために手厚く保護され地位も与えられる。


「結局、“足りなかった”んだよね。何度やっても、“無いところ”に“付け足す”には持ってこないとダメだった」


 子どもは聖女の“奇跡”を体験して、“理解”しようとした。


「僕の“解釈”が違っていたのかな。結局生み出すことは出来ないから持ってくるしかなかった」


 子どもは聖女のそれを真似た。治癒という現象とは思えないものだったから、あれは生み出しているのだと考えて試行錯誤したが、空っぽにしたカエルのなかに生み出すことは出来ず、代わりにカエルの中身を外に持ち出す事だけが出来たのだ。


「僕の“奇跡”は僕の“解釈”を前提に発動する。だからあそこで身代わりを生み出したくても出来なかったけど……いいよね。もともと、他所から持ってきたものなんだから、皮の中から箱の中に移ってもさ」


 彼もまた特異な奇跡の行使者。他者の“奇跡”さえも“理解”と“解釈”のもとに再現できる。


 想像や希望では発動せず、見たもの感じたものを再現することになる“奇跡”は、危ういことに間違った“理解・解釈”でも発動できる。


 もちろん、正しければその精度は本物と同等になる。


「今度出会えたらちゃんと聞いてみよう」


 実験動物たちを埋葬し終えて、子どもはひとり森の中へと去っていった。




「聖女さま、これってなんですの?」


 それは聖女が行方不明だということで、部屋の中を改めた者がどうしても開けられなかった大きな箱。


「んー、れいぞうこっ」

「ふふ、そうなんですね」


 問いかけた彼女は、頭があれな聖女が連想ゲームでもしているのだと思い深くは追求しなかった。


 いつのまにか部屋に置かれていたそれは聖女の“奇跡”そのもの。


「おそとーっ」

「はいはい」


 帰ってきても自由な聖女さま。


「みんなげんきー」

「聖女さまも元気そうで」


 街のみんなが明るく手を振る。


 街の外からの監視者を雇う事をやめた教会は、住人から匿名での希望者を募り日夜その行動を制限する。


 しかし彼女は自由な“奇跡”の行使者。


「聖女さま、いいことあったの?」


 いつもより元気すぎる聖女に街の人はそんな事を聞く。


「うんっ! わたしとおんなじひと、みつけたの!」


 聖女の言葉に街はひっくり返したような騒ぎに見舞われることになったが、そのおんなじ人は結局見つかることはなく、聖女を中心に豊かな街は栄えていった。

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