拝啓、メガネ送りました

 拝啓


 

 消え逝くお金を惜しみながら、新しいメガネを用意する今日この頃。

 

 バカ息子様におかれましては、大変愉快な日常をお過ごしのことと存じます。

 

 さて、そんな貴方様とは対照的と申しますか、何やらこそこそと購入しアメリカへ小包を送るお父様を発見し、我が家は田嶋家寒冷化が進んでおり、大変過ごしにくそうです。


 突拍子もない息子を持つ母としましては、アメリカに留学してからわずか1ヶ月、その1ヶ月の間に学校に慣れ、山登りにまで行っている息子の行動力と適応能力を喜べばいいのか、きのこに眼鏡をかけて谷底に無くしてしまう息子の意外性と無鉄砲さを嘆けばいいのか、悩ましいところです。

 

 残念ながらどこかの創作物のように、『きのこ、ゆうき、好き』と、きのこがいきなり喋りながら感謝してくれることはございません。

 

 もし、叶うならば、2度と、崖の上のポニョならぬ崖の上の菌類に、眼鏡をかけてあげたい、と要らぬ優しさを発揮することのないよう、願うばかりです。


 それでは、またの帰国の折、メガネをかけたあなたを、心穏やかにお出迎えできることを楽しみにしております。  


                   敬具


 令和三年十月二十日

  

                 田嶋幸子


 田島ゆうき様




 息子に宛てた手紙を書き終えた幸子は、ふぅ、と一つ小さなため息をついた。


 それから心の中で、「あなたのお陰で頭が幸せな子を持てました」と、天国で苦笑いしながら見守ってくれているであろう、自分の名付け親である母に愚痴をこぼす。

 

 頭が痛くなる報告が共に来たとはいえ、息子が遠い異国の地で元気に過ごしていることが知れたのも事実。


 今回ばかりは許してやるか、と半ば諦めの境地に辿り着きながら、幸子はメガネを入れた小包に、たった今書き終えたばかりの封筒を入れた。

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