たまいとつむぎの怪 ー【読切版】おこそずきんちゃんー 

伽藍 朱

序章

 山の中であやを見かけても、決して追ってはならないといわれている。

 怪し火を追えば、帰って来られなくなるからだ。

 にもかかわらず、その青年が光の方に足を向けたのは、『なぜかそうしなければならないような気がしたから』としか言いようがない。

 青年はマタギ。鉄砲撃ちであった。

 生まれつき、色々なあやしのものを見る性質たちでもあった。

 背中には火縄銃、腰にはなまりの弾を詰めた胴乱どうらんと、山刀ナガサがあった。

 その山刀の柄を握り、ひそやかな足取りで怪し火のもとへと歩を進めた。


 出会ったのは、青く燃ゆる魂の群れであった。

 一つが青年に近づき、さみしそうにおぼろの炎を揺らめかせた。

 

 ―――我らはかつて、ここに集落を持ち、暮らしていた者の魂である。

    にわかに訪れた災いに呑み込まれ、一息の内にすべてを失ってしまった。

    この世へ生まれ落ちながら、わけのわからぬ内に命をすりつぶされ、

    何を成すこともできなんだことが悔しゅうてならぬ。

    生への妄執が心の目を曇らせ、あの世への道筋を見つけられない。  

    かといって現世を彷徨さまようのも苦しいばかり。

    せめて何か、世のため人のためになることさえできれば、

    生まれてきたかいもあるというものだが、

    生者を羨み恨めしく思う心にとらわれた我らに、

    今更どのような善行ができようか……


 魂はそのように語り、むせび泣くように炎を揺らす。

 青年は魂の群れを見渡すと、このように言った。


 ―――おらはマタギだ。

    山神様の狩座かりくらをめぐり、命をいただき、命をつなぐものだ。

    仏の教えは殺生を罪と呼ぶが、

    身内を飢えさせ殺すのもまた、功とはいえね。

    なればだば、マタギの仕事は功と罪の境にあるもの。

    お前達めがた、行ぐどごなら、おらと一緒に来るが。

    恨みもつらみも燃やし尽くせば、曇りも晴れて、見える道もあるべよ。


 魂たちは戸惑った様子で互いを見交わしていたが、やがて頷くように大きく揺れた。

 青年は腰の胴乱を開け、銀色に光る真円の鉛弾なまりだまを両手にとった。

 魂たちは彼の手元に集い、一つひとつの弾丸に吸い込まれるようにして宿った。

 これは青年―――羽白銀作はじろぎんさくが、故郷の里をち、旅に出る前夜の出来事である。

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